召喚術師と召渾士 2

「師匠ずるーい! ケーキ食べてる!」

「人が苦労してる時に、のんきなものね……」

「てめ、カリニ! お前のせいでこんなことになってんのに、図々しいな!」


 雨稜はちまちまとケーキを食べていた手を休め、静かに席を立つと、泣きそうな顔をしながらこちらへとやってくる。


「理沙ぁぁぁぁ! みんなぁぁぁぁぁぁ! 待ちくたびれたよぅぅぅぅぅぅ! カリニ君と二人っきりで、もう気まずくて気まずくて、ケーキ食べるくらいしか間を持たす手段が思いつかなくて」

「あの師匠、口からケーキ飛ばさないで! 食べてから喋ってください!」

「二人っきりって……シロもあそこにいるじゃない」


 とっさに張った結界で飛んでくるケーキを回避しつつ、マリーが窓際に突っ立っているシロを指差すと、彼はぷるぷる首を振る。


「シロってば、『クチはワザワイのモト』とか言ったきり、一言もしゃべらなくて……」

「そうね、その方が良いのかもしれないわ」

「良くないよぉ! いつもシロしか話し相手いないのに」

「おっさん強いんだからさ、堂々としてりゃいいじゃん。カリニなんてどーせ見かけ倒しなんだし」

「だってその見かけが怖いじゃん! 威圧感あるし。隠された力だって色々あるかもしれないでしょ? この業界」

「僕はむしろこの業界が怖い」


 げんなりした祥太郎しょうたろうが何気なくソファーの方を見ると、ケーキを食べ終えたらしいカリニと目が合った。

 食堂から持ってきたのか、彼は紙ナプキンで口を丁寧に拭いてから、ふっと笑う。


「まあまあだな」

「ギャァァァァァ!!! ナンデェェェェェ!!!」

「シロぉー! ――祥太郎君、何でまたシロ飛ばしちゃったの!?」

「あれ? すいません。何かイラっとしたら無意識に。僕、あの店のモンブラン好きなんですよねぇ。食べたかったなぁ」

「そろそろ始めても良いだろうか」


 マスターの声に、皆の視線が集まる。隣にいた才がタブレットを操作し、部屋の壁に映像を投影させた。


「これは、ナレージャ君がこちらへと来た時のカリニ君の映像だ。カリニ君は、この時のことは覚えているかな?」


 カリニは腕を組み、しばし考えるようにしてから、口の端を上げる。


「そのような些末な事、我の――」

「覚えていないようだね。では質問を変えよう。この魔法陣に見覚えは?」


 マスターは、次は光る円を指差した。鮮明とは言えないものの、幾何学文様が浮かび上がっているのが見える。


「我の知識は膨大。その為――」

「ないようだね」


 再び言葉を遮られ、カリニはムッとした表情を浮かべたが、それ以上何も言おうとはしなかった。


「もう一つ聞こう」


 マスターは穏やかに、しかし有無を言わさぬ力強さで続ける。


「君は、召喚術が使えないね?」

「マジで!? じゃあナレージャちゃんを召喚したのは、こいつじゃねーってこと?」

「いや。召喚したのは恐らく、カリニ君で間違いないだろう」

「は? 意味わかんねーんだけど」


 彼は今度の才の言葉には反応せず、カリニへと近づくと、がっしりとした腕をとった。その動作はごく自然に行われ、振り払う隙も与えない。


「さ、『ミュート』は外したよ。何か召喚してみるといい」


 しかし、カリニは動こうとしない。


「マジで使えねーのか……?」

「もしかしたら、何らかの理由で力が一時的に使えなくなってるってことなのかしら。でも、シミュレーターでの体験とはいえ、身の危険を感じたことで、無意識に術を使ってしまった……とか」

「そうだね、私もマリー君と同意見だ。『ミュート』を外しても、力に変化はほとんどなさそうだしね」

「けど、僕の時みたいに、求人広告はA5ランク以上の能力者にしか見えない設定になってたとかじゃないんですか?」

「いや。今回は幅広く募集したよ。いずれにしてもあの設定は、感知能力の目安に過ぎないけどね」

「でも力があるヤツは、大体感知能力もたけーからなー。……だからあんな有象無象が来やがったのか」

「まあ、今回は緊急だったということもある」


 マスターはぶつぶつ言う才に応えてから、再びカリニに向き直った。


「ところで、『ミュート』はどこで取り付けてもらったか、わかるかい?」

「……我の崇高なる細胞は」

「わからないみたいだね。――ちょっと失礼するよ。少ししたら戻ってくるから、後をよろしく」

「マスター? どこ行くんだよ?」


 ドアがぱたりと閉められると、何とも言えない空気が部屋の中へと漂う。

 気まずさを追い払うように、理沙が手をぱたぱたとさせた。


「えーと、それでどこまで行ったんでしたっけ? カリニさんが召喚術を忘れちゃって? じゃなくて、使えなくなって?」

「――それよ」

「それって?」


 マリーは突然声をあげ、顔の前に立てた人差し指を、そのままカリニの方へと向ける。


「マリーちゃん、人をそうやって指差しちゃダメ」

「ああ、ごめんなさい。――じゃなくて。カリニあなた、失ってるのは力だけじゃなく、記憶もなんじゃない?」


 その言葉に返答はなく、ただ視線がそらされた。


「やっぱり」

「えっ、じゃあカリニさんは召喚術も使えないし記憶喪失なのに、何だかよく分からない広告を見て、オーディションに来たってこと?」

「……それは、内なる衝動に突き動かされたのよ。たぶん」

「うむ。相違ない」

「ほら、カリニもそう言ってるし」

「カリニ君の内なる衝動の件は少し置いておいて、ナレージャ君との話し合いのことを、もう一度聞かせてはくれないか」


 そこへ、マスターが戻ってくる。どこかに置いて来たのか、先ほど外した『ミュート』は持っていなかった。


「そういえば、簡単にしか話してなかったんでしたっけ」

「といっても、先ほどお話した以上のことは、ないとは思うのですけれど……」


 そもそもナレージャとも、それほど長く話が出来た訳ではない。医務室からミーティングルームへと戻る道すがら、重要と思われる内容は皆に伝えてある。

 理沙とマリーは記憶を補い合いながら、ナレージャとのやり取りを出来るだけ細かく説明し直した。


召渾士しょうこんしに、渾櫂石こんかいせきなぁ……ナレージャちゃんは渾界こんかいって色んな世界が混じったみたいなのに日常的に触れてるわけだし、そこに俺らの世界も含まれてるんだろ? きっと。だからシミュレーターのせいじゃねーって」

「サイは最後の部分が言いたいだけじゃないの?」

「ち、ちげーよ! 俺はちゃんと考えてだな……」

「シミュレーターのせいかどうかは置いといて、とにかくナレージャを元の世界に返してあげないといけないんだろ? カリニが召喚術も使えなくて、魔法陣のこともさっぱり覚えてないのに、どうすんの?」


 祥太郎の言葉をきっかけとして、カリニへと静かに注目が集まる。

 ソファーでくつろぎ、紅茶を飲んでいた彼は、カップをそっと目の前のテーブルに置くと、静かに倒れた。


「だから寝たふりすんなポンコツ」

「でもさぁ」


 そこで今まで黙っていた雨稜が、急に言葉を発する。


「おっさんの悪口じゃねーぞ?」

「いや分かってるよ? 才君、私を普段からポンコツって思ってるの?」

「あー……まぁまぁ思っ」

「師匠、何か気づいたことでもあるんですか?」


 すかさずフォローに入った理沙へと、彼はやや硬い表情を向けた。


「気づいたというか……彼女、このまま元の世界に返しちゃってもいいのかなって」

「雨稜さんも同じことを思われましたか」

「マスターさんも? ああよかった。私がネガティブに考えすぎなのかなって」

「どういうことです? だって、ナレージャさん帰れないと困りますよね?」

「ええっとね、もちろんいずれは帰してあげなきゃいけないと思うよ? ただ、話を聞いた限りでは、彼女が危ないというか……」

「彼女は、利用されようとしているのかもしれない」

「そうそう、そういうことです! さすがマスターさん!」


 雨稜はすっきりとした顔をしたものの、周囲はどうも腑に落ちない。


「確かにナレージャの力は無駄に強いけれど、友達が抑えてくれるようだし、国を守る魔術団から声がかかったというのなら、そんなに問題は……」


 そこまで言って、マリーの口が一旦止まる。


「そうだわ。もしかしたら、魔術団自体に何かしらの問題があるのかも」

「言われてみりゃ、今までナレージャちゃんの力を嫌ってたくせに、急に方向転換するのって怪しいよな」

「召喚も、こちら側からだけではなく、向こうで何か大きな力が働いたからということも考えられるね。いずれにしても、まずは彼女を元の世界へと返す方法を探さねばならないが」


 マスターが腕組みをした時、トントン、とドアをノックする音が聞こえた。

 返事を待たずに扉は静かに開く。隙間から覗いたのは――細長いクチバシ。


「シロ! 戻ってきたのか。良かったぁ」

「オレサマは、フシチョウのごとくだゼ。ウリョウのダンナ」

「黙るのもやめたんだね。良かったぁ……話し相手いなくなったらどうしようかと」

「シャベッテもシャベラなくても、ショクドウにトバされるリフジンなセカイ。なら、シャベッてヤルだけだコンチクショウ」

「シロ、カッコいい!」


 雨稜の掛け声にキリっとポーズを決めてから、シロは後ろを振り返った。


「オイ、ハイっていいゾ!」


 すると少しの間を置き、人影が現れる。申し訳なさそうに部屋の中へと入ると、ぺこり、とお辞儀をした。


「ナレージャさん! もう大丈夫なんですか?」


 声をあげた理沙に、ナレージャは少し恥ずかしそうにうなずく。


「はい。おかげさまで。もう、落ち着きました。さっきはごめんなさい。――あと、皆さんにもご迷惑おかけして、ごめんなさい。ドクターに、食事をしてくるといいって言われて食堂を教えてもらって、そこでシロさんに会ったんです。それで、連れてきてもらいました」

「いや、急に異世界に来てしまったのだから、驚くのは仕方がないよ。こちらこそ、すまなかったね」


 マスターは言って、穏やかな笑みを浮かべた。


「私のことは、ひとまずマスターと呼んでくれればいい。こちらから理沙君、マリー君、才君、祥太郎君。それから雨稜さんとシロ君だね。ナレージャ君、そしてカリニ君。とにもかくにも、『ゲートキーパーズ・アパート』へようこそ」

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