第2話
ロビーに出たところで声を掛けられた。
振り向くと、三・四歳くらいの女の子を連れた僕らと同年代くらいの男が立っていた。
こっちを知った風だったけれど、なかなか思い当たらずとりあえず曖昧に笑みを浮かべると、
「やぁ、武田君。久しぶりだね」
隣の晴仁が僕の曖昧で中途半端な笑みとは比べものにならないしっかりとした笑顔で、男に向かって手を挙げた。
晴仁の言葉と、男の笑った時の独特な目元の雰囲気にようやく記憶と目の前の男が一致した。
「あ! 武田君!」
「よぉ、久しぶりだな。ようやく思い出したって感じだな」
「う……、ご、ごめん……」
思い出せていないことはバレバレだったようだ。
しかし、武田君は全く気にしている様子はなく、むしろ憶えの悪い僕をからかうようにニヤニヤしていた。
さっぱりした性格は昔から変わっていないようだ。
「高校卒業以来だね。それにしても随分変わったね。あの頃は武田君、髪の毛がなかったから」
「おい、人をハゲのように言うんじゃねぇ。俺は正統派野球児だったんだよ」
「あはは、そうだったね」
武田君は野球部のエースで、一見すると何の接点もないように見える僕らだったが、映画も嗜んでいた彼は、クラスメイトで映画同好会会員だった僕によくオススメの映画を教えてくれたり、逆に僕が教えたりと映画好き繋がりで仲良くしてもらっていたのだ。
「それにしても青葉は全く変わらないな。すぐに分かった」
「あはは、よく言われる」
「んで、横にいるイケメンは吉井だろう? お前らほんとずっとつるんでるよなぁ。高校の時も吉井の影に青葉あり、みたいな感じだったもんなぁ」
「ははは、僕は晴仁に頼りっぱなしだったからね」
武田君の言葉に苦笑する。
友達の少ない僕は晴仁について回っていたからそう思われても無理はない。
「それにしても吉井、ますますイケメンに磨きがかかってんなぁ。どうせ大企業のエリート社員で、女性社員からはモテモテで、そのくせ家には超絶美人な奥さんと可愛い子供がいるって感じだろう、この男の憧れ野郎め!」
このこの! と笑いながら武田君が肘で晴仁をつく。
あながち間違いではない。
ただ、家にいるのは超絶美人の奥さんや可愛い子供ではなく、三十半ばのくたびれた中年だけれど……。
「あはは、僕はまだ結婚していないよ。それに男の憧れは君の方だろう? 隣の可愛い子供が何よりの証拠だ」
そう言って武田君と手をつないでいる少女ににこりと笑いかけた。
少女は顔を赤くして武田君の影に隠れた。
「ははは! さすが吉井だな! 俺の娘まで惚れさせるとは。だが、娘はやらんぞ!」
「あはは、武田君、すっかりいいお父さんだね」
「こんにちは、お名前なんて言うの?」
僕がしゃがんで話し掛けるとびくりと小動物みたいに体が震えたけれど、小さな声で「……もも」と答えてくれた。
イケメンの晴仁の後に平凡な僕を見て少しほっとしたのかもしれない。
「へぇ、ももちゃんか。僕は青葉幸助。ももちゃんも今日は映画を観に来たの?」
ももちゃんは小さく頷いた。
「そっか、なんていう映画?」
「……あれ」
小さな手で壁に貼られているポスターを指差す。
それは『フラワー戦士フラワーキュア-ズ』と書かれた女の子向けのアニメ映画のものだった。
紙面にはカラフルな髪の色の少女達がポーズを決めて並んでいる。
「へぇ、フラワーキュア-ズかぁ。僕はよく知らないんだけど、どんなお話?」
「……フ、フラキュアが、お花をからしていくわるいインドールはくしゃくから、せかいとお花をまもるの」
口調はたどたどしいけれど、目はキラキラと輝いていて本当にフラキュアが大好きなことが十分に伝わってきた。
好きなことを話すとき、人は年齢や性別に関わらず素敵な表情になるなぁとあらためて思った。
「そっか、すごく楽しそうだね。映画、楽しんでね、ももちゃん」
「……うんっ」
ももちゃんは最初の人見知りもどこかに飛んでいったように明るい笑顔で元気よく頷いた。
「お、さすが、青葉だな。人見知りのももがすぐに心開くとは」
「あはは、僕が晴仁みたいにイケメンじゃないから緊張しないんじゃないかな」
「あはは、それもありそうだな!」
快活な笑い声を上げる武田君をももちゃんはきょとんと見上げていた。
「あ、そろそろ上映時間じゃない?」
晴仁が腕時計を見る。
「あ、やべっ! もうそんな時間か。また今度同窓会でもやろうぜ! それじゃあな!」
そう言うと、武田君はももちゃんを抱きかかえて走り出した。
肩越しにももちゃんが笑顔で手を振ってくれたので、僕も手を振り返した。
「あはは。武田君、本当にいいお父さんだね」
「そうだね」
「それにしてもやっぱり子供は可愛いね」
「こーすけは子供欲しいの?」
「いつかは欲しいよ。でも、まずは恋人から探さないと……」
僕は苦笑した。
子供や結婚云々の前の話だ。
「こーすけの子供ならきっと可愛いだろうね。その時は三人で映画を観に来ようよ」
「あはは、いいねそれ」
果たしてそんな明るい未来が来るのか、不安もあるけれど、しばらくは晴仁と気ままな映画鑑賞を楽しもう。
僕らはまた映画の話に戻って、映画館を後にした。
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