4月期 波乱の前兆

第1話 序章のファーストコンタクト


――国家とは。


 それは、一定の領域、民、そして政府を3大要素として必要とする、コミュニティの一種である。


 現在、人は皆その国家という巨大な共同体の社会の中に住まい、その歯車の一部として活動している。そして、国家とはこれまでの歴史の中において、人々が有機的に相互関係しあうひとつの『生命』として、存亡を繰り返してきたのである。


 では、その始まりはどこにあるのだろうか。もちろん、国家は産声をあげるわけではない。


 その多くは王政国家として、時には共和制国家として、ある一定の人々が、あるリーダーを定め、自らがそうあるべきとした瞬間、国家は誕生するのだ。人という種族が社会的な動物である以上、もはやその規模や形態は問わずとも、国家は誕生しうるといえよう。


 そしてそのリーダーも、時には生まれた時から稀有な才を持つ帝王かもしれないし、また、時には冴えない1人の若者かもしれない。


 さて、もし俺が国を興すような機会を得られるとしたら、どうするか。その政治体制は、共和政だろう。


 なぜなら、これまでの歴史においても、生まれながらにして不平等な社会は、そのほとんどが破滅を見てきたからである。人は誰しも人の上に立ちたいと考えるものだ。それが権力で抑えきれなくなった時、権力は崩壊するのである。

 

 では共和政はどうか。共和政とは、全ての人々が平等かつ自由に政治に関わることのできる体制である。もちろん限界はあるが、今のところこれを凌駕するような体制を、俺は思いつくことはない――



 揺れ動くバスの中で、俺、緑風共助みどりかぜきょうすけは、そんなことをぼんやりと思い浮かべていた。バスの中はそこまで密度は高くない。対面型のシートには同じ制服を着た生徒がまばらに座り、立っている奴はほとんどいないようだ。


 こんなふうに、考えるのは嫌いじゃない。とりわけ大好きな社会や歴史といった項目に関しては、いくら考えても考え尽くすことはないのだ。


「国を興す機会、か」


 俺は小さく呟いた。ふと、目の前に座っていた女子が俺に視線を投げやってくる。白銀の髪、白い肌、そして目には真っ赤な瞳が浮かんでいる。俺はそんな彼女と一瞬目が合い、どきりとしてしまった。


 何という魅惑的な容姿。この世のものとは思えない天使のような御姿。あれは……なんて言うんだっけな? 


ガタン


「おっと」


 すると、その瞬間バスが激しく揺れた。道端の小石でも轢いたのだろうか。それに合わせて、目の前の彼女のスクールバッグがバスの床へと落下した。

 

 俺は席を離れ、自然とそのかばんを拾ってやろうと手を伸ばす。


「……!」


 すると、つい俺の手は同じくスクールバッグを拾おうとした彼女の手に触れてしまった。


「あ、ごめん……はい」


 俺は一度手を引いたが、そのままバッグを拾い、彼女の手元へと戻してやる。


「すまない。ありがとう」


 バスに響く柔らかい声。その容姿に見合った優しい声、なのにも関わらず、どこか地の底から湧いてくるような厳かな雰囲気も感じさせる。不思議な声だ。


 彼女は小さく俺に微笑みかけた。俺はあまりの恥ずかしさにすぐ彼女から離れ、元の席に戻る。


「……なあ。君はどう思う? 人を制するには、言葉か、力か。どちらが必要だろうか」


 すると、彼女は俺に向かってそう続けてきた。な、なんだ? 一体何の意図があってそんなことを……


「えっ……まあ、強いて言うなら言葉、じゃないですか?」

「……そうか……」


 俺は思わず敬語になってそう返答する。すると、白髪の彼女は物悲しそうな表情で視線をバスの外へと移してしまった。その容姿と相まって、儚さという物がいっそう強調されているようにも思える。うーん、結局何だったのだろうか……


まあそんなことはいい。俺は高鳴る胸を抑え込むように、再び思索に耽り始めた。


 国を興す機会、か。非常に魅力的な言葉に思える。だが実際はどうだろう。そう簡単なはずがない。とりわけ人望と実力と積極性と、そして運が必要だ。


 さて、俺はどうだろうか。事なかれ主義、とまではいかないが、何せ積極性が足りないことは否定できない。もちろん他の2者に関しても、まだ未知数ではあるものの、とびぬけたものがある訳でもないように思える。まあ野心という物が無いかと言われるとそういう訳ではない。昔から軍師や参謀といった英雄に憧れてきた俺である。言葉を持って人を制すことに対しては憧れを持っているのだ。


 そして、先ほども考えたように、ただの冴えない若者が、その能力を開花し国家を創生しえた例もこれまでの歴史には数多い。もしかしたら、そんな機会はこの学校にもあるのかもしれない。今日、入学するこのエヴリス学園にも。


 そこまで考えたところで、バスが止まった。目的地に到着したのだ。窓の外には、舞い落ちる桜の花びらが絵画のような風景を演出している。

 

 俺は思索を一度中断し、周りの生徒と一緒にバスを降りた。


 春。各地で桜の舞うこの季節。全国の高校で、夢多き新入生たちが、あらゆる新しさに身を包むことだろう。ある者は一生の友を手に入れ、ある者はかけがえのない思い出を作ってゆくのだ。


 そしてこの私立エヴリス学園にも、その季節はやってきたようだ。校門の中にも外にも植えつけられた桜たちが、桃色の花びらを散らしている。


 そんな校門の正面、桜のアーチと、その奥に聳える純白の学園校舎を見通せるその場所に、俺は立った。俺は一度オレンジのネクタイを片手で締め直し、紺のズボンと赤茶色のブレザーをぽんぽんと叩く。どれもこれも、新品の布地が柔らかい春の日差しを受けてピカピカと輝いて見える。


 こうして、今一度新しい制服の着心地を確かめると、ゆっくりとそのエヴリス学園の第2校舎へと、俺は足を踏み入れたのだった。

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