第25話 東棟2階クラス長会談


――6月3日(水) 17:30


 国家申請から2日が立った日の放課後、俺は以前の作戦会議で宣言した通り、東棟二階クラスの代表者に声をかけてクラス長会談国際会合を実現していた。とはいっても、集まってくれたのは東棟2階19組国から24組国の代表のうち、19組国と20組国、そして21組国の3国のみ。残りの3国からは返信すらない始末だった。今一レスポンス率が悪い国際会合である。


 ちなみに、昨日の20組国法議会では俺が言っていた法案は全て通過した。20組警察もエリス狩りについての罰則も、特にクラスメートからの反対の声も無く可決されたのである。あとは生徒会の承認と執行を待つのみ。幸先のいい出だしである。


「さて、今日は集まってくれてありがとう。さっそく、20組国外交担当から話し合うべき議題を提案しようと思う」


 今集まっているのは南棟1階に位置する会議室であった。方形に長机と椅子が配置され、それぞれ間隔を置いて俺と他の出席者2人が腰を下ろしている。


 この会議室は申請一つで全生徒が使用可能、かつ校則でどこかの国家の領土になることは無いと決められた中立地帯である。別にどこかの教室でもよかったのだが、特定のクラスにだけ会議内容が公開というのでは不公平であるとして、別室で行うことになったのである。


「あ、失礼。その前に音声記録と議事録の作成許可を頂きたいのですが、よろしいかしら?」


 早速発言したのは、19組国代表の峯山霧子であった。19組国は現状峯山が主権の中心として君臨し、クラスの投票で選ばれた何人かで議会を組んで国を運営しているらしい。


「あ、21組も同じくです」

「あ、ああ、特に反対が無ければいいと思うぜ。それなら20組も記録を取らせてもらおう」


 釣られるように、21組の代表である外井君も発言する。彼は見た目普通の優等生といった印象。余り積極的に発言を行うタイプではなさそうだ。


 音声記録まで要求してくるとは、最初の会議ということもあってかなり慎重になっているのだろうか。しかし、こうなると余計なことは言えないな。


 俺はエヴリスウォッチをタップし、録音アプリを起動しておいた。よく見るとこのアプリ、音声の文字起こしまでしてくれるらしい。便利なことこの上ない。いや、むしろこういうシチュエーションで使われることを想定して作られているのか……


「さて、じゃあ今度こそ東棟2階国家の国際会合を始めよう。議事進行は主催の20組国外交担当の緑風が行うが、いいか?」

「構いませんわ」

「異論なし」

「それじゃあ始めよう」


 なかなかシビアな空気である。俺はそう言って、ウォッチの立体映像を展開させた。議題はプレゼン資料として纏めておいたのである。まず、そこにはこの前見たような東棟2階の領土図が表示された。


「まず一つ目、現在東棟2階の国家は全て各クラスの教室のみを領土としている。だけど、まだ特別教室やトイレ、階段などに関してはどこの領土にもなっていないフリーな場所だ。まずはこれらの場所についてどう扱うべきか話し合っておきたい」

「確かに。一度協定でも結んでおくべき事項ですわね」

「21組も同意見です」

「ありがとう。そこで20組国代表からの提案なんだが……これらの場所に関してはどこの領土にも入れず、公領として東棟2階国家全ての共同統治とするのはどうだろうか」


 俺は目の前に座る峯山さんと外井君に向かって一度視線を投げかけた。居心地の悪い沈黙が会議室の中を駆ける。


「……21組は特に異論有りません」

「同じく、19組国としては特に異論はありませんわ。だけど、今この場に出席していないクラスについてはどう扱うんですの? 流石に出席していないクラスも合わせて共同統治とするということには納得がいきませんわね」

「うむ。それについては20組も同意見だ。ここはこの場にいないクラスに関しては一旦無視するというのはどうかな。取りあえずはこの3国の共同統治として先ほど言った公領を定めておくんだ」

「しかし……それでは他のクラスから不満が出るのではありませんの? この会合も特に法規で定められたような正式なものではありませんのよ?」


 流石はクラス一国を治めるクラス長である。中々に鋭く、そして慎重な発言を投げかけてくる。


「ああ。もちろんそれはそうだ。でも、俺は他の3国に対しても5回に及ぶ呼び掛けを行った。だけど返事は一切なかったんだ。何なら履歴を公開したって良い。それで出席しないというなら、そもそも国際協調自体に反対している可能性だってある訳だ。それならばむしろ早いうちにこちらで国際協調を成しておいて、後からでもその輪に入れるよう配慮するのが正しいんじゃなかろうか」

「うーん……そうですわね……あくまで私達が先導していくべき、というわけですわね?」

「ああ。このまま何も決めないでいた方が無用な戦乱を招く結果になるだろうしな。少しでもそんな可能性を減らしていきたいんだ。21組の外井君としてはどうだ?」

「あ、えっと……僕は特に意見は無いです」

「そうか。共同統治の件、峯山さんは納得してくれたかい?」

「分かりましたわ。19組国も賛成します」


 そう言って、峯山さんは長くてカールのかかった髪をたくし上げた。中々目付きも鋭くて気の強そうなお嬢さんである。隣の外井君とはかなり対照的だ。


「ところで、その公領の範囲だとかその中での決まり事なんかはどうするつもりですの?」

「それもこの会談で話すべきだと思う。今日はまだいいが、次回には具体的な所について話し合っていこう。もしよければ公領での決まり事や範囲について20組国が代表して草案を練り提案をしてもいいが、どうかな?」

「いえ、それは結構ですわ。この会談自体を提案したのは20組国、変に権威を大きくされるのはこちらにとっても20組国にとっても不利がおおきいでしょう。ここは私たち19組が次回に提案させていただきます。それでどうですの?」

「俺達にも不利が大きいというのは?」

「このまま20組がこの東棟会談で権威を伸ばした場合、今参加されていない3国はどう思いますの? いえ東棟2階以外のクラスもそう、20組に対して無用な警戒心を抱かせてしまう結果にも成り得るでしょう。それに、20組国の理念は平等なのでしょう? それなら20組国と他の国で上下関係が生まれるような行動は極力慎むべきではないですの?」


 う、本当になんなんだこのお嬢さんは。確かにこのまま20組国が提案やら議論の主導を行えば自然と20組国がこの東棟2階国家の盟主のような雰囲気になっていってしまうことだろう。実際俺もそれを狙っていたところはある。だが、上手くそれは回避されてしまった。折角あらかじめ練ってきておいた案がパーである。


「ま、まあ分かった。そこまで言うならお任せするよ。21組もそれでいいかな」

「……特に意見は無いです」

「理解感謝しますわ」


 そこで一度話が途切れた。一つ目の議題はこれにて終了、あとはもう一つ20組国から提案があった。


「それじゃあ、これで一つ目の話は終わりでいいかな? 20組国からはもう一つだけ提案がある。まあこっちはさっきの話程重要なことじゃあないんだが……20組国は今来てもらっている19組国と21組国に同盟を打診したいと思う」

「同盟?」


 峯山さんが真っ先にそのワードに反応する。


「同盟とは、どういう意味で仰っていますの?」

「ああいや、今は30もの国家が第2校舎内に一気に立ちあがったところだ。その体制も俺達のような共和政だけでなく色々な主義主張があることだろう。時にはそれがぶつかり合うことだってあると思う。出来れば、俺達としては戦争なんてものは起こしたくない。そこで、同盟という形で国際協調を広げていきたいと思うんだ。せめて同じ東棟にいるクラスだけでもね」

「なるほど、19組としてもその試みには賛成ですわね。でもいくらなんでも時期尚早なのではありませんの?まだ国家申請が始まってから3日目なんですのよ?」

「ああまあ、同盟と言ってもそんな条約みたいなものを初っ端から結ぼうっていうのじゃないさ。あくまでここでは口約束として結んでおいて、時間が経ってから条約に発展するなら望むところといった様子でね。どうかな」

「……」


 峯山さんと外井君は一度黙り込んだ。まあ流石に踏み込み過ぎた提案であるとも思う。だがこういう布石は速く打っておくに越したことは無いのだ。


「……分かりましたわ。19組は20組との同盟を歓迎します。私個人20組警察には恩義のある身、もし20組が困ったことがあれば協力させてもらいますわ」

「本当かい!? ありがとう。もちろん19組が困ったときには20組が助けに行かせてもらうよ。21組はどうだい?」

「……すいません。21組はまだ中立ということにしておいてください。時世が動くまで様子を見ます」

「そうか……分かった」


 21組は中立か……まあ以前からそこまで交流のあったクラスという訳でもない。もう少し時間をかけて関係を作っていく必要がありそうか。


「それじゃあ20組からの意見はここまでだ。他に意見のある人はいるかい?」


俺は目の前に座る19組と21組の代表を眺めた。2人とも言いたいことは無さげにそのまま座り込んでいる。


「……それじゃあ今日の会議はここまで。わざわざ集まってくれてありがとう」


 そう言って、俺はウォッチの音声記録を終了した。それに合わせて、峯山さんと外井君も音声記録を切る。ここからの記録はオフレコだ。外井君は、会議が終わるや否やそそくさと会議室を去って21組の教室へと戻っていってしまった。


「お疲れさまでしたわ。緑風さん、今日はこのような会談を開いてくれてありがとうございました」


 一方の俺達はもう少し残って会議後の雑談を続けることにした。


「いやいや、気にしてもらわなくてもいいさ。それにしても、峯山さんの交渉力には驚かされるよ。どこでそんな能力を養ってきたんだ?」

「私の一家は代々商売人の一筋ですからね。父や祖父からいろんな教えを受け継いできましたから」


 そう言って、彼女はまたカールがかった長髪をたくしあげた。上品な雰囲気を纏った髪がそれに合わせてふわりと巻き上がる。


 そう、アルト情報によると峯山さんは峯山財閥という巨大財閥の令嬢さんなんだそうだ。ほんと、この学園には金持ちばっかりしかいないのな。


「はぁ~。しかし、思ったより国際会議ってのは気が重いものだな。録音までされるとは思ってなかったよ。迂闊なことも喋れない」

「緑風さんにはご迷惑をおかけしましたわね……私としては是非緑風さんに協力させてもらいたいのですが、どうしても慎重にならないといけない理由がありまして……」

「理由? もし何か支障がなければ、教えてもらえると嬉しいな」

「ええ……」


 彼女は一度視線を落とした。まるで何かを思い詰めているかのような暗い眼差し。いつぞやの校舎裏で見せたあの時、確か24組の山口について言及した時の表情と全く同じだ。


「以前もお話した通り、19組は24組からの嫌がらせを執拗に受けていまして……クラスメート達も他クラスへの信用が保ちづらい状況になってしまっていますの。20組国に関しては恩義もありますし、私自身クラスメートを説得してこの同盟を正式なものにしたいと思うのですが、その点ご理解いただけると頼もしい限りですわ」

「なるほどな、24組か……いや、まあ俺も別に峯山さんに対して気分を害したとかそういう訳じゃないんだ。だからあまり気にしないでくれ」

「ありがとうございますの」


 俺はもう一度24組について記憶を辿ってみた。思えばあのクラスとは5月の魔法解禁初日から縁があったんだ。5月1日の昼休み、俺達を売店棟前で襲ったあのゴツイ生徒達は24組の奴らだった。後からアルトのデータベースで調べたから間違いはない。それにグレーテルを襲っていた高木とかいう奴も24組。そして一昨日に至っては峯山さんたちを集団で襲っていたところを俺達が救い出した……もしさらに大規模な報復計画でも練られていたとしたら厄介なことである。警戒するに越したことは無いだろう。


 俺達は雑談に一区切りがついたと、会議室を後にしようとした。峯山さんが先を行き、電気を消して、会議室の自動ドアを潜ろうとする。廊下には西の方から斜めに夕日が差し込んでいるのが見えた。鶴野やアルトはまだ待っていてくれるだろうか。


「あ、あと……」

「ん? まだ何か?」


 しかし、会議室を出た直後、前を歩んでいた峯山さんが不意に俺の方を振り返った。さっきと同じ、何かを思いつめたかのような表情。会議の時の、お嬢様に相応しい凛とした鋭い雰囲気はどこにもなく、そこいらの純粋な乙女のような顔で、俺の足元へと視線を落としている。


「あの……224組クラス長の山口さんには、気をつけて欲しいんですの……」

「山口?」


 山口といえば、彼女の言う通り24組の男子クラス長である。アルトの情報では魔法ランク攻防両方Aの腕前を持ち、更には腕力を使って他のごろついたエリス狩り達を手下に置いているのだとか。まるで盗賊の頭領のような男だ。


「ええ……あの人は、このままで終わらせるような人ではありませんわ……」

「……峯山さん、その山口とは知り合いなのか?」

「いえ、まあ……古い友人というものですわ……それじゃあ」


 それだけ言い残し、東棟2階の19組教室の方へと歩んでいく彼女。俺もそれに続いて、一度20組の教室へと戻っていく。


 突然の峯山さんの忠告。俺はその時よくその意味を理解し得てはいなかった。だがすぐに、その忠告は最悪の形となって俺達の前に具現することとなるのであった。



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