第4話

右下半分ほどを刈り上げたパンクな髪型に、耳のみならず口端、眉の上にまであいている鈍色のピアス。

爪は赤黒いマニュキアが塗られ、手の甲には英語に似た文字の刺青が刻まれている。

白いコック服を着ているが、彼が料理人とは俄かに信じ難い。


「新入りぃ? 聞いてないんだけどぉ」


桜季さんは首を傾げながら、片目を細めて僕を見下ろす。

その時ちらりと見えた舌先は蛇のように二つに割れていた。

まさに蛇に睨まれた蛙の状態で、僕は震えながら立ち竦んでいた。


「ちょっと桜季さん、青葉さんが震えてるんですけど。アンタ、ただでさえ怖い見た目なんだから、睨んだりしたらダメだろ」

「はぁぁ? 別に睨んでないしぃ、ちょーしんがーい」


桜季さんは唇を尖らせた。

右京君が臆さず話しているところからすると、見た目ほど怖くはないのかもしれない。

しかし、彼に仕事で分からないことを気軽に聞けるだろうか。

……無理だ。

全くもってそんな未来図が浮かばない。

幸先に不安しか感じられずにいると、


「まぁ、でも人手足りなかったし、ちょうどよかったぁ。おれ、篝 桜季かがり さきって言いまーす、よろしくー」


意外にも友好的に手を差し出され、「よ、よろしくお願いします」と僕はおずおずとその手を取った。


「名前はぁ?」

「あ、青葉幸助です」

「あおば、こーすけねぇ……。んじゃあ、これから青りんごって呼ぶねぇ」

「え?」


脈絡のないあだ名に戸惑い、右京君の方を向くと溜め息を吐かれた。


「桜季さん、人に食べ物のあだ名をつけるんですよ。ちなみに俺はラッキョウ」


ハハ、と乾いた笑いを零す右京君から、諦めというものを感じ取った。


「ところでさー、青りんごは何歳?」


唐突に年齢を聞かれ、返答に少しまごついてしまう。


「え、えっと三十五歳です」

「へぇ、じゃあおれより十個上なんだぁ。へぇぇ」


目を少し丸くして、桜季さんは僕をまじまじと見詰めてきた。

そして、何の前触れもなく突然、耳たぶに触れてきた。


「ふおぇ!」


びっくりして変な声を上げてしまったが、桜季さんは気にせず耳たぶを揉み続ける。


「じゃあさ三十五年間生きてきて、一度もピアス空けたことないのぉ?」

「え、あ、はい、ない、です」


くすぐったくて変な声がまた出てしまいそうなのを何とか抑えながら答えた。


「ふぅん、じゃあさぁ、今日、初出勤記念ってことで空けない?」

「へ?」


唐突な提案に目を白黒させている僕など気にせず、桜季さんは続けた。

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