終 話 蠢動


―――東棟二階戦争終結後 西棟三階、1組教室にて


 時は黄昏、1組教室はこのエヴリス学園第2校舎の北西に当たることもあり、夏の鋭い夕日が斜めに差し込んでいる。教室に人はほとんどいない。ただ数人が居残って勉強をしているだけ。教室内は静まり返っている。


 そんな教室の一角で、ある少女が一人、席に座って問題集をさらさらと解き済ましていた。赤い光を長い銀の髪に反射し、白い肌をほんのりと赤く染めている。


 問題集の名前は『帝都大学完全攻略メソッド』。この国のトップに君臨する帝都大学の入試問題を多数取り扱った、高校生としては相当ハイレベルな問題集である。到底通常の高校一年生が解けるような問題集ではない。だが、彼女のノートにはそんな難解な問題の回答が次から次へと並んでいく。高校三年生の、それも最難関大学入試レベルの問題をいとも簡単に解いていくのである。


「ラインヘルツ様。東棟2階戦争の決着が先ほどついたそうです」


 そんな彼女、スズキ・E・V・スズキ=ラインヘルツに横から一人の少女が囁いた。ショートに切りそろえた赤い髪は夕日の光に当たってなお輝き、まるで燃え盛る炎を体現しているかのようにも見える。制服は一部エプロンのように改造し、目は本当に見えているのかと疑うほど細い糸目。頭にはヒラヒラしたカチューシャまでつけている。まるでメイドのようだ。


 ラインヘルツはそんな彼女の囁きを受け、一度解答を記述していく手を止めた。


「そうか。結果は?」

「20組国以下19組、22組、23組国の連合軍が勝利しました。20組国が22組、23組の残党を上手く誘導し、援軍にしたてたようです」

「ほう……」


 すると、ラインヘルツは好奇心に満ちたような眼差しを赤髪の彼女に投げた。赤い夕日よりも、もう一人の彼女の赤髪よりも更に赤い瞳。それがきらりと輝き、妖美な美しさを振りまいた。


「これで良かったのですか? ラインヘルツ様。これでは急進しつつあった20組の前進を削ぐのみではなく、むしろ20組とその他クラスの親交を深めてしまった結果になったのではありませんか?」

「ふふふ……亜弥、そう心配することもない。敵というものはそれが強大であればあるほど燃えるものだ。今回の件も、『あの男』の実力を図るというのが本音だったのだよ」

「『あの男』、ですか……?」


亜弥と呼ばれた赤髪の少女……熱海亜弥はそう言って首をかしげる。


「そうだ。20組国を束ねる影の元首。今は外交担当を買って出ているという話だが……事実上かの国は奴が動かしていると言っても過言ではない。名は……そう、緑風。緑風共助だ」


 ラインヘルツは一度視線を赤い空の向こうへと投げやった。バスでの出会い、そして都市部での出会い。2つの出会いの記憶を探り、振り返っていく。


「緑風……ですか」

「ああ。彼とは何かと縁があるようだ。校舎内ではともかく、入学式前のバスでも偶然出会ってな。そこで私がふと聞いてみたのだ。『人を制すのは力か、それとも言葉か』、と。彼はどう答えたと思う?」

「さぁ……私には分かりかねます」

「言葉だそうだ。考える間もなく、即答だよ。そして私とは真逆……なかなか興味深いとは思わないか? 私はいつかこの手で、この力を使って彼を叩き潰す。言葉ではなく、力こそ本当の支配者であることを証明するためにな」

「ラインヘルツ様……」


 熱海は瞳をきらきらと輝かせるラインヘルツに向かって、ため息のような返事を漏らした。


「……貴女がそこまで楽しそうに話すのは久しぶりに見ました。正直、嫉妬していますよ」

「何を言う。亜弥、お前は私の唯一の親友だ。私の覇道はお前と共になくては始まらない。そうだろう?」

「ええ分かっていますよ。ラインヘルツ様」

「まずはこの学園を支配するのだ。だが、それまでの道のりもある程度演出してやらなければ私の目的が完全に達成されたとは言い難いのでな。正面から堂々と打ち破ってこその覇道だ。あの男の実力は十分に見せてもらった。次は、私達が動く番か」

「はい、ラインヘルツ様。遠野木とも相談の上、準備を着々と進めております」

「頼んだぞ亜弥」


 そう言って、ラインヘルツは再び問題へと戻った。一方の熱海は誰かと連絡を取りつつ、ラインヘルツの勉強欲が満たされるのを、いつまでも待ち続けるのであった。



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