6月期 東棟2階戦争

第21話 国家申請

 ―――6月1日(月) PM2:10


 20組警察が発足して半月。春も終わりを迎え、じめじめとした湿気が心なしか俺達を包み込むようになり始めた頃。


 この日の6、7限は LHロングホームの時間に定められていた。もちろん、6月から行うことが定められていた、国家申請についての話し合いをする場として設けられたのだ。この6月までにはいるまでの期間、俺は同じくクラス長の鶴野、そして20組警察長官のグレーテル・サトウ、そしてアルトと共に新生20組国の組織体制や行政様式などの草案を練りに練って来た。今日はそのお披露目というか……クラスメート達にちゃんとした承認を得るための場である。


 今はあらかじめクラスメートの席を動かし、コの字型に席を配置してまるで議会のような様相になっている。そして、俺や鶴野、そしてグレーテルといった20組の重役はコの字型の縦辺部分の中央に座し、このLHの時間を取りまとめることにした。


「はい、それではこのLHの時間では皆さんに国家申請について話し合ってもらいます。私はなるべく関与しませんので、クラス長の緑風君と鶴野さんを中心に20組国家のシステムを練っていってくださいね」


 甲高いチャイムの後、20組担任の野口先生が優しい声でそれだけ話すと、教室を出ていってしまった。残された俺達38名のクラスメート達は、一瞬だけ軽い沈黙に包まれる。俺と鶴野以外の36人分の視線が、一身に俺達2人に投げかけられた。


「それじゃあ20組のみんな、私から『20組国基本法』に基づいて20組国家についての草案を発表しますね」


 すると、真っ先に席から立ち上がったのは女子クラス長の鶴野だった。彼女はそう言うと、エヴリスウォッチの立体映像を展開する。20組国基本法とは、普通の国家で言う憲法にも相当する、国家の行政や主権のあり方などをまとめた最高法規である。それには20組国家の概要が記されているのだ。


 これらの内容を大体考案したのは俺なのだが、発表はあえて鶴野に全て任せることにした。こんなモブ男よりも、エリート美少女に説明を受けた方が幾分も印象が良いことは間違いないだろう。俺があくまで参謀に徹する一方、鶴野は表に立ち、その人望を持ってクラスメートの支持を集める……既に宣伝戦略は始まっているのだ。


「新国家を立ち上げるのに必要な条件は主権、人民、そして領土の3つ。まず、私たちはこの3つをしっかり揃えないといけません。まあ人民は20組クラスメートのみんなだし、領土はとりあえずこの20組の教室ということにしておけば問題は無いでしょう」


 そう、人民と領土に関してなど特に定めなくても初めから決まっている。生徒会のささやかな配慮なのだろう。最初の国家申請ではクラス単位で行うことが高速で定められているのだ。だが、問題は最後の一つ、主権についてだ。主権……というよりも政府とも言い換えられる国家の運営主体。これこそ俺達が主に練って来た内容であった。


 クラスメートの様子を見ると、大体の生徒が興味深そうに鶴野のプレゼンテーションを眺めているようだった。まあ数名興味が無さそうなのもいるが、取りあえずはあまり目くじらを立てないでおこう。


「それで、最後の主権についてです。20組では、主権は全人民、つまりクラスメートの皆に帰属します。具体的なことは後から説明するけど、簡単に言うとクラスメートのみんなでこの20組国家を作っていくことになるんですよ!」

「俺達全員に主権……?」

「皆で20組国を……?」


 ざわざわと教室内がざわめきに満たされる。それらの視線の先には、輝く瞳で真っ直ぐな眼差しをクラスに投げかける鶴野。その姿は、クラスの長に相応しい威厳をも持った可憐さを辺りに振りまいていた。


「そう。ここにいる私達4人は、今日の日のためにそれを実現するための最善の運営体制を構築してきたんです」

「じゃ、じゃあ、俺達に主権があるってことは王様とかそういうのはいないってことなのかい?」


 そこで発言したのは、最も俺達に近い位置に座っていた背の高い男子生徒だった。それを受けて、待ってましたとばかりに鶴野はプレゼンを続けていく。


「そう! その通り。私達20組では王政のような体制は取りません。まず、20組国の最高意思決定は『20組評議会』という議決機関でなされます。でも、それはあくまで20組国の運営をスムーズにする機関であって、20組の支配をするわけではありません」

「20組評議会……? そのメンバーはどう決めるんだ?」

「はい。初期の20組評議会は、20組を中心的に支える行政担当、外交担当、国防担当、そして情報戦略担当の4人によって構成されます。ちなみに、現在想定されている4人は、行政担当が私鶴野彩華。外交担当がもう一人のクラス長、緑風共助君。国防担当が今の20組警察長官の佐東グレーテルちゃん。そして情報戦略担当が佐東アルト君です」


 その言葉に合わせて、俺達4人は次々と起立し、クラスメート全員に挨拶していく。まあざわざわという声も聞こえなくはないが、先月には20組警察を立ち上げ、クラスメートの安全を守ったことで支持の上がっていた俺達である。そこまで反論の意が聞こえてきたわけではない。むしろ安堵の息すら上がっているようにも思えた。


「このあと20組国基本法に基づいて私達の案に対して賛成か反対の投票を取るので、そこで承認されれば私達4人が中心となって20組国の運営に携わることになります」

「あれ、それじゃあ私達クラスメートの主権っていうのはどうなるの?」


 そこで発言するとある女子のクラスメート。再び鶴野がそんな質問を見事に処理していく。


「うん。そう、このままじゃあ20組国は私達4人の独裁になっちゃいますね……そこで、私たちはいくつものクラスメートが評議会に干渉できるルートを作ったんです! 例えば20組法の立案! 法律を監査して生徒会に提出したり、執行したりするのは評議会ですが、それらの法律の立案はクラスメートが自由に行うことができます。クラスの運営で困った事とかがあったら、気軽に意見を言ったり法律の案を持ち込んでください! 私達はそれをもとに新しい法律を作って20組国を作っていくんです!」

「なるほど……」

「それなら……?」


 ふたたびざわざわと教室がざわつきで満たされる。様子を見ると、大体のクラスメートは納得してくれているようだ。まあ少し難しい話も多いから、その点は俺達でフォロー、慣れさせていく必要があるだろう。


最後に、俺達は20組基本法の全文をプリントにて配布し、今までの説明の該当箇所などを再度説明、及び質疑応答を進めていった。これまで説明されたもののさらに詳細な内容としては、


・20組評議会は不定期で開催される。が、目安は隔週ペースで開かれる。内容は各担当の活動報告、法案の監査、その他議題の議論である。評議会には議決権は持たないものの、20組国の生徒なら誰でもオブザーバーとして参加可能。


・20組評議会には事情により任期制は導入しないが、クラスメートは能力に疑問を持つメンバーをいつでも弾劾できる。その場合国民投票が行われ、3分の2以上の賛成があった場合にはそのメンバーは評議会から脱退する。メンバーの補充は立候補か推薦からの国民投票により定められる。その他、クラスメートは法律案や組織の改革案などをいつでも評議会に提出できる。


・行政担当は20組国の代表として率先して20組国を運営し、国民の安全と自由を守る義務を持つ。その上、他の各担当の業務すべてに介入することが出来る。


・外交担当は宣戦と条約の締結を除いた20組国と他国との交渉の一切を執り行う。


・国防担当は20組警察の長官を兼ね、20組国民の安全を確保する。


・情報戦略担当は第2校舎内の幅広い情報を収集し、評議会に有用な戦略のヒントを与える。


 といった内容だった。他にもなぜ評議会にこのメンバーを選んだのかという質問もあったが、鶴野の持つ評議会メンバーの任命権に基づき、客観的な判断に基づいて最適であると思われるメンバーを選出したと応答しておいた。まあ、確かに4人の内3人が幼馴染というのは少し偏りすぎている気はする。だが、他のクラスメートには、それを反対するほどの反対意思も対案も持ち合わせてはいないようであった。


 しかしまあ、中々評議会とやらの権限を強すぎず、だからといって弱すぎず保つことには苦労した。最初期に関しては実質この4人のほぼ独裁政治になってしまうだろうが……まあ、弾劾権などを全員に付与している時点で余地は与えている。序盤はともかく、20組国が発展して安定軌道に乗り始めたらまた状況は変わってくることだろう。


 まだまだ細かいところは適宜必要になってくるだろうが、それは手探りで作っていくしかあるまい。取りあえずは大まかな骨子だけを作っておいた。


「……ということで、私達からの大体の案はこんな感じです。まだ他に分からないことがあったら、いつでも私達に聞いてくださいね!」

「それじゃあ早速だが……手元の20組国基本法第二十四条、『この基本法は制定後に最初に国民となるであろう20組の生徒全員で投票を行い、3分の2以上の得票率の上、有効票における全員一致の賛成を得られた場合のみ制定される。なお、制定と公布は直ちに行われる。』に基づいて全員に投票を取ろうと思う。賛成か反対か、でな。それじゃあ分けるぞ」


 質疑応答も一通り終えた後。俺はそう言って、小さい紙きれをクラスメート全員に配布していった。無記名での匿名投票。20組国始めの一歩だ。


 5分程して、俺は再び全員から紙切れを集めてきた。もちろん、俺と鶴野やグレーテルとアルトを含めた38人全員分である。俺はそれを静かに開票し、賛成票と反対票の数を数えていく……


「……よし、開票終了。結果は……」


賛成……36

反対……0

白紙……2


 得票率は3分の2以上。有効票36票全員一致による賛成だ。可決である。


「ということで、20組国及び基本法は承認された。俺達はこのまま生徒会に20組国の成立を通告する。皆も、くれぐれも20組国への所属を宣言する国家申請を忘れないようにしてくれよな! それじゃあこれからもよろしく!」


 再びの沈黙。おい、鶴野の時はあんなに興味津々に彼女のことを眺めていたくせに、俺になった途端これかよ!


「私からもよろしくお願いします!」

「よーっ!」

「鶴野さん頑張って!」


 そして俺の後に立ちあがり、頭を下げる鶴野。そしてクラスメートからは労いの言葉が次々飛んでくる。最早俺は言葉すら失って、再び座席に座り込むのであった。


 近くでグレーテルが怒りの表情を示し、アルトが今にも笑い転げそうな顔をしていたのが見えたが、俺は特に反応しないことにしておいた。


「それじゃあ早速第1回の評議会は明日の放課後に開催します! 皆さんぜひ参加して20組国の実務に協力してくださいね! それじゃあ解散します」


 こうして、20組国は無事誕生の時を向けるのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます