第19話 最強の武官 (後編)


 恐る恐る目を開ける俺。するとすぐ目の前には俺の前に立ちはだかるようにして1人の少女が立っていた。


「……サ……佐東サトウさん?」


 140センチあるかないかの低い身長に艶やかな金髪のツインテール。間違いない、グレーテル・サトウ佐東彼女だ。一体いつの間に俺の背後から前面へと移動したのだろうか。


 しかしそんな疑惑もすぐに取り払われてしまった。彼女の両手には巨大な青い剣が交差して煌めいていたのだ。よく見ると、それは巨大な氷で形成されていた。ふわりふわりと白い冷気が剣の周りを漂っているのが分かる。ま、まさかその剣でさっきの間接攻撃魔法を防いでくれたっていうのか?


「ふぅ……ランクAの攻撃魔法にしては大したことないのう」

「な……何だお前は⁉」

「ふふふ。グレーテル・サトウ……お主らのような不埒な輩に制裁を下す者じゃよ!」


言い終えるや否や男3人に向かって駆けだすグレーテル。小さな体を活かしてか、素早い動きで一気に男たちへの距離を詰めていく。


「せいっ!」

「……なっ、ぎゃあああっ!」


 あまりの素早さ、そして早業。瞬きする間すら与えず、グレーテルは鋭い剣さばきで男3人を次々と切り捨てていった。まるでダンスを踊るかのような、1メートルを越す剣を持っているとは思えない俊敏な動き。男たちは抵抗する暇さえ与えられない。俺は思わず言葉すらつぐんで傍に立ち尽くすだけだ。


 どさりどさりと、鈍い音が3度繰り返す。あっという間に、彼女の足元には、魔法に被弾して戦闘不能の気絶状態に陥った屈強な男3人が転がった。


「……ふん。ひぃふぅみぃ、2300エリスか。3人合わせてもたいしたことないのう」


 俺はその光景と、さらにはグレーテルの見た目と声に全くマッチしない口調にぽかんとしてしまった。ってか、さっきと人格が変わってないか? さっきまでは必死に俺に声をかけてきていた何の変哲も無い可憐な少女だったのに……


「こ、これは……君は一体?」

「……ああ。黙っていて申し訳なかった。儂はこう見えても攻撃防御共にランクSの魔法使いでな」


彼女は自分のウォッチをチェックし終えると、こちらに向き直った。な、なんだって? ランクダブルS⁉ そんな、そんな話は初めて聞いたぞ……?


「緑風殿。先ほどのクラスメートのために身体を張る勇士、とくと見させてもらったぞ」


 彼女は青い氷剣を持ったまま、こちらに歩いてくる。あの剣……大きさといい、あふれ出るエネルギーといい、間違いない、最大クラスの直接攻撃魔法だ。しかも、氷属性の。それを二本同時に展開しているなんて……確かに、ランクSの超上級魔法使いというのもあながち間違いではなさそうだ。 ……まあ取りあえずは一度その物騒なものをしまってもらいたいものだが。


「あ、ああ、まあ……クラス長としては、クラスメートを助けるのは当然じゃないか……?」


 俺は未だに頭の中の整理がつかない。ショックのあまり、つい2、3歩後ずさってしまった。


「……おおおおおおっ! その正義感! 度胸! 度量! 儂は感激したのじゃ! 緑風殿がクラス長に就任なされた時からずっとこの方なら儂の理想を叶えてくれるものと期待しておったが……やはり間違いではなかった! 緑風殿、是非儂の君主になってはくれぬか!?」

「へ?」


 しかし、彼女の次の行動は俺の予想を三周りは通り越していた。彼女は両手に展開したアイスソードをしまい、そのまま俺に向かって跪いたのである。そして、更に俺にキラキラとした視線を放り投げてくる。俺は、状況が飲み込めずにますます目を丸くした。君主だって? いったいどういう風の吹き回しだ? そしてそれをアルトとそっくりな顔で言ってくるのがまたタチが悪い。なんだか複雑な気持ちになる。


「く、君主……? どういう……」

「いやあ、儂は以前より君主の器を持った者に仕えたいと思っておってな。じゃが、この学園といったら、どいつもこいつも兄上のようなひょろい男子ばかり。しかもエリスを狙って賊までやっているときた。じゃから、君主探しがてらに、腕試しも兼ねて賊狩りをやっておったのじゃ。さあ、緑風殿。儂を忠臣として認めてはくれぬか?」


 なるほど、近頃義賊が回っているというのは、彼女のことだったのか。その可憐な見た目を使ってエリス狩りの連中をおびき寄せ、逆に狩る。確かにこの見た目だけ見たらまさかランクSの超上級魔法使いだとは夢にも思うまい。まるで花カマキリだな。ってそんなことを言っている場合ではない。さてどうするか……


「そ、そうだな……分かった。まあ上下関係はともかく、仲良くしようじゃないか」

「ほ、本当に!? やったぁ! 嬉しい!」


 そう言うと、彼女は突然さっきまでの口調を放棄し、小さい体で俺に抱き付いてきたではないか。ツインテールがふわりと舞い、俺に花束のようないい香りを届ける。瞬間俺の血圧が、一瞬にして50は高まった。


「うわわっ! や、やめろっ! あとキャラが崩れてるぞ!」

「はっ!?」


 彼女ははっとしたような顔をし、そそくさと俺から離れて、再び跪いた。少し頬が赤く染まっている。


「ははっ! こ、これはつい感激のあまり……ご無礼申し上げたのじゃ! 何卒、儂を攻撃魔法で罰してほしいのじゃ!」

「いやいや、いいさ。第一俺は、攻撃魔法のライセンスを持っていないんでね」

「緑風殿……その深き器量……儂、感激の極みなのじゃ……!」


 グレーテルは少し涙ぐんだ顔でこちらを凝視してくる。いや、そこまですることは無いだろう。突然のことについ拒絶してしまったが、そもそも女の子に抱き付かれて嫌な思いをする男子の方が少ない。というかそれぐらいで攻撃魔法で罰しろだなんて、中々物騒な女子だ。


「しかし、儂も武士たるもの、無礼には罰を持ってせねば収まらぬのじゃ! いざ切腹を!」

「わあああああ! やめろ! やめるんだ!!」


 しかし、彼女は突然さっきのビームソードを右手に展開し、それを自分の腹につきたてようとした。一体自分で自分の魔法を受けるとどうなるのか、まだ見当もついていない。しかし、とにかく俺はそれを止めようと彼女の右手首を抑えた。


「うわっ」


そして俺は、その華奢な腕からは想像できない力で、グレーテルの方へ引っ張られてしまった。思わず避けようとした俺は、バランスを崩してグレーテルの方へ引き込まれてしまう。


「!?」


 そしてあろうことか、俺の左腕は彼女を抱き込み、更に俺の唇はグレーテルの唇へと一直線に吸い込まれていった。


 まさかのハプニング接吻。一瞬空気が凍る。


「はっ! すまん! 悪気はなかったんだ!!」


 俺は飛びあがるように彼女を離し、後ろに引き下がった。なんてこった、俺のファーストキスがこんなよく分からないシチュエーションで使われてしまうとは。しかも相手はアルトそっくり! どことなく嬉しいような気持ちと残念な気持ちが共存する。


「は、はわわ……」


 一方のグレーテルの方は、剣をしまい、思わず口を手で押さえているようだった。放心して眼を見開き、顔はさっき以上に真っ赤に染まっている。


「み、緑風殿と……わ、儂……儂……」

「本当にすまなかった! なんならこの場で俺を切り倒してくれ! 責任は」

「か、感激なのじゃ!!」

「とる?」


俺はつい語尾を変に出してしまった。


「儂の初めての接吻を主君殿と交せるとは、光栄の極み! 是非、この責任はとらせていただくのじゃ! 緑風殿!」


なんと、怒るどころか喜んでいる。なんて女子だ。


「と、言いますと?」

「儂が緑風殿に十分の忠義を尽くし、そして、十分な齢に達したら……その……儂を、妻として差し上げるのじゃ!」

「な、なんだって!?」


 グレーテルは真っ赤な顔で、上目遣いで俺の目を真っ直ぐ見つめている。俺は予想の斜め上を行く答えに、つい抑揚もつかない声を上げてしまった。つかそこまでいくか。まあ確かに嬉し無い訳じゃあないが……惜しい! それをアルトの顔で言ってくるのが非常に惜しい!


「……儂では、器が足りぬかの……」


 ただただ戸惑う俺。それを見て、彼女は見る見るうちにしぼんでいく。目の周りには何やら光るものまで見え始めているじゃないか。待て待て待て待て、そこで泣かれたら罪悪感が半端じゃすまない! 流石に妻がどうとまでは言いきれないが、それ以外に関してはいったん了承しておくことにしよう。


 そんなことより……これはチャンスじゃないか? 例の警察組織のリーダーを探し回っていた身である。もしかしたら、このグレーテルこそ適任なんじゃあなかろうか。


「いや、まあ妻の件はともかく、その他に関しては承諾しよう」

「本当か!?」

「その代わりと言っては何だが……」


 また抱き着く体制になった彼女を牽制しつつ、俺は本題に入った。


「今、エリス狩りが頻発しているのは知っていると思うが、出来ればそれを取り締まる、20組の警察組織のリーダーになって欲しいんだ」

「ほう? 詳しくお聞かせ願いたいのじゃ」


 俺は警察組織の概要を詳しく話していった。もちろん、グレーテルのような強く、かつ誠実なリーダーが必要だということも。


「……なるほど、賊を取り締まる、いわば新撰組というところか……流石は緑風殿、考えが常人を逸しておられるのじゃ! この佐東グレーテル、拙ながら、緑風殿のために全力を尽くさせていただくのじゃ」


 そう言って、彼女は再び頭を垂れた。


「分かった。ありがとう。さて、そろそろ行こうか。終バスが近い」

「心得たのじゃ」


 俺たちは、未だ転がるエリス狩り達を取りあえず校舎にもたれさせて、第2校舎を後にするのであった。


 こうしてまた1人、この興国記の一端を担う仲間が、俺たちに加わるのだった。

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