第6話

「じゃあ、俺はこれから開店前の準備があるんで行きますね」

「え……」


右京君の言葉に僕は思わず引き止めそうになった。

この状況で、アイスピックの潜む厨房に桜季さんと置いていかれるのはひどく心細い。

完全なわがままなので行かないでとは言えないが、それでも縋るように右京君を見てしまった。

すると、右京君はふっと笑った。


「大丈夫ですよ。何かあったらすぐに飛んできますから。ほら、手を出して」


言われた通り手を差し出すと、厨房の壁に掛っているホワイトボードからペンを取り、僕の手の甲に何やら書き始めた。

そして、書きあげると顔を上げ、ニカッと笑いかけた。


「これ、俺の電話番号。困ったらいつでも掛けていいですから」


それじゃあ、おいしい飯作ってくださいね、と言い残して右京君は颯爽と去っていた。


か、かっこいい……!

自分より一回り以上年下の男の子だが、その男らしさと優しさに尊敬の念すら覚える。

憧れの気持ちいっぱいで彼が去っていた方を見ていると、ふいに肩をポンと叩かれた。


「それじゃあ、まずは皮むきからはじめようかぁ」


桜季さんが、ピアスのついた口端をにたぁと吊り上げて言った。


「は、はい……」


僕は蚊の鳴く様な声で返事をしながら、右京君が残してくれた手の甲の電話番号をぎゅっと握りしめた。

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