第25話

「……おい、掃除全然できてねぇじゃねぇか」


コツコツと近づく靴音とともにトイレ内に響いた声に、その場にいるみんなが顔を向けた。


「あ……!」


現れた人物に僕は安堵の声を漏らした。


「聖夜さん!」

「清掃中っていうならもう一回やり直せよ。テメェらの舌で、っ!」


言うやいなや、聖夜さんは長い脚で手前の不良の顎を目がけて蹴り上げた。


「っぐぁ!」


顎を蹴られふらついた不良は脇腹をさらに横蹴りされあっけなく倒れてしまった。

残り二人の少年は、聖夜さんに睨まれると脱兎のごとく仲間を置いて逃げ出した。

立ち去った不良少年の背中を見送ってから聖夜さんはくるりと僕の方を振り返った。

そして、大きな溜め息を吐いた。


「アンタなにオタク狩りに合ってるんだよ」

「オ、オタク狩り……?」

「フィギュアとか買うために大金持って来ている弱そうなオタクを狙ったカツアゲだよ」


聖夜さんが忌々しげに吐き捨てた。


そ、そんな狩りがあるとは……!


親父狩りは前に話題になってニュースで聞いたことがあるけど、まさかそんな言葉まであるとは知らなかった。


「助けてくれてありがとうございました。でもどうしてここが分かったんですか?」

「さっきメイド喫茶で撮った写メ見せて聞き回ったんだよ。そしたら可愛い女子高生とトイレに向かって行ったって話を聞いたんだよ」

「え! さっきの写真を見せたんですか!」

「緊急事態だ、仕方ないだろ」

「う……」


仕方ないとはいえ、あの姿を他の人に見られたと思うと恥ずかしい。

さっきまでこの場を逃げ出したくてしょうがなかったのに、今はここを出るのが怖い……。


「ほら、さっさと立てよ。今度こそレアもん引いてくれんだろう?」


そう言って聖夜さんが手を差し伸べた。

不良少年とは違うあたたかさが溢れる手だ。


「……はい!」


僕は笑顔でその手を握って立ち上がった。


「ふふふ」

「なんだよ、急に笑って気持ちわりぃ」


つい笑いが零れてしまった僕に、聖夜さんが怪訝そうに眉を顰めた。


「あ、すみません。いやぁ、やっぱり聖夜さんは王子様だなぁと思って」

「はぁ!?」


聖夜さんが顔を顰めた。


「いや、ピンチの場面に颯爽と現れて救い出すなんて王子様みたいじゃないですか」


相手が可愛いお姫様じゃなく中年の僕という点を除けばの話だけれど。


「僕の立ち位置が愛良さんだったら完璧なお姫様と王子様の図でしたけどね。うーん、残念」


なんだか完璧な構図を汚したようで申し訳なくて苦笑すると、


「……俺はアンタでいい」

「え?」


ぼそりと呟いた言葉にきょとんとしていると、聖夜さんが慌てて言い足した。


「へ、変な勘違いすんなよ! 姫とかの相手って気を遣うから、それよりおっさんの方がぞんざいに扱えて楽ってことだよ!」

「は、はい、そうですね」


なんで慌てているかは分からないけれど、とりあえず言っていることは分かるので頷く。

確かにお姫様は丁重に対応しないといけないから気疲れしそうだ。


「それより、ガチャ行くぞ! ほら! シャキシャキ歩け!」

「は、はい!」


先を行く聖夜さんに追いつこうと、歩みを少し早めたと同時に、何かが僕を追い抜かすようにして横切った。

それはさっきまで床に伏していた金髪の少年だった。

少年は聖夜さんに向かって突進したが、聖夜さんはさらりとそれをかわした。

そして僕の前に背を向けて立ち、少年に向き合った。

少年の手には小振りだけれどナイフが握られていた。


「っ、このクソオタクが! 調子のんなよ!」


少年は興奮した様子で叫んで、ナイフを振り上げた。

聖夜さんは器用にその切っ先を避けるけれど、少年も引く様子なくナイフを振り回す。

少年の手は怒りに支配されているようで無闇やたらに振り回している感が強く、そのためナイフの動きが読みにくい。


シュッ--


ナイフの先が少しだけ聖夜さんの頬をかすめ、白い肌に赤い線が滲んだ。


このままじゃ聖夜さんが刺されてしまうかもしれない……!


血の色に危機感を覚えた僕は慌てて辺りを見渡した。

僕にできることといえば、この場を逃げ出して助けを呼んでくるくらいのことだけど、残念ながら出入り口は金髪少年の向こうだ。

だからといって、僕が加勢しても、焼け石に水、むしろ火に油を注ぐようなもので聖夜さんの足を引っ張りかねない。


ど、どうしよう……!


どうにかこの状況を打開できないかトイレ内を見回していると、さっき聖夜さんが投げ飛ばした『清掃中』の看板が目に入った。


これだ……!


僕は看板の方へ駆けて行った。

幸いにも少年は僕など眼中にないようで、僕の動きなど気にも留めていなかった。

少年がこっちに背を向けた瞬間、僕は看板を拾い上げた。

そして両手で持ってそれを振り上げると、


「っ、ごめんなさい!」


そのまま少年の頭に叩き込んだ。

一瞬出来た隙を聖夜さんは逃さなかった。

後頭部を叩かれて前屈みになった少年のこめかみ目がけて蹴りを入れると、少年はそのまま床に倒れた。

立ち上がる暇を与えず、聖夜さんは少年の背中に乗り手を後ろでひとまとめにした。


「……っ!」

「ハイ、俺らの勝ち~」


鋭く睨み上げる少年を鼻で笑って聖夜さんが言った。

そして僕の方を振り向くと、


「意外とやるじゃん。今のうち、店員呼んできて」

「は、はい!」


緊張が抜けて上手く力の入らない足に活を入れながら、僕は急いで店員さんを呼びに走った。

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