第23話 19組クラス長峯山霧子



 「こ、これは……」


 西から差し込む夕日の光はちょうど校舎によって遮られ、巨大な長い影が俺達全員を飲み込んでいる。左手には暗く染まった白い校舎、そして反対側には同じく黒く染まった雑木林。そして、そんな雑木林と校舎の間の領域、一般的に校舎裏と呼ばれるそのアスファルト張りの空間に、10人を超す生徒が集まっているではないか。


 見ると、どうやら1人の女子生徒が対峙する6、7人ものゴツイ男子生徒に立ち向かっている様子。女子生徒の周りには4人程の生徒が気絶して転がり、その女子生徒の方も、肩で息をしながら対する男子生徒達を睨みつけている。かなり疲労困憊しているようだ。


 鶴野に負けず劣らずのスタイルの良い体型、色が薄く先の方が上品にウェーブがかかった長い髪、手には小さなナイフ状の近接攻撃魔法を握りしめ、必死に目の前の男達を威嚇している……俺は彼女に見覚えがあった。あれは、19組クラス長の峯山霧子だ。よく見ると、対する男子生徒の方も数人見覚えのある顔がいる。間違いない、かつて俺やグレーテルなんかを襲っていたエリス狩りの男たちだ。


「貴方たち、何をしてるの!?」

「な、なんだ!?」


 一目散にその対峙する生徒の集団へと駆ける俺達。一足早く、鶴野が峯山と男子生徒の間に割って入った。


「あ、貴女は……20組クラス長の鶴野さん?」

「げっ、つ、鶴野だと……? 」

「あのめちゃくちゃ強いって噂のか……? お、おい高木、どうするんだよ」


鶴野の名を聞いた途端、エリス狩りたちの間には一気に動揺が駆け抜けた。20組警察がその勇名を馳せる今、その副長官たる鶴野の名前も第二校舎のあらゆる場所に轟いているのだ。


「おい落ち着けお前ら! 何ビビってやがるんだ!」


 しかし、そこでエリス狩りの先頭に立つ金髪の男が他の奴らを叱咤する。名前は高木か? そうか、やっぱりあいつはいつぞやグレーテルを襲おうとして返り討ちに遭ったあのエリス狩りのようだ。いやまてよ? よく見ると、魔法解禁の初日に売店前で俺たちを襲ってきたエリス狩りの男達もいるじゃないか。あいつら全部同じクラスか何かだったのか?


「で、でも高木! こいつ……」

「何を言って……」

「おい鶴野! 先走るんじゃない!」

「鶴野殿!」


エリス狩り達が混乱する中、すぐに俺達4人は鶴野に追いついた。峯山を庇うようにエリス狩りとの間に入り、完全にエリス狩りと峯山の間をシャットアウトする。


「げ、お、お前は!」


 そこで、ようやく高木は俺やグレーテルを視界にとらえたようだった。しかも、グレーテルを見るなり顔色を一気に青く染めていく。


「お主は……あの時の? まだ懲りずに賊をやっておったのか」

「高木、このちっこいのはなんなんだ?」

「ぐ……」


 仲間の問いかけにも答えない高木。顔を青くし、額には冷や汗まで書いているようだ。


「まあよい。これ以上続ける気なら儂と鶴野殿、そして20組警察員が相手をするぞ?」

「うん! 女子2人対男子7人でも負けないからね?」

「そうだそうだ!」


 すかさず威圧を駆ける20組警察のツートップたち。可憐な見た目にもかかわらず、その威圧感は凄まじい。圧倒的な圧力に、ついエリス狩り達は言葉をつぐんでしまったようだった。暗くなりゆく校舎裏に重い沈黙が流れる。


「……高木、どうする……?」

「く……ここは退くぞ。山口さんには邪魔が入ったと報告しておいてくれ!」

「お、追い待て高木!」


 士気を散々に削がれたエリス狩り達。そのまま、高木を先頭にバタバタと走り去っていってしまった。


 それを見計らうと、俺はすぐさま峯山さんの方へ振り返った。軽い擦り傷なんかはあるようだが、そこまでひどい様子ではない。今の間で体力も少し回復したようだ。


「峯山さん、大丈夫ですか?」

「ええ、ありがとう。おかげで助かりましたわ。でも、今はそれよりも彼らの方を……」

「あ、ああ、分かった」


彼女は右手に展開していた攻撃魔法をしまうと、見た目に相応しいお嬢様のような口調で俺に礼を返して来た。そのまま、近くで倒れている生徒の傍らへと駆け寄る。確かこの人、アルトのデータベースでどこかの財閥のお嬢様だとか書いてあったような気がする。まあ正真正銘のお嬢様ってやつだ。


俺達はすぐに倒れ込む男女2人づつの生徒達の肩をそれぞれ持つと、取りあえず近くの校舎の壁にもたれかからせることにした。まあしばらくはこれで魔法被弾の気絶状態が解除されるまで待つことにしよう。


「ふう、取りあえずはこれで大丈夫だろ」

「ねえ霧子ちゃん、一体何があったの?」

「そうじゃ。詳しく聞かせて欲しいのじゃ」

「ええ。実は……」


峯山さん曰く彼女率いる19組生徒達は、以前から24組の生徒達から執拗なエリス狩りの被害に遭っていた。そこで20組警察を見倣い、峯山自身が直々に選抜メンバー4人を率いて第2校舎のパトロール活動をしばしば行うようになっていたのだという。


しかし峯山自身の魔法ランクは攻撃Bの防御はC。他のメンバーもせいぜいBクラスがいいところだった。それでも連係プレイでちょくちょくエリス狩りを倒して成果を上げていたのだが、今日に限っては狙ったかのように先ほどの24組の連中が7人もの徒党を組んで襲い掛かって来た。不意を突かれたうえ、相手のリーダー高木は攻撃魔法Aランクの強者。次々と峯山以外のメンバーはやられ、峯山自身も今にもやられる寸前まで追いやられてしまったのだという。


ちなみに、魔法ランクはランクが1つ上がるごとにその才能を持つ頻度は10分の1に下がる。Cランクの魔法の才能を持って生まれる確率が約10人に1人なのに対し、Bランクは100人から1000人に1人となるのだ。つまり、裏を返せば魔法を使いこなす上手さや潜在的な魔力の強さも10倍ほどに跳ね上がるのである。ランクが一つ上の魔法使いに勝つには単純計算で10対1のような状況に持ち込まないと難しくなる。まあその辺は攻撃魔法防御魔法の差異やら鶴野のような特殊な訓練やらの影響なんかがあったりするから一概には言えないのではあるが。


「なるほど、24組か……確かあのクラスはエリス狩りの生徒がかなり多いって話だったな。しかもクラス長に至っては自分がエリス狩りの長になって他のクラスの生徒を襲わせているとか」


 またまた余談だが、クラス長の数はクラスによってまちまちだ。俺も結構後から知ったんだが……男女2人でクラス長をおいているのは20組をはじめ数クラスしかないらしい。他は大体が一人なのだ。その点、むしろ20組のクラス長体制はかなり少数派だったと言えよう。


「そ、そんな……クラス長がなんて信じられない!」

「君主の風上にもおけぬ奴じゃ」

「ええ、その通りなのですが……」


なぜかそこで不意に言葉を濁す峯山さん。なんだ、24組のクラス長に何か因縁でもあるのだろうか。


「峯山さん、どうかしたのか?」

「いえ。何でもありませんわ。来てくださって本当にありがとう。おかげで助かりましたわ」

「いやいや、俺達は20組警察として当然の事をしたまでさ」


俺は一度鶴野とグレーテルの方へと振り返る。すると、奴らは達成感に満ちたような顔で俺に大きく頷きを返して来た。


「それじゃあ、私はクラス長として最後までこのクラスメート達を見届けるから、もう少しだけ留まらせてもらいますわね」

「ああ。また襲われないようにな」

「またのう」

「また何か困ったことがあったらいつでも私達に言ってね! 一緒に平和な第2校舎を作ろう? ……あ、そうだ!」


 そこまで言うと、鶴野はふと自分のエヴリスウォッチをタップし始めた。画面は良く見えないが……いったい何をしようとしているのだろうか。


「鶴野さん、一体何を……?」

「そこで気絶してる峯山さんのクラスメート達、さっきのエリス狩り達にエリスを奪われちゃってるよね? だから私がその分を補填してあげようと思って。取りあえず霧子ちゃんに20000エリス程渡しておくから、あとでその4人に配っておいてもらえる?」


 何て奴だ。他クラスの生徒を救った挙句自腹で失ったエリスを補完してやろうとは。慈悲の塊かよ。20000エリスということは……1人5000エリスか。確かアルト情報では全生徒の平均保有エリスが10000エリス程度だとか言っていたし、それを考慮したんだろう。魔法で奪われたとすればまあその半分の5000エリスくらいが相場というわけだ。


「そ、そんな鶴野さん! 受け取れませんわ!」

「いいのいいの。私はまだ点数が余ってるから。それに、エリス狩りに奪われたままの人を見逃すなんてことなんてできないよ」

「で、でも……」


真剣な顔で峯山さんにあたる鶴野。峯山さんは未だ申し訳なさそうな顔で首を縦に振ろうとはしない。


「まあまあ、鶴野殿だけが出すこともなかろう。儂も半額出すのじゃ」

「えっ、じゃ、じゃあ俺も」



グレーテルが一歩前に出るのに合わせて、つい俺も割り勘メンツの中に入り込んでしまった。女子2人が前に出ているというのに俺一人のうのうと払わない訳にも行くまい。


「グレーテルちゃん、ミドリ君……」

「……分かりました。そこまでおっしゃるならありがたく受け取らせていただきますわ。でも、必ずやこの恩はお返しさせていただきますわね」

「うん! ありがとう霧子ちゃん!」

「お礼を言うのはこっちですわよ鶴野さん」


 さてそんな会話を交わすと、俺達はそれぞれ峯山さんのウォッチと自分のウォッチをかざし、1人あたり20000エリスの3分の1、約7000エリスを彼女に贈与していった。そのまま、気絶したクラスメートは彼女に任せて校舎裏を去っていく。


 ちらつく24組の影、そして結ばれる19組とのよしみ。俺達は、着々と戦争に向けての階段を、意図せぬうちに一歩一歩登っていくのであった。

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