騎士と姫君 8

 コントロールルームへと入った五人に、中にいた人々の注目が集まる。


「あっ」


 その中に理沙りさ祥太郎しょうたろうの姿を見つけ、ガルデはばつの悪そうな顔をした。


「おはようございます! もう体調は大丈夫みたいですね。よかった」

「おー、元気になったんだな」

「おかげさまで」


 代わりにエフィーゼが答えると、その隣でリドレーフェも静かに頭を下げる。ガルデも慌てて「ども」と頭をかいた。

 作業の手を休め、こちらへとやってきていたさいが、ぽつりとこぼす。


「リドレーフェちゃん、やっぱ姫様ってだけあって高貴でかわいいなぁ」

「才殿、そういうことを仰るのはやめてください」


 エフィーゼが眉をひそめると、彼はひらひらと手を振る。


「ああ悪い悪い、エフィーゼさんも見るたびに綺麗になってくよな」

「才殿! 怒りますよ!」


 しかし顔を赤らめて怒る彼女が面白かったのか、表情を幾分いくぶんなごませたリドレーフェを見て、それ以上何も言えなくなってしまう。


「全員揃ったね」


 その時、マスターがやってきた。彼の背後には、ザラの姿もある。

 それから彼はスタッフへ二、三言葉をかけると、出入り口とは別のドアを手で示した。


「では、こちらへ」


 ドアをくぐり、細い廊下を進んだ先には、同じように扉。マスターがロックを解除すると、それは静かに左右へと開いた。

 中は一人掛けのソファーが中央に備えつけてあるだけの、殺風景な部屋だった。先ほどのコントロールルームと比べれば小さかったが、九人が一度に入っても、それほどの窮屈さは感じられない。


「ここがVIPルームかぁ。俺も初めて入った」

「VIPルームって? 椅子しかないじゃんか」

「だからー、色々仕掛けがあんだって。そろそろ慣れろよニブ太郎」

「ニブ……いちいち変なあだ名つけんのやめろよな」

「そんな大したものでもないよ。様々なところと直接連絡できるようになっているだけで」


 早速言い争いを始めた才と祥太郎に笑ってから、マスターは異世界からの客人を見やる。


「先ほど『ゲート』の準備が整った。これであなたがたを故郷へ送り届けることが出来る。イディスの人達もね。彼らはそちらの世界のやり方で裁かれるべきだから」


 緊張した面持ちの三人に微笑み、彼は続ける。


「ただ、三人とも『ゲート』間を渡るのには不慣れであるし、我が『アパート』からも同行者を派遣したいと思う」


 それから、周囲へと視線を向けて言った。


「理沙君」

「はい!」

「祥太郎君」

「は、はい」

「それから、ザラ君」

「ハーイ!」

「オウンガイアへ行ってくれるね?」


 頷く三人。そこへ口を挟んだのはマリーだった。


「わたしも、行って良いですよね?」


 少しの間を置いてから、マスターは表情を緩める。


「……わかった。頼むとしよう」

「才と遠子とおこさんは?」

「俺は、やることあるから」

「私もお留守番するわ。こっちにだって手は必要だもの」

「君たちなら大丈夫。経験豊富なザラ君もいてくれるしね」

「ソーソー。どーんと大風呂敷おおぶろしきに乗ったつもりでいるネ!」

大船おおぶねね。異界派遣の経験があるのはザラだけだもの。頼りにしてるわ」

「あなたがたも、それで良いね?」


 マスターは再びリドレーフェたちに顔を向けた。他の二人よりも早く、年若きリーダーが口を開く。


「本当に、良いのですか? これはそもそもわたくしたちの世界の問題ですし、皆様を危険な目に……」

「リドレーフェちゃん。あんま真面目すぎんのも、背負いすぎんのもきついぜ? 助けて欲しい時は助けて欲しいって言やいいんだから。俺たちは、世界を超えて同盟を組むわけ。何かあった時、同盟国が助けに行くのは当然だろ?」


 軽い調子で言う才に、彼女は神妙な顔のまま答えた。


「……わたくしたちも、同盟国として何かお返しが出来るのでしょうか」

「そんなことは気にしなくていい。もしあなたがたが望まなかったとしても、私たちが必要だと判断すれば、こっそり調査をさせてもらうこともある。だからこちらとしても、その世界の人が受け入れてくれるだけで、とても助かるんだよ」

「あのな、姫様のお城、すっげーキレイなんだぜ!」


 唐突に、そんなことをガルデが言い出した。

 エフィーゼも頷き、急いで付け加える。


「ええ。白珠岩はくじゅがんというもので出来ており、光の加減によって輝きが変わるのです。異国からいらっしゃる方々は皆、その美しさに息を呑まれます。活気のあるメレスティラ市場いちばや海の幸、瑞々しい野菜や、近年飼育に成功し、特産品として親しまれているハナ鳥の料理などもきっとお気に召すと思いますよ」

「おいらもまだ、なーんも食ってないんだ」


 ガルデが肩をすくめて見せると、どっと笑いが起こった。

 ぽかんと二人を見ていたリドレーフェも、ようやく表情をほころばせる。


「……そうね、ごめんなさい。料理長にちゃんと言わないとね。皆様の分も、うんと美味しいものを作らせます」


 それから彼女は、深々と頭を下げた。


「どうか、よろしくお願い申し上げます」

「決まりだね。……では、今から申請をするから、三人はここに並んで立ってくれるかな?」


 マスターは三人がソファーの近くに並んだのを確認し、自らの『コンダクター』に触れる。

 すると正面にある壁が光り、赤毛の女が大きく映し出された。

 豊かな髪の上にも、耳や首元にも、猫の目をモチーフとしたようなアクセサリーをたくさん身につけていて、ワインレッドのワンピースにも同様の模様が入っている。背後には『異界局長いかいきょくちょう』と書かれた札がぶら下がり、ゆらゆらと揺れていた。

 彼女はネイルをするのに夢中のようで、こちらには一切目もくれず、一言だけを発する。


承認しょうにーん!」


 それからぶつっ、と通信が切れた。


「さて、承認も得たことだし」

「ちょ、マスター、あれでいいんですか?」

「そうだよ」

「雑だなぁ」


 白い壁に戻った場所を指差しつつ言う祥太郎に、マスターは笑う。


「そう思って時々、誤魔化そうとする者もいるんだがね、彼女の『審明眼しんめいがん』は欺けず、あっさりばれてしまうんだよ」

「……はぁ、正直すんません」


 ここにいると、世界には様々な能力者が存在するのだということに、祥太郎は改めて気づかされる。

 マスターはもう一度軽く笑い、皆へと視線を向けた。

 

「まあ、そういうことで、早速『ゲート』へと向かうことにしよう」


 ◇


 『アパート』から出て、徒歩三分ほど。

 住宅街の道のど真ん中に、その塔とでも呼ぶべきものは建っていた。


「いつの間にこんなでっかい塔が……」


 それを見て驚いている三人プラス祥太郎に、マリーが扇で顔を仰ぎながら説明をする。


「マスターが捕縛した『ゲート』の周りをわたしの結界で囲ってから、ザラのイリュージョンで建物風に見せてるの」

「調整がめんどめんどで、時間かかっちゃたネ」

「一時しのぎだから、そのうちちゃんとした建物になるでしょうけど。――はい、どうぞ」


 扇が何度か振られると、塔の表面にぽっかりと穴が空いた。


「すげー」    


 今回代表して声を上げたのは、ガルデだ。

 彼らの世界にも、神器じんぎを始めとする神秘の力は存在するが、既知のものでないならば、やはり驚きの方が先に来る。


 外観と同じく灰色をした内部には、螺旋階段が続いていた。

 それを見上げ、マリーは最上部を指差す。


「ショータロー。あそこまでお願い」

「了解!」


 言い終わる頃には、目の前に白く輝く扉が現れていた。その表面には、蝶の模様が描かれている。


「では、開けるよ」


 それはマスターの手により、静かに開かれた。 その先には、『アパート』のメンバーには馴染みの空間が広がっている。いつもと違うのは、テラスから白く輝く階段が、彼方へと延びているところだ。

「それじゃ、気をつけてね」


 不思議な空間に心を奪われている三人へと、遠子が言う。

 エフィーゼは慌てて振り向き、その目を見た。


「……遠子殿もお元気で。本当にお世話になりました」

「俺は俺は?」

「無論、才殿も」

「じゃあ、お別れのハグを――ぶもっ」


 どこかから現れた巨大なカエルのぬいぐるみに抱きつかれ、押し黙る才。

 遠子は視線を他の二人へも向ける。


「リドレーフェさんと、ガルデさんも。――落ち着いたらまた会うことも出来ると思うから、その時はゆっくり話しましょう」


 その言葉で、少ししんみりとしかけていた空気が和やかなものとなった。


「そうなんだ! トオコもサイも、マスターもまたな!」

「何から何まで、ありがとうございました。きっとまたお会いしましょう」

「はい、また。ドクターや早苗殿にもよろしくお伝えください」

「ぶはっ、じゃ――じゃあな!」


 才がカエルから解放された時には、すでに皆の姿は小さくなっていた。最後尾で巨大な黒い結晶を抱えた理沙が、こちらへと手を振っている。

 やがてそれも見えなくなり、白い階段だけが、暗闇の中へと浮かんでいた。

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