第20話 20組警察発足!


―――PM6:50


「ただいま……」


 学生寮は3006号室。俺はその自動ドアを潜り、困憊したまま絞り出すような声を上げた。気を抜いたら今にも倒れそうだ。


「おかえりミドリ。……ってどうしたのそんなげっそりしちゃって!」

「いや、まあ色々あって……」


 俺がなぜここまで困憊しているのかというと、あのグレーテルとのハプニングキスの件やらもあったが、実はその後もう一悶着あったのだ。グレーテルの奴忠誠を誓うなんて言ってくれたのはいいが、なんと男子寮行きバスにまで堂々と同乗して俺についてこようとしたのである。


 いやいやいや、男しか乗っていないバスに女子が乗り込む時点でおかしいし。そのまま男子寮について来ようとするのも完全にアウトだ。グレーテルの見た目じゃ俺が完全に幼女誘拐犯にしか見えないのである。


 俺は何とか彼女を説得し、そこで別れることで一件落着したのだが……中々に労力を強いられてしまった。主に精神面のダメージもすごい。中々周りの視線も痛かったからな。


「色々ねぇ」

「そう、お前の妹に会ったよ」


 アルトは相変わらず机に座って、自分のパソコンをいじっていたようだった。ああ、あのグレーテルが、アルトと重なって、さっきのキスシーンが補正される。いかん、どうも最高に疲れているようだ。


 俺が妹というワードを出すと、奴は心配そうな表情をふっと何かを悟ったような表情に替え、目を泳がせた。

 

「あー……どうだった? 元気してた?」

「ああ、元気すぎるくらいだった。どうやら気に入られたらしい。俺を主君にしてくれたよ」

「ミドリを君主だって? あっははは! 本当に!? ひ―最高!」

「おい、そこまで笑うことはねえだろ」

「えぇー、だって天然パーマが君主だなんて……はははは、あーおかしい!」


 奴は机をたたいてゲラゲラと笑い転げている。おいおい、俺はそんな余裕のある状態じゃないんだぜ……


 俺は出来る限りの鋭さでアルトの方を睨みつけてやった。


「はは……ごめんごめん。あの極度の時代劇オタクがやりそうなことだね。気に入られたならよかったじゃないか。あいつ、中学の魔法適性テストも攻撃防御両方最高のSランク、部活動も剣道部で全国大会に出てたらしいからね。おまけに成績もトップだったみたいだし……もしかしたら、ミドリが言ってた警察組織のリーダーにもってこいなんじゃない?」

「はぁーどうりでお強い訳だ。もちろんもう打診したよ。即答でオーケーだと」

「さっすがミドリ。ちゃっかりしてるね」


 皮肉いっぱいのアルトの口調。いつもの俺ならもう2言は言い返せたのだが、状況が状況だった俺はそのまま部屋を後にしたのだった。


―――同日 PM8:45


 あれから、なんとか睡眠欲を食欲で抑え込み、俺はすぐに食堂へと夕食を摂りに行った。そしてそのまま風呂にも入り、なんとか先ほどの疲労を癒すことができた。つい何度か浴槽で意識を失いそうになったのは内緒のことである。


 俺は、風呂から再び3006号室の前に戻ってきていた。エヴリスウォッチをドアのところにかざすと、それを認識して自動ドアが開く。


「はぁ、ただいま……ひょっ?」


 しかし目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。可憐な女子が2人、俺の部屋に入り込んでいる。俺は思わず変な声をあげてしまった。一瞬、疲労のあまり寮を間違えたのかと勘違いしてしまったのだ。いや、しかしここは確実に男子寮の3006号室だし、奥ではアルトが苦笑いでこっちに手を振っているのが見えた。


「あ、おかえりミドリ君!」

「緑風殿! お待ちしておりましたのじゃ!」

「鶴野にグレーテル……? どうしてここに」


鶴野は二段ベッドに腰かけ、グレーテルは俺を見るや否や玄関に飛び出して来た。俺は思わずこの状況の説明を乞う。


「えへへ、私、実はグレーテルちゃんと相部屋だったんだ。グレーテルちゃんがあまりにもミドリ君の話ばっかりするから、来ちゃった。別に規制とかは無いみたいだったから……」

「ささ、緑風殿、儂になんなりとお申し付け頂きたいのじゃ。マッサージでも、給仕でも、なんでも致しますのじゃ」

「お、おう……」


 目の前下方ではグレーテルがつぶらな瞳で俺の顔を見つめてくる。俺はとりあえず部屋に入り、自分の椅子へと座った。


「緑風殿! ささ!」

「う、う~ん……」


 それでもなお付いて来て俺の目の前に跪くグレーテル。俺が口ごもると、更にキラキラした眼差しで首をかしげてくる始末。ストレートロングの綺麗な金髪がふわりと揺れる。いつもはツインテールに纏めているが今は下ろしてしまったようだ。


 また切腹なんて言いだされると困る。そう思った俺は軽い注文を一つ頼んでみることにした。


「じゃ、じゃあ佐東さん」

「そんな呼び方は不要じゃ。グレーテルと呼んでいただけぬか?」

「あ、ああ、じゃあグレーテル。牛乳を一本貰おうか」

「ははっ! かしこまりましたのじゃ!」


 呼び方まで注意される俺。俺が注文に成功すると、グレーテルは喜々とした足取りでキッチンへ消えていった。そして、俺の前にはあっという間に冷たい牛乳が差し出された。


「どうぞ!」

「おう、ありがとう」


俺はグレーテルに差し出された牛乳を一気に飲み干した。キーンと冷たい牛乳が一気に体の中に流れ込み、火照った体を冷やしていく。心なしか、さっきまでぼんやりしていたはっきりしてきたようにも感じた。


「いよっ! ミドリったら良い飲みっぷり!」

「っぱぁー……やっぱり牛乳は風呂上がりに限るねぃ。そうだな、せっかく4人が集まったなら、作戦会議でもしようか。これからも、この4人がこの20組の中心となっていかないといけないだろうしな」

「作戦会議……なんだか中学校の生徒会を思い出すなぁ……」


 そこで、鶴野がふと回想に入ったような表情にを示した。彼女の着用するのは、いかにも女子力の高いふわふわしたパジャマを着用していた。全体は薄い青地で所々にモコモコした袖だとかヒラヒラだとかがついている。そして胸元も緩い。うーん……少し目のやり場に困ってしまう。奴に胸があまりなくて助かったかもしれない。


「そうじゃな。出来れば緑風殿、その、先ほどの警察組織とやらについてもう一度お聞かせ願えないかの?」


 一方のグレーテルは、堂々たる学校支給のジャージ姿だった。藍色の下地でエヴリス校章が胸の辺りにワンポイントで添えられた上着、そして同色に白いラインが数本入ったズボン。まあ割かしスタイリッシュではある。ちなみに、俺やアルトも同じジャージを着ている。ただ、グレーテルに至ってはそんな恰好で更にあぐらをかいて床に座っているものだから、何だか女子力の不足に惜しい気持ちもあることは間違いない。いや、逆にむしろ俺やアルトなんかよりもよっぽど男らしさがあるようにも感じてしまう。


「ああ分かった。まあ警察組織とは言っても、規模はそう大きくない。グレーテルを含めて10人くらいを選出して、各クラスメートの防護や、昼休み、放課後の軽いパトロールをやってもらうつもりさ。たぶんそれだけでも十分効果はあると思う。実際の人選は、グレーテルに任せるよ」

「できたら私も手伝うよ! グレーテルちゃん!」

「鶴野殿! それなら儂がその『20組警察』長官、鶴野殿が副長官ということでどうじゃ? 鶴野殿にも警察員の半数を用いてパトロールに当たってもらうのじゃ」

「もちろん! いいよねミドリ君?」

「えっ? ああ、まあ……クラス長の方に影響がなければいいと思うぜ」

「やったぁ!」


 嬉しそうにグレーテルとハグを交す鶴野。まあ当初の方針とはちょっと違うが……まあ代表というわけでもないし鶴野の力を借りるのは有効だ。べつにいいんじゃなかろうか。


「よーし、20組警察発足だね! そうと決まったら詳しい規則とかを決めていかなくちゃ」

「そうじゃな鶴野殿! 厳しい局中法度は警察に必要不可欠じゃからな」


 そんなこんなで早速相談を始める2人。やる気に満ち満ちていて何よりである。


「まあ、僕達は遠目で見ることにしようね、ミドリ?」

「う。まあ、俺とアルトは守られる側に徹するとしよう。鶴野、グレーテルどうかクラスメートの安全のため、頼んだぜ」

「うん! ミドリ君!」

「のじゃ!」


こうして、その後俺達は、20組警察の規則やら人選やらを下らないお喋りを交えて延々と続けていった。そして日付も変わる頃、鶴野とグレーテルは自分の寮へと帰っていったのであった。


―――


 グレーテルをリーダーとした、20組警察の結成は、多大なる功績を挙げた。グレーテルは、20組の中でも魔法センスの高いものを10名ほど抜擢し、鶴野を副長官に添えて、20組クラスメートの警備やパトロールを行ったのだ。その頻度はほぼ毎休み時間に、放課後毎日である。報酬はエリス狩りを倒して得たエリス全額。まあ悪い話じゃあない。


 これによってエリス狩りは次々と返り討ちに遭い、グレーテル・サトウと鶴野彩華という最強の魔法使いの名が広まると共に、エリス狩りの被害件数は激減していった。再び、第2校舎には、あの歪んだ平和が戻っていったのである。


そして6月。国家申請とともに、第2校舎は一気に戦乱の渦中へと突入していくこととなる!



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