第21話「弁護士の推理」



「小夜子さんを連れ戻してきました。そっちで受け取ってください」


 鷹志田が庭から呼びかけると、舞衣がやってきてロックを外し、窓が開いた。

 それから、小夜子の尻を押して開いた窓へと突っ込む。

 やむを得ず女の子の尻に触るハメになったとしても、鷹志田には痴漢をする故意はないので気にはならなかった。

 彼らが外に飛び出したときと違い、室内との高低差があるため容易ではなかったが、舞衣と武の助けもあり、なんとか中に入れることに成功する。

 そのあと、鷹志田も続いて身体を窓枠にねじこませた。

 窓から入る途中、ダイシ様が現れるかもしれないと気が気でなかったが入り口のバリケードを外してもらうわけにもいかないので仕方がい。

 鷹志田が身を乗り出して中に入ると、舞衣がすかさず窓をロックする。


「静磨くんは……?」


 不思議そうに訊ねられたが、


「逃げました。途中、どこかで大きな破壊音が聞こえたので、おそらく車で逃げ出そうとしたところをあいつに襲われたんでしょう」


 それ以外には答えられなかった。

 生きているかどうかの確認もとっていない。

 ほんの数時間しか一緒にいなかったにも関わらず、静磨に対して友情に似た思いを抱きかけていたこともあり安否ぐらいは知りたかった。

 だが、鷹志田の手元にはいまだ精神的に落ち着いたとはいえない小夜子がいたので、無理はできなかった。


「……そう、なんだ」

「あと、隣家へ続く階段のところで倒れている寅彦さんをみました。ぴくりともしなかったことから、落下して亡くなられたものだと思います。死因は不明ですが、今までの経緯からすればダイシ様にやられた可能性は高い。いや、アイツのせいだとみて間違いはないでしょぅね」


 舞衣は俯いて、床を見た。

 小夜子も似たような反応を示していた。

 自分の勝手な振る舞いのせいで静磨が死んでしまったのだと思っているようであった。

 そんな二人を慰める術もなく、鷹志田はしばらく黙っていたが、少ししてから自分のカバンを手に取り、中からノートパソコンを取り出す。

 アダプターをコンセントに接続し、起動させる。

 問題なくOSが起動し、画面に光が灯った。


「よし、動く」


 デスクトップに貼り付けておいたショートカットからwordで作りかけの書類を開いた。

 書式は昨日の夕方にはほとんど完成させてある。

 事態がかなりの推移を見せてしまったので、修正すべき場所は多々あるが、それでもポイントがわかっている以上、それほどの時間はかからない。

 問題は説明する時間と、印刷するためのプリンターの存在か、と鷹志田は思う。

 さすがにプリンターまでは持参していなかったからだ。


「舞衣さん」

「はい?」

「プリンターはありますか? こいつに接続できるやつです」


 そう言ってパソコンを指差すと、鷹志田の意図が理解できず舞衣は首をかしげた。


「プリンターなら、あ、ありますけど、それがどうかしましたか……」

「どこにあります?」

「私の自室です。一年ぐらい前に八王子のソフマップで買ったものですけど」

「なら良かった。あとで取りに行ってもらえますか?」

「構いませんが……」


 何も考えずに安請け合いしてから、意味に気づいて眼を剥く舞衣。

 それは何気なく聞いていた武にとっても同じだった。

 横から口をはさんできた。


「おい、弁護士!」

「なんです?」

「舞衣にあの化け物に襲われろっていうことかよ! 気は確かか!?」

「―――あなたには頼んでいないでしょう。まあ、武さんなら百パーセント襲われることはわかっていますからさすがに頼みませんが。本当はあなたが死ぬのは手間が省けてあまり問題ないのですけどね」

「はあ?」


 鷹志田は武の胴間声がうるさすぎたので、いかにも迷惑だという口調で吐き捨てた。

 実際、彼のことを疎ましく感じていたのは事実だ。

 もうそろそろ、温厚(だと自分自身では信じている)な鷹志田も苛立ちを隠さなくなっている。

 宇留部家のトラブル―――と言い切るには凄惨すぎるが―――に巻き込まれて巨大な迷惑を被っているのは自分なのだ。

 かといって、大人の男としては、ショックを受けて塞ぎ込みがちな女性二人に当たるわけにもいかない。

 だから、その分だけ武には辛辣にあたるようになっていた。

 色々と難癖をつけられた経緯があることがさらに拍車をかけていたが。


「なんだと、今、なんつった!」

「―――ちょうどいい、私がこの法律文書を作成しているあいだに、皆さんに説明をさせていただきます。小夜子さんもいいですか」


 パソコンから目を離さず、キーボードを弄りながら、小夜子に声をかける。

 気遣った舞衣が優しく肩を撫でる。

 小夜子の顔は動いた。

 縦に。

 とりあえず聞いているという意思表示だ。


「鷹志田先生、いったい、何をですか?」

「いやだな、さっき言ったじゃないですか。ダイシ様についてですよ。今から、説明するのは私が推測したあの化け物の行動原理とそれについての解決策です。ただし、一言いっておきますが、これが絶対の正解といえる保証はない。私の現時点での精一杯でしかありません。外れていたとしても、もう私の脳みそをどんなに絞ったとして滓しかでないでしょう。そのことをご理解くださいね」


 画面を見ながら、かちかちとブラインドタッチをしつつ、それだけのことを言い放つ鷹志田。

 二つのことを同時にこなしながら、発言には一分の隙もない。

 次官を目指せるほどの高級官僚になったり、司法試験を上位で突破できるレベルの真に優秀な人材とまではいえなくても、彼とて最難関の試験をくぐり抜けた猛者である。

 本気になればそれなりの仕事はこなせるのだ。


「化け物に行動原理なんてあるのかよ」

「あるからあるといっているんじゃないですか。もしかして、あなたの脳みそはスポンジでできているのですか?」

「な!」

「武さんの戯言は後回しにして、話を続けましょう。あのダイシ様はすでに七人の宇留部家に連なる人々を手にかけています。残ったのはここにいる三人だけと考えたほうがいいでしょうね」

「ちょっと待ってください」


 舞衣が言う。


「七人だと、琴乃叔母さん、幸吉おじさん、菊美叔母さん、寅彦さん、智くん、清美さん、そして……無事だといいんですが……静磨くんということになりますよね」

「はい」

「お祖母様が含まれていません」

「……ある事情から刀自は除きます。私の考えが正しければ、はずですから」

「どう言う意味ですか?」


 鷹志田は咳をした。

 ここからが本番だ。


「七人のうち、あのアイツが率先して殺したのは、順番に幸吉さん、琴乃さん、菊美さんとなります。他の四人の殺害は意図したものではないでしょうね。アイツの行動原理からすれば、単なるおまけです」

「意味がわからねえよ……」

「なら黙ってきいていてください。アホですか。今、説明しているんですから」


 鼻白む武を無視して、鷹志田は語る。


「おそらく最初に手にかけられたのは、寅彦さんでしょう。階段で突き落とされたか、それ以上のことをされたのか……。どのみち寅彦さんの死という現実に起きてしまった事実に変わりはありませんが」

「お父さん……」

「……次に清美さんがやられたはずです。車を出そうとしたところを襲われたんでしょうね。死体は持って行かれたみたいです。たぶん、宇留部の血を引いているからでしょうね。一連の事件で寅彦さんの死体だけが残っているのはそういうことだと思います。たぶん、まだ確認していませんが離れにある幸吉さんの死体もあのままでしょう」

「なんでですか?」

「推測ですが、さっき言ったとおり、宇留部の血を引いているかどうかでしょうね。そもそもダイシ様自身が宇留部の人々のご先祖様―――というか、それに由来した化け物みたいですから。自分たちの子孫に対しては思うところがあるのかもしれません」

「そんな……。あれがあたしたちと血が繋がっているというの!」

「生物とはいえませんが、観念的にはそういえるはずです。そうでなければ、アイツの存在理由がない」

「……」

「存在理由って何なの?」

「それは、おそらくです」


 三人の生き残りの親族が首をかしげる。

 財産と怪物。この二つが結びつかなかったのだ。

 オカルトと俗世、相反する二つのものが。


「清美さんたちが殺されたのはダイシ様にここから逃げ出そうとしたとみなされたからです。二人の目的は、ただ刀自のお通夜や葬式の準備のためでしたが、ダイシ様にとってはどうでもいいことのはずでした。そもそも、電話線を切ったのもアイツでしょう。目的はここに宇留部家の一族―――特に狙っていた数人を引き止めるためです。逃げるものを殺す、邪魔するものを殺す、それがアイツの行動原理の一つです」

「逃げるならともかく、邪魔をすると殺すってどういうことよ」

「邪魔者は無差別に殺す。化け物らしいですけどね。その犠牲になったのが、おそらく智くん。彼は菊美さんを助けようとしただけですが、それを邪魔とみなされたのでしょう。もしも例えば警察官が異常に気づいて助けに来てくれたとしても、そのまま殺されると思いますよ、きっと」

「なんだよ、その人殺しの機械は……」

「まさにそれですよ。アイツはひとつの目的のために邁進する機械みたいなものです。怪異ではありますが、行動原理がはっきりしていてそれのためなら手段を選ばない。主の仇討ちの為なら善玉悪玉すべて抹殺する佐賀の化け猫みたいに」


 そして、


「アイツの目的というのは、さっき説明しましたね。宇留部の財産の散逸を防ぐこと―――もう少しわかりやすく言うと、ですよ」


 鷹志田は静かに断言した。


「宇留部の伝統である長姉相続を守るための、怨念。悪霊。呪い。死人。―――だからこそ、『大姉ダイシ』様。非常にわかりやすい。しかも、動きの基準はもともと人間らしく、人の世の仕組みに沿って動いているときたものだ」


 無言の室内に、ただ弁護士の声が響く。


「当主であった刀自が亡くなり、相続が発生したと同時に出現し、現在の長姉である舞衣さん以外の相続人を片っ端から排除していく。―――しかもんです。化物なのに、人間の法律を前提に動くというチグハグさをもって」

「武兄さんが狙われるというのは……つまり……」

「ええ、そうです。本来ならば刀自の娘である琴乃さんと菊美さんがいなくなれば、相続は舞衣さん一人になるはずです。代襲相続というものをわかっていなければ。だが、武さんは自分で相続権があることを表明してしまった」

「え、なんで? 俺は何も言っていないぞ!」

「あの紙ですよ。ご自分で作成された相続図。あれをダイシ様は持って行きました。あれを見て、あなたが相続する権利を有することに気づいたんですよ。静磨さんと私がさっき見逃されたのは、逃げようとしたわけでも、邪魔をしたわけでもないし、まして赤の他人と相続権のない再従兄弟でしかなかったからです。ただ、あなたは違う。れっきとした相続人だ。だから、アイツに狙われている。そして、もしかしたら小夜子さん、あなたも危険だ」

「―――どうしてなの?」

「あなたも菊美さんが亡くなったことで代襲相続人になっている可能性がある。そのことにさっきまでは気づいていなかったかもしれないが、わざわざメモを持っていく知能がある化け物だ。気づかれているおそれはあるということですよ。離れで襲われなかったのは、まだ菊美さんが存命で相続人になっていなかったからでしょうね」

「なんということ……」

「マジかよ、おい……」

「信じられない」


 口々に三人がつぶやく。


「したがって、今、屋敷にいる人間でダイシ様に襲われないのは、赤の他人の私と本来の長姉の喜世子さんの娘である舞衣さんだけということになります。武さんは絶対に、小夜子さんは可能性が高い」

「……待って、それじゃあどうやったって助からないの? 嫌だよ、あたし、死にたくないよ!」


 肩にすがりつく小夜子に対し、画面から目を離して、鷹志田は落ち着いた語り口で言った。


「まだ、手段はありますよ」

「えっ」


 鷹志田はテーブルの上にあった『宇留部家の歴史』を手に取り、


「五十年前にまだ若かった青子刀自と当時の宇留部の人たちがとった方法がね」


 ノートパソコンのモニターを三人に向ける。


「遅くなりましたが、これがあればなんとかなるでしょう」



 そこには鷹志田の作成中の書類が映っていた……。

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