第31話 戦後処理

―――PM6:06


「……ん……はっ!?」


 山口がグレーテルに斬られ、東棟二階戦争の勝敗が決してから約15分後。黒板の下で気絶していた山口がようやく目を覚ました。彼の目の前にはアルトを除いた20組評議会メンバー3人と、19から23組国のリーダーたち。その中でも20組警察長官のグレーテルは山口の正面に立ち、緊張したままの面持ちで右手の氷の大剣を山口に宛がっている。


「……ようやく目を覚ましたか。悪いが戦争の勝敗は決したのじゃ。儂ら20組国側の連合軍の勝利でな。これ以上の抵抗は無駄じゃぞ」


 グレーテルは低いトーンで山口に状況を突きつけていった。彼女自身、先ほどまでの激戦で制服の所々がスレて汚れてしまっている。まあ、それはこの場にいるどの生徒もそう変わったものではない。


「……チッ。俺の負け、か。んだよ。煮るなり焼くなり好きにすりゃいいじゃねえか。冴えない面並べやがって、説教でも垂れるつもりか?」

「口を慎め下衆が! 20組の教室を不法に占拠し、挙句の果てには緑風殿の御身体まで傷つけた罪は重いのじゃ!」

「まあまあ佐東さん、あまりそう怒らずにお願いしますの……」

「そうだよグレーテルちゃん。さっき一回山口君は倒したんだから、これ以上はもう責めないほうがいいよ」


語気を荒げるグレーテルを真っ先になだめるのは、19組クラス長の峯山さんと鶴野だった。


「じゃが……!」

「まあグレーテル。ここは俺からも頼む。今は一度下がってくれ」

「緑風殿! しかし、このまま拘束もせずにいてはまた何をしでかすか……」

「グレーテル。いいんだ」

「……承知したのじゃ」


 そう言い、剣を一度下げるグレーテル。俺はそれを見計らうと、視線を一度山口の方へと移した。拘束されることもなく腰を下ろす山口。俺は彼の前に無防備なまま一歩進み出る。もしここで攻撃でもされれば抵抗することも出来ずに切り捨てられることだろう。


「てめぇは……20組のクラス長か。何のつもりだ。なぜ俺を拘束しない。今すぐにでもお前に襲い掛かって人質にしてやってもいいんだぜ?」

「貴様っ……!」


 その言葉に再び飛び出そうとするグレーテル。俺はサッと彼女を右腕で制した。


「その必要はないさ。俺は山口、お前に和解を求めたいんだ」

「和解だぁ? お前、俺がした事をわかってんのか? 俺はてめぇらに喧嘩を吹っ掛けたんだぞ? しかも一方的で強引な方法でな」

「ああもちろん分かってる。暴力で人からエリスを狩るエリス狩り、あろうことかクラス長にしてそのエリス狩りを纏め上げ、他のクラスにまで革命を起こして他のクラスの生徒達の安全を脅かしたのは許されるものじゃない。その点に関しては、俺も何かしらの対処はせざるを得ないな」

「ハッ。何だ? 魔法で斬首刑にでもするつもりか? ま、殺すことは出来ねぇだろうけどよ」

「そうじゃない。俺達は生徒個人を処罰することはしないつもりだ。あくまでエリス狩りクラス連合を撤廃して22、23組国の主権を回復させ、24組は20組国法のもと保護したうえでエリス狩り行為を禁止する。戦後の処理としてはそれとどめるつもりさ。賠償金を取ることも体罰を加えることもしない。あくまで東棟2階所属クラスの国民として仲間に加えたいんだ」

「……仲間だと?」


 驚いたような表情を隠せない山口。グレーテルは少しだけ苦い顔をしているものの、他のクラス長たちは納得したような表情を返してくれている。もちろん、さっきのような賠償金を取るなどの意見も出なかった訳じゃない。これまでの15分間、俺が真摯に説得しておいたのだ。


「ああ。特に山口。お前の純粋な魔法戦闘力、エリス狩りを纏め上げるコミュニティ力、そして俺達をあそこまで追い詰めた戦略術には俺も尊敬に値するものがあるんだ。見た目はそんなだが……お前、本当は相当頭のキレる奴なんじゃないか?」

「な、何だよ気持ちわりぃな……」


 目に見えて動揺を示す山口。わざわざ魔法も使わずに近づいたんだ。真摯さは伝わっているのだろうか。


「まあしばらくはほとぼりが冷めるまで様子を見る必要があるだろうが……時が来たら24組の主権はまた24組に返すよ。その時は山口、お前にも24組クラス長として東棟クラス国家の協調の輪を広げていく第一線を担ってほしいんだ」

「協調の輪だと……? ハハハハ! お前マジかよ。今まで戦争してた相手に協調を求めるたぁ、いいセンスしてるぜ。皮肉のつもりか?」

「いや、本気さ。お前ならそれが出来るはずだ。わざわざ24組クラス長にしてエリス狩りを纏め上げていたのも、本当は自分のクラスメートのことを思っての事だったんだろう? 成績の良くないクラスメートを何とか救おうとお前なりの解決策を取ったんだ」

「はぁ? 何でそんなことが言える」

「それは山口君がクラス長だからだよ」


 そこで鶴野が割って入って来た。


「思い出してみて、クラス長を決めたのは入学式の当日。その時には魔法も解禁されていなかったし、クラスメートがどういう編成かだって全く分からなかったはずだよ。ということは山口君は後付けでエリス狩りのリーダーになったことになるよね。自分と周りのクラスメートの人格を分析して、一番いいコミュニティの形を作った」

「随分と都合のいい解釈じゃねぇか。悪いが俺はそこまでできた奴じゃねぇよ」

「そ、そんなことありませんわよ!」


 突然、今まで傍観していたはずの峯山さんが口を挟んだ。俺も鶴野も山口も、驚いて強気そうなお嬢様の顔を見つめる。


「チッ、うるせぇな霧子……お前は黙ってろよ」

「で、でも……山口さんは……!」


 必死に擁護しようと走る峯山さん。なんだ、やっぱりこの二人、何か因縁でもあるのか?


「黙ってろって言ってんだろ! それに今回の戦略は残念ながら俺の考えじゃねぇ。他の奴から送られてきた作戦を参考にして実行しただけだ」

「他の奴……?」


 俺は初めて飛び出す情報につい目を丸くする俺達。まさか、あの戦略が山口のものじゃなかっただと?


「ああ。誰かは知らねぇが俺にメールを送ってきたやつがいてな。余りにも見事な作戦なもんで使わせてもらったんだ。ほらよ」


 そう言って、奴はエヴリスウォッチに触れた。するといつもの立体映像がウォッチからは飛び出し、メールの文面が空中に投影される。

 

そこには、山口が俺達に仕掛けた罠そのままの原案が記された文章が載っていた。22組と23組のクーデタから第二理科室事件までそのまま。更には事前の下準備についてまで細かく書かれている。冒頭には、『あなたにとって目障りな敵を攻略する方法のヒントをお送りします。どうぞご参照に』と記され、最後にはK・S=Rと記されたサインらしきものが。一体誰がこんなものを……


「アルト、このメールの送信日時から誰が送信したかを割り出せるか?」

『あいよ。ちょっと待ってね……』


 俺はすぐさまアルトに着信をかけ、メールの分析を依頼した。数分間の間隔。その後、奴から再び返事が来る。


『うーん、その時間に送信されたメールを分析すると……あった! 匿名メールの送信者は恐らく1組所属のスズキ=ラインヘルツだね』

「ラインヘルツ!?」


 まさかの名前が奴の口からは飛び出した。スズキ=ラインヘルツといえば……この学年の学年主席じゃないか。そして俺と入学式のバスで出会い、5月の中頃には都市部で出会った、あのアルビノの少女。今では1組に建ったという帝国の長となっているという話だったが……


「ラインヘルツって、あの銀髪の女の子のこと?」

「ああそうだ。K・S=Rは、キョウコ・スズキ=ラインヘルツのイニシャルだろう。まさか1組が絡んでいるとは……」

「ふん。だから言ったろ。俺は所詮あんな罠を仕掛けられる程の能力はねぇ。それでもてめぇは意見を変えねぇのか?」

「もちろんだとも。それでも俺達よりも早くあれだけのコミュニティ……エリス狩りクラス連合を築き上げた実績は残っている。さっきの話、考えてくれるか?」

「チッ……しょうがねぇなぁ……物好きな奴もいたもんだぜ。さっきまで敵だった奴に丸腰で近づくなんてどうかしてやがる。ま、物好きはそこまで嫌いじゃねえがな」


 そう言って、ゆっくりと立ちあがる山口。その雰囲気は先ほどとは少し違う。敵意は消え、穏やかな眼差しを投げやってくる。


「ま、しばらくは大人しくさせてもらうわ。協調の輪が云々も後から考えさせてもらう。しばらくは20組が24組の主権を取るんだろ? 24組に主権を戻す日があればまた教えてくれ。そんときゃまた返り咲いてやるからよ」

「ああ。頼んだ」

「それにしても、そこのちっこいの、目茶苦茶強ぇんだな。魔法ランクダブルSなんて聞いたこと無いぜ」

「な、ち、ちっこいの言うな!」


 顔を赤くして必死に反論するグレーテル。だが、その頭は相変わらず俺の胸ほどの位置にある。


「ランクダブルAの俺が手も足も出なかったからな……俺も強い魔法使いには憧れてるんだ。是非また手合せでも願いたいもんだぜ。あ、そこの貧乳女も含めてな」

「ちょ、ちょっと! それは関係ないでしょ!」


 見事に2人のコンプレックスを引き当てていく山口。鶴野まで顔を赤くしてしまった。


 俺はやれやれと2人の慌てようを観察し終えると、気絶したクラスメートや敵方の生徒達の介抱、戦場になった教室の片づけ、そして領土の塗り直しなどの後始末を行っていった。戦闘は終わり、さっきまで敵同士だった生徒達でさえ所々では協力し、後始末をしていく様子まで見れる。


 こうして、東棟二階戦争は20組側連合軍の勝利で終わった。すぐ後には20組側と24組側で終戦条約が結ばれ、24組国は一時的に主権を20組国管理下として剥奪。24組国内も20組国法が適用されることになった。生徒個人への賠償や罰則は一切無し。エリス狩りの禁止や勉学への集中を要請した以外は特に賠償や体罰を行うことは無かった。それはリーダーの山口も例外なくである。


領 土も20組教室の不法占拠が解除されたため20組教室が20組の領土へと戻り、第二理科室を含めた特別教室、廊下、そしてトイレなどの教室外の領域はどこの国にも属さない公領へと戻された。


 国家成立後初めての戦争はこの上ない結果で終わったのだ。ここから22組や23組とも国交が結ばれ、東棟二階クラス連合の発足にも大きな前進を得たことだろう。


 そして残りの6月期は至極平和に過ぎていった。この戦争の裏に潜んだ、あの学年主席の影を少しづつも確実に感じながら……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます