調和の聖女 2

 ◆


「ですから、困ります!」

「……少しくらい、いいじゃない」

「ダメです! お部屋に戻ってお待ちください」


 表へ出ると案の定、遠子とおこと聖女の世話係が揉めていた。

 女性なのは同じだが、先ほど部屋に紅茶を持ってきた人物とは違っている。ドレスの腰には天秤のような形をした短い杖を携帯していた。皿に当たる部分は、よく見ると小さな鐘になっているようだ。


「あなたたち、この人を何とかしてください!」

「でも遠子さんが漏らしちゃったら困るじゃないですか。だから早くお手洗いに行かせてもらった方がいいと思うんです」

「だったら部屋に戻るのが一番早いでしょ!」

「うっ……」


 理沙りさが加勢をしたものの、正論により一発で黙らせられる。


「あの、わたくしマリー・フォンドラドルードと申します。お騒がせして申し訳ありません。この二人も仲間の身を案じているだけですのでどうかお許しください」

「ええ、存じております。お仲間は聖女様とご一緒なのですから、何も案じることなどないではないですか」

「それはそうですけれど……」

祥太郎しょうたろうさん――ええと、聖女様のところに行った人ですけど、いつごろ帰ってきますか?」

「それは私からは何とも言えませんね」

「……もう、ここでしちゃおうかしら」

「えっ、遠子さん、ウソですよね? しちゃダメですよ!」

「だから、さっさとこの人を部屋に連れ帰ってください!」

「騒がしいですね。どうしたのですか、アリサさん」


 そこへ、穏やかな声が割って入った。

 彼女も聖女の世話係なのだろう。同じく水色のドレスを着ていて、腰には杖を提げている。他の世話係よりも年配に見えるが、背筋はすっと伸び、所作にも隙がない。


「ソフィアさん。部屋で待っていてくださいと言ったのに、この方たちが言うことを聞いてくれなくて」

「そうですか。でも、問題ありません。もうお帰りいただいて良いそうです」

「じゃあ、聖女様の用事は終わって、祥太郎さんはもう戻ってくるってことなんですか?」


 理沙に問われ、ソフィアと呼ばれた世話係は表情を変えずに首を振る。


「いいえ。皆様だけ先にお戻りを。彼のことは聖女様にお任せください。――あなたがたは、新宿しんじゅくからおいでになりましたよね? アリサさん、『道』の準備をお願いします」

「はい、わかりました」

「聖女様にお任せするとは、どういうことですか? わたしたちは連れが戻ってくるのを待ちたいのですけれど」

「詳しいことは、三剣源二みつるぎげんじさまにお伝えしておきます。準備が終わるまでお部屋でお待ちを」

「ちょっと待ってください!」

「理沙ちゃん」

「才さん。――だって」

 

 肩をつかまれた理沙が振り向くと、才は無言で遠子を指差す。

 彼女の手には、白い包みが握られていた。仲間たちは皆、それに見覚えがある。


「リサ、落ち着いて。ひとまず部屋に戻りましょう」


 マリーもそんなことを言いつつ目配せをする。

 アリサの姿はすでにない。こちらに背を向け歩き去るソフィアの物腰は、明らかに素人のものではなかった。異能の力を弱められていたとしても、武道家としての理沙の力が失われたわけではない。


「でも、マリーちゃん……」


 瞬時に自らの役割を理解した彼女は、遠子から包みをもぎ取るようにして受け取り、足音を殺して駆ける。


「何を――!?」


 ソフィアが気配にようやく気づき、振り向いた時――その顔に、眠りの粉が直撃した。


「やべーよやべーよやべーよ……!」


 一瞬で眠りに落ちたソフィアを部屋まで運んで隠した後、四人はすぐにその場を離れる。


「サイ、もう少し静かにしてくれる? 誰か来たら困るじゃない」

「なんでマリーちゃんはそんな冷静なんだよ!」

「わたし、もう覚悟を決めたの」


 声のボリュームを落としつつも強く言う才に、マリーは小さく首を振る。


「フォンドラドルード家も今は名だけみたいなものだし、ママも帰ってこないし、わたし一人犯罪者になったところで、いいんじゃないかって」

「いや覚悟が後ろ向きすぎるだろ!」

「大丈夫です才さん! きっと師匠がどっかの山に匿ってくれますから」

「理沙ちゃんも犯罪者になる前提で話進めるのやめてくれよ……!」

「しっ!」


 そこで遠子が唇に人差し指を当てた。

 黙って耳を澄ませると、道の先から足音と話し声が近づいてくるのが分かる。――皆、すぐに近くの柱の陰へと身を隠した。


「……でね、ジェインが『無垢むくの杖』を部屋に忘れてたから、『調和の間』まで届けてあげたの」

「あの子、ちょっと抜けてるのよね。それで聖女様に何かあったらどうするつもりなのかしら」

「まぁ、聖女様はソフィアさんから武道を教わってらっしゃるし、『無垢の大杖』があるじゃない? 確かにお世話係として、もっとしっかりして欲しいところではあるけど……あら? ジルベールさん?」

「――『調和の間』はどこですか?」


 一緒にいた者の姿が見えなくなり、周囲を見回した世話係の背後から唐突にかけられた声。――理沙だった。


「あなた一体!? だ、誰か――」

「聖女様が危ない!」

「えっ!?」


 別の場所から聞こえて来た声に、世話係は思わず反応する。

 しかし顔を向けたのは、声のした方角ではない。


「了解。教えてくれてサンキュー」


 言葉とともにぶつけられた眠りの粉により、彼女の意識は闇へと落ちた。 


「……ふぅ、危なかった」

「すいません才さん、危うく助けを呼ばれるところでした」

「うん、もういいわ。仕方ねーわ。後戻りできねーわ……ううっ」

「武器も持ってるみたいだし、使われなくて良かった。『無垢の杖』って、腰につけてる小さな杖のことかしら。イメージ的には、受ける攻撃を弱めたり、無効化する部類よね」


 話しながらも『調和の間』があると思われる方向へと急ぐ。時々世話係たちと出くわしたが、片っ端から眠らせていった。

 惜しみなくまき散らされる眠りの粉に、抗睡眠薬を服用している仲間たちの頭も少しくらくらとしてくる。


「しかし遠子さんすげーな。どこにこんだけの薬、隠し持ってたんだ?」


 今はショッピングバッグも持っていない。振り向くと、新しい薬の袋が遠子の口から出て来たような気がしたが、才は見なかったことにして顔を戻した。


「あれが出てきたらどうしましょう? タコさん」

「アフォはここには配置されてねーんじゃないかな。さっきのおねーさんたちの話にも出てこなかったし、何よりこの広さの割に世話係自体が少ねーだろ? よっぽど『杖』とやらの力に自信があるか、それとも、なるべく人を近づけたくねーのか……アフォだって転送装置だって、メンテナンスは必要なはずだからな」

「『調和の聖女』。――ずっと姿を隠していた理由も、そこにあるのかしら」


 すでに皆、小走りといえるスピードで進んでいた。

 見えてきたのは、他の部屋とは明らかに違った大きな扉。このいびつな聖堂の主が座す場所。


 ――『調和の間』。

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