騎士と姫君 2
街は奇妙に静まり返っていた。
元々『アパート』の周辺は住宅街で、それほど人通りが多い訳でもなかったが、それにしても今日は誰一人として歩いている姿を見かけない。電柱の上に設置されたスピーカーからはテンポの速いクラシック曲が流れている。
「あのさ、『プランB』って何?」
きょろきょろと周囲を見回しながら
「街の中で戦いが起こるかもしれないから、そのつもりでってことですね」
「へぇー……じゃあこの曲も、避難警報みたいなもん?」
「避難というよりも、『プランC』に移行する可能性もあるから、待機という方が正確ね」
マリーが横から補足する。
「『プランC』ってのは?」
「このエリア一丸となっての迎撃」
「ん?」
そこまですらすらと進んでいたはずの祥太郎の理解が、一瞬止まった。
「だって、この辺りって一般人も住んでるわけだろ?」
「住んでないですよ」
「えっ?」
「えっ、じゃないわよ。あんなに『ゲート』がぽこぽこ生まれる周辺に一般人が住んでたら危ないじゃない。もちろん『アパート』内で抑えられるように対策は取られているけれど、そこから漏れてしまうケースにも対応できなければならないし」
「じゃあ、向かいに住んでるミクちゃんとか、
「だからあの人たちもスタッフなんだってば」
「えええええええっっっ!?」
思わず上げた大声に割り込むようにして、『コンダクター』が鳴る。マスターからの連絡だった。
『やはり「ゲート」がアパート外に発生していた。負傷した女性と敵対する者もこちらに来ていると思われる。ザラ君に応援を頼んだから、「つるみや」で合流してくれ』
「ザラがこちらに?」
マリーがそれを聞き目を見開く。
『ああ。私的な滞在だったのだが、緊急事態なのでね』
「かしこまりました。わたし達としても助かりますわ」
『では、また連絡する』
「ザラって?」
また新たな単語の登場に、つい前のめりになって問う祥太郎。
「他の『アパート』の住人さんなんです」
「えっ、『アパート』ってここ以外にもあんの!?」
「そういえば話す機会なかったでしたっけ」
「ショータローもそろそろ自分で調べるくらいしなさいよ」
「調べたらきっと頭がパンクするからやだ……」
今でもすでに混乱気味の彼の前に、待ち合わせ場所が見えてくる。
『つるみや』と筆文字で書かれた古めかしい看板がかけられた和菓子屋の前は何度も通ったことがあるし、マスターに頼まれて
あの人の好い笑顔の老婆も実は『アパート』のスタッフなのだと思うと、何だか薄ら寒くなってくる。
閉じたシャッターの前には、褐色の肌に銀の長い髪を持つ女が立っていた。
露出の多い派手な服はステージに立つダンサーのようで、住宅街にぽつりとある和菓子屋の軒先にはあまりそぐわない。
「ザラ!」
マリーが声をかけると、彼女は顔を上げる。こちらへと向けられた緑の瞳がぱっと明るくなった。
「ハーイ、チビッコ! リサも、ひさびさネ!」
手を振る仕草も、どこか観客に応えるスターのようだ。
「ザラさん、お久しぶりです! こちらは、新しく入った祥太郎さんです」
「あ、どうも」
理沙に紹介され、祥太郎も軽く頭を下げる。
「コンチワ! ワタシ、ザラね。ショタロ? よろしくネ!」
「よ、よろしくです」
すると満面の笑みで手を握られ、ぶんぶんと振り回された。対応に困ってじっとしていると、突然ぱっと手を離されてよろける。
「チビッコ、前よりちょびっと大きくなったネ!」
今度は手のひらを上下に動かしだしたザラに、マリーはぷっと頬を膨らませた。
「ザラ、わたしをちびっこ扱いするのはもうやめてくれる?」
「Oh、それは失礼ツカマツリね。じゃあ、ステキなレディになったところ、タプリ見せてもらうから楽しみよ!」
「そういえばザラ。プライベートでこっちに来てたって聞いたけれど」
「ソー。ま、大したことないヤボヨーね。バカンスよ」
「バカンスって……この街で?」
思わず口を挟んだ祥太郎に、彼女は明るい笑顔で応える。
「ンー、のんびり、ステキなタウンね。ワタシ好きよ。――さ、そろそろ作戦、始まる頃ね。ザラとマリーとリサとショタロのイリュージョン! FuFu~!」
いつの間に取り出したのか、これも派手なステッキをくるくると回しながら、やたらとハイテンションで走り出すザラ。
それをしばらくぽかんと眺めた後、三人は慌てて後を追った。
◇
「……目が覚めたみたい」
どうやら、夢というわけではなかったらしい。
「調子はどう?」
激しい痛みは治まっていたが、体がひどく重たく、動かすのが
後からこちらを
「……ここは」
声は思ったよりもはっきりと出た。
「日本だな。地球にある。この場所は『ゲートキーパーズ・アパート』と呼ばれている」
男が淡々と言う。聞いたことのない単語ばかりだった。
「簡単に言うと、あなたたちがいたのとは全く違う世界ってこと」
女がさらりと言ったが、言うのは簡単でも、飲み込むのはそうもいかない話だ。頭に霧がかかったような今の状態ならばなおさらだった。
何度か瞬きを繰り返し、情報を反芻している間、二人は待っていてくれる。
しかし、どうやってもあの状況の中、自分がこうして生きていることや、ここまでに見た景色、こうして
「安心して。私たちは今のところあなたの敵じゃないから。もしあなたのようにこっちに来ちゃった人がいるなら助けなきゃいけないし、場合によっては戦わなきゃいけない。だから知っていることを教えて欲しいの」
率直な物言いが可笑しかった。だが、だからこそ信用できる気もした。
――否、今は他に選択肢などないではないか。
「……どうか」
口にした途端、熱いものが目の奥へとこみ上げて来る。
それをどうにかして抑え込み、震える口で、言葉を続けた。
「どうか……我らが姫を、お救いください」
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