第30話 決着

―――PM5:23


 俺達は東棟二階南側階段付近に待ち伏せた敵を蹴散らし、遂に24組の教室へと突入した。俺、そして鶴野とグレーテル以下20組警察員2人が24組の自動ドアを潜っていく。エリス狩りクラス連合の本拠地。ここさえ叩けば、エリス狩りクラス連合は崩壊を迎えるはずである。


「ほぅ? まさかここまで来やがるとはな」


その教室はこのハイレベル私立高校、エヴリス学園のものとは思えないような様相と化していた。教室の所々には落書きがされ、プリントはそこら中に散らばり、机はぐちゃぐちゃに乱れて佇んでいる。そして、教室前面、教卓には一回りガラの悪い生徒が足を組んで座り、その周りを頭を染めたりピアスを付けたりした男女生徒達が取り囲んでいた。数は10人ほど。その中には何時ぞやの高木も含まれている。皆制服を似たように改造し、ブレザーの袖を切り落として半袖にしている。女子生徒はやたらとスカートを短く切って上げているようだ。やっぱり少しでも屈んだらパンツが見えてしまいそうである。


そしてその教卓に座る生徒が真っ先に俺達に声を投げやって来た。威厳を十分に含んだ、低い声。間違いない、あれがエリス狩りクラス連合の長、山口雄介だ。


「山口! どうしてこんなことを? どうして戦争なんか……」

「どうして? そんなの決まってるだろうが。報復だよ。てめえらが俺達の事を邪魔しやがった、な」

「報復? 俺達はそんなものを受ける筋合いはないぞ?」

「はぁ? 寝ぼけてんのかてめぇ。てめぇが20組警察とか言うふざけた警察ゴッコでよぉ、俺達が他のクラスの生徒共からエリスを頂くのを邪魔しやがったんだろうが! おかげで俺達は舐められるわ他のクラスでも20組警察を真似する輩が現れるわ……散々な目に合ってんだよ」

「ふん、エリスを頂くじゃと? 暴力で人が努力して得たエリスを奪っておいてよくそんな飄々と物を言えるもんじゃのう」

「そうだよ! そんなの間違ってるよ!」


グレーテルと鶴野が次々に反論を述べる。しかし、山口はそれを聞き入れようとはしない。


「はははっ! お前ら頭沸いてんじゃねえのか? エリスを魔法で奪うことは校則で定められていることなんだぞ? それのどこが間違ってるっていうんだ。成績の良くない生徒に与えられた唯一の救済措置。それを否定する権利がお前らのどこにあるんだよ」


 あんな見た目だが、言ってることにはかなり芯が通っているようだ。流石あれだけの罠に俺達をはめた張本人。地頭は良いらしい。


「でも……それは人からエリスを奪っていい理由にはならないよ。それは本当にその人のためにはならない。もし成績が良くないのなら……みんなで協力して、勉強して、そして点数を少しでも掴めるように努力しなくちゃ。そんな体制をちゃんと作ってあげるのがクラス長の役割なんだよ? 貴方のようにエリス狩りの長に自らなるようなクラス長は間違ってる。少なくとも私は認めないよ!」

「何だよ説教かよ貧乳女。乳だけじゃなくてユーモアも足りねえんじゃねえの?」


ハハハと山口の周りにいる生徒達が笑い声を上げる。鶴野は言い返すこともできず、顔を赤くするだけだ。


「何じゃと貴様ら! 鶴野殿に向かって……」


すると、俺の横にいたグレーテルが氷の大剣を振りかざし、奴らの下へと駆けていこうとした。俺は急いで彼女の腕を掴み、それを妨げる。


「抑えろグレーテル。これは挑発だ。俺達を怒らせて罠に嵌めるつもりなのかもしれない。今は抑えてくれ」

「緑風殿……かたじけないのじゃ」

「グレーテルちゃん、私は大丈夫だから、ね」


グレーテルは大人しく俺の指示に従い、元の位置へと戻った。鶴野も笑顔でグレーテルをなだめようとする。


しかし、どうしようか。恐らく対話じゃあ最早解決は望めないだろう。このままぶつかれば人数比は10対7そして俺は防御しかできない。しかも相手は無傷でこちらは2回の戦闘を超えて魔力も体力も消耗している。鶴野とグレーテルがいるとしても、明らかにこちらが不利だ。


魔法といえばイメージを具現化するもの。その性質から、使い手の精神状態にも大きな影響を受けてしまうのだ。場合によっては上にも下にもランク一つ飛び越えてしまうことだってあり得る。


「ハハハハハ……どうする? このままじゃあてめえらの不利は覆らねえぜ?」

「ぐ……」


あざ笑いながら教卓に座り続ける山口。確かに俺もここまで来るのに出るこちら側の被害を甘く見積もりすぎていた。せめて互角の人数くらいは残ってくれると思っていたのだが……しかし、まだ勝機はある。敵に対して俺達が圧倒的に有利な点が一つだけあるのだ。それは……


「グレーテル、鶴野、お前らはとにかくあの山口1人を狙え。アイツさえ倒せば敵は必ず瓦解する。俺達はお前らを援護するから、2人で挟み込んで奴を討つんだ」


そう、敵よりも俺達が圧倒的に有利な点、それは俺達の勝利条件が山口の打倒にあることだ。俺達は万が一鶴野がやられようが俺がやられようが評議会メンバー全員がやられない限りまず負けはない。だが、敵は山口自身が主権であり、頂点なのだ。奴1人さえ倒してしまえば敵は士気も失うし、ルール的にも20組国側の勝利で終わるのである。


「分かった」

「承知したのじゃ」


小さく返事を返し、敵の方へと向き直るグレーテルと鶴野。疲労もたまり、少し肩で息をし始めているのが分かる。そんな中でも彼女らは近接攻撃魔法を構え、目の前の敵に今にも切り込む構えを取る。


「さあ、てめぇら! このクソ見苦しい偽善者野郎どもに止めを刺してやれ!」

「そうはさせませんわよ!」

「!」


敵も全員揃って魔法陣を形成し、俺達に襲い掛かろうとした頃だった。教室の入り口付近から芯の通った高い声が教室中を満たしたのである。


「あれは……峯山さん⁉」


見やると、そこには峯山さんを始めとした10人程度の生徒が24組の教室へと押し寄せていた。その中には19組の生徒だけじゃない、旧22組クラス長の根岸君、そして旧23組クラス長の園山君の姿も。19組国、22組国、そして23組国民の連合群軍だ。


「な、なんでてめえらがここに……!?」


突然の状況の変化に狼狽える山口。今頃20組教室で交戦中だったはずの19組や、軟禁状態にあったはずの22、23組の生徒が目の前にいるのである。


『ふぅ……何とか間に合ったよミドリ』


すると、ウォッチには再びアルトの顔が映った。そういや、今の今まで連絡をよこさず何をしていたんだ?


「アルト? 一体どうなってるんだ」

『いやあ、さっきのうちに僕が22組や23組の旧クラス長に連絡を入れてね、今すぐ内戦を起こしてエリス狩りクラス連合の奴らに反撃するようそそのかしておいたんだ。22組と23組教室の警備は手薄だったからね。それであっさりと22組教室と23組教室は元のクラス長に奪取。19組国にも援軍を入れて20組の教室を取り返してもらったんだ。そして最後に24組の教室に駆け付けてミドリたちの援護をするように頼んだの』

「なるほど、お前が……」


そう言うことだったのか。へらへらしているふりをしてやることはやっている奴である。


「な、内戦だと……? しまった……」


山口がそう小さくこぼす。自分で内戦を起こしておいて内戦を起こされることを忘れるとは何たる失策か。いや、自国の法律で縛りつけていたから油断していたのかもしれない。それに内戦と言っても22組、23組で残っていた生徒で戦える生徒などほんの2、3人ずつである。まさか同時に談合を図って蜂起するとは予想していなかったのだろう。


「形勢逆転だな山口」

「ふん! 雑魚が何人増えたところで同じことだ。ここにいるのは俺の仲間の中でも最高クラスの魔法ランクを持つ奴ばかり。そして俺の魔法ランクはダブルAだ。倒せるもんなら倒してみるがいい! 野郎ども、かかれ!」


山口は教卓から降り、鋭く指示を飛ばした指示を飛ばした。同時に、24組の教室に魔法が飛び交った。光る青い光球が交差し、大小さまざまの剣や槍上の近接攻撃魔法が弾け合う。この光景は一見今までの戦闘風景と何ら変わりはない。だが、その魔法のパワーや数、そしてスピードは今までの戦闘とは1ランクは上だった。並外れた魔法ランクを持つ生徒が集う最終決戦。混戦の度合いも今までとは格が違う。


「山口、覚悟するのじゃっ!」


そんな中、敵の魔法の合間を潜り抜けて、グレーテルが山口の下へ一直線、氷の剣を携えて飛び込んでいった。軽やかな足取りと小さな体を駆使し、するすると敵の生徒を抜いていく。そして、そのまま山口の元まで辿り着くと、両手に構えた剣を山口の頭上に振り下ろした。


「チッ。防御魔法(大)!!」


それに対し、山口は咄嗟に防御魔法を詠唱した。山口のウォッチから紅い稲妻が魔法陣と共に飛び出し、更にその魔法陣からは赤い炎の盾が召喚される。鶴野の盾とはまた違った丸みを帯びた逆三角形の盾。彼はそれを振りかざし、グレーテルの二本の大剣にそれを宛がう。


金属と金属がぶつかり合うかのような甲高い音が響いた。グレーテルの大剣は、山口の防御魔法を突破しえずに阻まれる。魔法ランクは山口はAでグレーテルはSだ。本来のグレーテルの魔力なら山口に防御されるということはあり得ないはず。だが、体力の消耗と属性の相性が重なり、今グレーテルと山口の実力は互角近くまで狭まっているのだろう。


「おっと足が滑ったぜ」

「がっ!?」


刹那、左腕の盾でグレーテルの攻撃を防いだ山口は、そのままグレーテルを蹴り飛ばしてしまった。グレーテルは突然の打撃に防御をしえず、教室に雑多に並べられた机に激突する。


「ぐ、うう……」


ガタガタと机や椅子が倒れ、グレーテルはその上に仰向けで倒れ込んだ。


「グレーテル!」

「グレーテルちゃん! くっ……」


俺と鶴野が同時に彼女の名前を呼ぶ。そして、鶴野は真っ先にグレーテルの下へと駆けつけていった。すぐに彼女を抱き上げ、声をかける。


「大丈夫? グレーテルちゃん」

「うぅ……鶴野殿……これは迂闊だったのじゃ……」

「おい山口! 魔法戦闘での暴力は厳禁のはずだろう!」

「はぁ? さて何のことかな。ちょっと足が滑ってたまたま当たっちまっただけだ。悪気は無かったさ」

「ぐ……」


ニヤニヤとしながらしらじらしい弁明を返す山口。こいつ……勝つためなら手段を選ばないのか!?


「どちらにせよこれで終わりだ。そこの目障りなチビも貧乳女も纏めて始末してやるよ!」


山口は突然、鶴野とグレーテルの元へと駆けだした。その手には、炎に包まれた長剣。まずい、やつめ一か所に集めた鶴野とグレーテルを纏めて斬り捨てるつもりだったか!


「鶴野、危ない!」

「……!」


俺の声に合わせて山口の接近に気付く鶴野。すぐさま防御魔法を構えようと魔法陣を形成する構えに入る。


「防御魔法(大)……あれ!?」


しかし、鶴野の腕に魔法陣が形成されることは無かった。詠唱は完璧。だがウォッチも何もうんともすんとも言わないのだ。


「しまった……魔力切れ!?」


なんてこった、魔力切れだと!? 何でこんなタイミングで……流石に3連戦じゃあ魔力が持たなかったか……!


「待てっ!」


山口に一瞬遅れて俺もグレーテルと鶴野の下へと駆けだした。距離は微妙に俺の方が近い。ほとんど同時に俺達は佇む2人の女子、20組警察のツートップの下へとたどり着こうとする。


「死ねぇっ!」

「させるかっ! 防御魔法(中)!」


腰を下ろしたまま狼狽える鶴野の元に、山口は炎の剣を振り下ろそうとした。俺は住んでのところでその間に割り込み、炎の剣を防御魔法の丸い盾で受け止めようとする。


「何っ!?」

「ミドリ君!!」

「ぐあぁぁぁっ!」


しかし、Aクラスの攻撃魔法をDクラスの防御魔法が防ぎきれるはずがなかった。盾は見事に粉々に粉砕され、俺は余りの衝撃に数メートル吹き飛ばされそうになる。


しかし俺は気絶してはいなかった。鶴野の魔法訓練の賜物か、俺の防御魔法は山口の攻撃魔法を見事に相殺していたのである。盾が粉々に砕け散ると同時に山口の炎の剣も真っ二つに折れ、俺はなんとか魔法の被弾から免れたのだ。


ぶつかる魔法の衝撃により吹き飛ばされる俺。グレーテルや鶴野の更に後背まで身体を投げ飛ばされ、そして机や椅子に激突する。身体中に机や椅子の角がぶつかり、鈍い痛みが全身を走り回った。


「がはっ……いててて……」


何とか体制を立て直そうとする俺。しかし、身体中が軋んで上手く動かない。取りあえず顔だけでも彼女らの方へ向け、様子を見ることにした。


「チッ。邪魔しやがって。今度こそ片づけて……ん?」


折れた炎の剣を一度しまい、再び魔法陣を起動して召喚しようとする山口。しかし、彼の目の前には1人の少女が立っていた。


金色の長髪は高い位置で2つに纏め、両手には身長と同じくらいはあるんじゃないかという巨大な氷の長剣。彼女の身体の周りにはピリピリとした鋭い空気が渦巻き、只ならぬ雰囲気を感じさせる。


「グ、グレーテルちゃん?」

「き、貴様……よくも緑風殿を……」


さっきまで鶴野の膝もとに寝転がっていたグレーテル。彼女が鋭い怒りを伴って復活を果たしたのである。先ほどの通り、魔法は精神状態にも影響を受けるもの。彼女はこれまでの疲弊を怒りという激しい感情で上塗りしてしまったのだ。その大きさも、さっき鶴野が侮辱を受けた時とは比べ物にならない。もしかしたら、俺が山口の魔法を受けて気絶してしまったと勘違いしているのかもしれない。


「何言ってんだチビ。そいつが勝手に飛び込んできただけじゃ……!」


相変わらず余裕な態度を崩そうとしない山口。しかし、グレーテルはそんな山口に向かって言葉すら発せず突進を開始した。素早い動きで瞬時に合間を詰め、氷の大剣を山口に向かって振り下ろす。


「く、防御魔法(大)!」


それを受けて、山口は再び炎の盾を魔法陣から召喚した。それを掲げ、グレーテルの大剣をまた防ごうとする。


バキィ


「なっ!?」


しかし、その盾はいとも簡単に破壊された。まるで氷を砕くかのように氷の剣は炎の盾を粉砕する。その衝撃に、山口は数歩の後退を余儀なくされた。何とか魔法の直撃は避けられたようだ。


「まだまだ!」

「ぐっ……」


更に追撃を加えるグレーテル。防御魔法を召喚する暇さえ与えない動き。山口は、今度は右手に構える炎の剣で迫る氷の剣を受ける。


「ぐああっ!」


しかし、その炎の剣も片方の氷の剣によっていとも簡単に粉砕された。右手を抑え、さらに後退する山口。教室前面に追い詰められ、思わず教壇の上へと登る。背後には黒板、もう逃げ場はない。


「これで、終わりじゃ!」

「うっ……」


思わず黒板に背を付ける山口。グレーテルは瞬時に前進し、山口の喉元に向かって真っ直ぐに剣を突き立てた。攻撃手段も防御手段も皆無。勝負あったか。


「……てめぇ……何者なにもんだ……」

「儂はグレーテル・サトウ。魔法ランクはS。そして、緑風殿の忠実な僕じゃ!」

「ぎゃぁぁぁっ!」


グレーテルは容赦なく山口を一刀両断した。氷の剣が奴の身体を肩から腰にかけてすり抜けていく。同時に、山口は悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。


「な、山口さんが……?」

「おい、山口さんがやられたぞ……?」


教室中に響き渡る山口の悲鳴。同時に、残っていた24組の敵たちも著しい動揺を示し始めた。24組の生徒も20組警察と22、23組国連合軍の味方も、互いに元の半数ほどまで数を減らし、敵と顔をむき合わせていたようだった。


「よく聞け! 貴様らの頭は討ち取った! わしらの勝利じゃ! 今すぐ抵抗を辞め、降伏するがよい!」

「そ、そんな……」

「俺達の、負け……?」


グレーテルは教室前面、黒板下の教壇から大声で叫んだ。足元には気絶して転がった山口。その光景に、残った敵の残党は急速に戦意を喪失していく。


「やった、勝ったぞ!」

「俺たちの勝ちだ!」


一方喝采に包まれるのは残った20組警察、そして援軍に駆け付けた19、22、23組の連合軍である。飛び交っていた魔法はぱたりと止み、24組教室にはこうした2つの声が混ざり合い、そして反響していくのだった。


こうして、東棟二階戦争の勝敗は決した。山口の陥落により、エリス狩りクラス連合は敗北、20組以下連合軍が勝利したのである!









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