第27話


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「お花と仲良しラララ~、フラキュア~、お花は友達ラララ~~」


フラキュアのオープニング曲を口ずさみながら、お客様用のトイレの便器を拭く。

昨日の映画の名残が抜ききれず、ついつい口から漏れてしまうのだ。


「悲しいときはいつも~……ラランラ~ン」

「悲しいときはいつも寄り添ってくれるお花さんたち、だ。ちゃんと覚えて歌え」


突然背後から声を掛けられ心臓が飛び跳ねる。


「せ、聖夜さん!」


振り返ると腕を組んで僕を見下ろしていた。


「三十五のおっさんが一人で歌ってんなよ」

「き、聞いてたんですね……」


は、恥ずかしい!


決して上手いとは言えない歌声を聞かれていたと思うと、穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。

僕の音痴な歌声を早く忘れてもらおうと慌てて話題を変えた。


「と、ところで、どうしたんですか? 今日は早いですね」


ベテランの聖夜さんが新人である僕と同じ時間に出勤するなんてほとんどない。

しかもトイレまで来るなんて……。


「あ! もしかしてトイレに行きたいんですか? すみません、気づかなくて。どうぞ掃除したてでキレイですよ」

「いや、違う。つーか客用のトイレ使うわけないだろ」


聖夜さんは呆れきった目で僕を見た。


「あ、そうですね。あはは、すみません、トイレに来る用事ってそれしか思いつかなくて」

「トイレに用はねぇよ。アンタにあるんだよ」

「僕ですか?」


何だろう?

聖夜さんからわざわざ出向いてくるくらいの用事なんて思い浮かばない。

首を傾げる僕に聖夜さんがずい、と顔を近づけた。

その顔は真剣そのもので、思わず背筋がシャンと伸びた。


「いいか? 昨日のことは絶対、誰にも言うなよ」

「昨日のこと? あ、カツアゲのことですか?」

「違う。というか、それも含め昨日俺とアンタが出かけたこと」

「え! 言っちゃだめなんですか?」


僕と出かけるのはそんなに恥ずかしいことなんだろうか……。

ショックだ……。

でも確かに僕みたいなおじさんと休日に出掛けたというのは、聖夜さんのような若くてかっこいい子にとってはマイナスなことなのかもしれない。

仲良くなったつもりでいた分、突き放されたような気持ちになった。


「……はい、分かりました。誰にも言いません……」

「……なんでそんなにしょぼんとなるんだよ」


聖夜さんが眉を顰めて不可解そうに言った。


「いえ、だって、僕と出掛けたことってそんなに言いふらして欲しくないほどマイナスなことなんだなと思って……」

「はぁ!?」


僕の言葉に聖夜さんは目を見開いたけれど、すぐに相好を崩して笑い声を上げた。


「なにそのネガティブな解釈。ウケる。そういう意味じゃねぇよ」

「じゃあどういう意味ですか?」


僕が訊き返すと、聖夜さんは少し躊躇うような間を置いて答えた。


「……アンタは昨日、俺のオタク趣味を恥ずかしくないって言ってくれたけど、やっぱりこの仕事ではオタクっていうのはマイナスでしかないんだ。俺の人気を落とそうとしてる奴もいるし、他に知られたら……まぁいろいろ面倒なんだよ」


そう言って吐き出した溜め息は少し悲しげだった。

ホストは女性に夢を見させる仕事だ。

夢を魅させるには相手の理想を優先させなくてはならず、時には自分に嘘をつかなくてはならないのだろう。

大変な仕事だ。

不器用な自分にはとてもできそうにない。

もちろん誰も僕なんかに夢を見ることはないだろうけど……。


「分かりました。安心してください。誰にも言いませんから!」

「……いや、アンタの場合、言うつもりがなくてもポロッと口を滑らせそうで怖いんだよな」


ドンと胸を叩く僕を見る聖夜さんの目は胡乱げだ。

う……、僕への信用が全くない……。


「だ、大丈夫ですよ! 信じてください!」

「え~何がぁ?」


突然乱入した声に、心臓が胸を突き破りそうなほど跳ね上がった。


「さ、桜季さん!」


出入り口のドアに桜季さんがもたれて立っていた。

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