第18話 最強の武官 (前編)


―――5月19日(火) PM5:30


 さて、魔法が解禁されてからというもの、第2校舎の様相は一気に物騒になっていった。俺の予想通り、点数の足りない者が、次々と魔法を使ってのエリス狩りを始めたのだ。20組ではまだ大規模な戦闘は起こっていなかったが、他クラスでは次々と戦闘が始まっていた。既にクラス長の手に負えなくなってしまったクラスもあるようだ。逆に、クラス長が強者数名を集めて圧力をかけ始めたところまでもあるという。全く、同じクラス長の風上にも置けないな。


 大規模な戦闘は起こっていないといっても、20組にもその魔の手は伸び始めていた。先週末頃には初めてクラスメート同士による1対1の魔法戦闘が発生し、今週に入ると、他クラス生徒からの襲撃や、クラス内戦闘が頻発し始めた。まあ最近エリス狩りを逆に撃退する、義賊のような輩もいるらしいのだが、正体は不明だ。とにかく、クラス長として、いい加減具体的な策を撃たねばならない頃間と思う。


 以前鶴野に話した通り、俺は警察組織の結成を具体的な視野に入れ始めていた。もちろん、圧力をかけるための組織ではなく、あくまでクラスメートの安全を確保するための組織だ。鶴野はもちろんのこと、アルトに関しても応諾。出来るだけ早く結成すべきという結論に至った。


 だがしかし、やはり問題は強力なリーダーの必要性だった。鶴野はまあまあ適役だとも思うが、少し優しさが勝りすぎている。以前エリス狩りを倒しておいてそのままエリスを返してやるなんて場面も見受けられたし、あれでは警察組織の腐敗を防ぐには厳しいところがあるだろう。そして何より彼女の万能性は、クラス傘下の組織の長ではなく、クラスそのものの長として他のところに生かしてほしいところだ。誠実で頑強かつ強者。そんな人物、どこかに落ちていないものか。


 俺はそんなことをつらつらと考えながら、無人の校舎北棟内を東棟に向かって歩いていた。というのも日直で少し帰りが遅くなってしまったのと、西棟1階の理科室にノートを忘れたので、一度取りに行っていたのだ。


 校舎の中には赤い夕日の光が斜めに差し込み、少し幻想的な雰囲気を醸し出している。響くのは一人分、俺の足音だけ。ここまで無人な校舎は妙に不気味な感覚を俺に感じさせてくれるものだ。


 鶴野もアルトも先に帰ってしまった。今は一人だ。まてよ、このシチュエーション、エリス狩りの格好の獲物なんじゃないか? ここまで人がいないのも不自然だし……もしかしたらどこかで待ち伏せでもされているかもしれない。しまった、今のうちにエリスを点数に戻して確保しておくか……?


 俺は思わずエヴリスウォッチに手をかける。しかしその瞬間、何やら体育館と北棟の間の辺りから、声が聞こえてきた。


「おい、大人しくしろ!」

「へへへ、そのままにしてりゃ痛くはしねぇぜ」

「や、やめてください……」

「……?」


 野太い男の声2、3人分に、か弱い女子の声が交差する。女子の方はまるで怯えきってしまっているようだ。も、もしかしてこれは……エリス狩り⁉


 俺はとにかく現場をこっそり伺ってみることにした。北棟の体育館側出口、体育館と北棟間の渡り廊下の入り口から、俺はそっと声がする方を覗く。すると、3人の屈強そうな男子生徒が、北棟校舎の壁際に背の小さな女子生徒を追い詰めているのが見えた。


 俺はその女子生徒に見覚えがあった。金の長髪をツインテールに結い、横顔はあのショタハーフ野郎にそっくり……そう、アルトの双子の妹、グレーテル・サトウじゃないか! 


「ぐ……」


 俺は一度顔を引っこめ、思わず歯ぎしりした。まずいな、あんな小さくて可憐な少女が男3人相手では、勝ち目もないだろう。とはいえクラス長として、クラスメートを見捨てることもできまい。


 今は良くても後々俺の責任感や罪悪感とかいう奴がいつまでも俺の心を突っついてくることにもなりかねないのだ。いくら鶴野の魔法レッスンを受けたとは言っても、そんな3人相手に太刀打ちできるような自信は無い。ええい、良い策は無いか。何とか俺だけであのグレーテル・サトウを救う手は……


「エリスは頂くぜ! 間接攻撃魔法(小)!」


しかし、俺が何か手を考える間もなく、男子生徒数人は魔法の詠唱を始めた。まずい、もうこうなったら一か八かだ!


「やめろ!」

「……ん、何だ?」


 俺はつい校舎の陰から飛び出した。俺はそのまま、エリス狩りの男子生徒とサトウの間へと駆ける。それに驚いたのか、男子生徒は一度攻撃魔法を引っこめてしまった。右手の辺りに展開されていた魔法陣が解除され、青い光が収束していく。


「あ? 誰だお前は?」

「あ、貴方は……クラス長の……緑風君?」

「ああそうだ。俺は20組クラス長の緑風だ。彼女は20組のクラスメートでね。クラス長として、不当な暴力でエリスを奪おうとするような真似はやめてもらおうか」


 そう言いながらも、俺の声と身体は軽く震えていた。目の前の男三人の威圧感は想像を2周りも逸している。俺の心内にある正義感と、これからエリスを搾り取られるのかという恐怖が互いにぶつかり合っているのだ。


「ハァ? まじかよこいつ震えてやがるぜ! 正義のヒーローでも気取ったつもりかよ!」

「ギャハハハハ」


 前の男3人はあざ笑うような笑みで校舎裏を満たした。


「この攻撃魔法ランクAの実力を持つ24組の高木に勝てるとでも思ってんのか?」

「防御魔法はランクCだけどな」

「うっせー余計なことは言わなくていいんだよ!」


 ぐ、ランクAだと……? 参ったな、ランクDでしかも防御魔法しか使えない俺がランクAの生徒を相手にするなんて無理だ。しかも1対1ならまだしも、相手は3人。まず勝ち目なんてない。


「く……」

「そ、そんな、緑風君……私なんかのために……」

「いや、いいんだ……これがクラス長の務めだからな……佐東サトウさん、俺が防御魔法で精一杯奴らの魔法を防ぐから、その隙に逃げてくれ」

「緑風君……」


 か細い声で俺の名を呼ぶ彼女。俺の足はもう震えで一杯だ。冷や汗が全身から吹き出し、緊張で胸が張り裂けそうである。


「ふん、気に食わねえ奴だ。まずはお前からエリスを搾り取ってやるよ! 間接攻撃魔法(中)」


 高木と名乗った先頭の男子が臨戦態勢に入る。その瞬間、彼の手元には先ほどよりも巨大な魔法陣が開き、そこから1ランク上の強力な間接攻撃魔法を放とうとする。魔法陣の周りに渦巻く鋭い空気の渦。どうやら奴は風属性の魔法使いらしい。

く、中ランクの魔法なんて……防ぎきれるか⁉


「防御魔法(小)! 佐東さん、逃げてくれ!」

「……クク……先ほどの言葉、しかと聞かせてもらったぞ……」


 そこで聞こえる変な口調の女子の声。それは背後から、グレーテル・サトウの声である。ん? なんだ? しかと聞かせてもらったって……  


「死ねぇ!」


 しかし、そこで高木は風の光球を放った。それはびゅんびゅんと鋭い風切り音をうならせて、俺の元へ凄まじいスピードで飛び込んでくる。


「ぐっ!」


 俺は目を閉じた。防御魔法はその瞬間完成し、薄い丸盾で自らの身体を守ろうとする。俺は、来たるべき衝撃に備えて、歯を一度強く喰いしばった。


 炸裂する爆音。凄まじい風と土煙が俺の全身をひっかいていく。


「ぐ……?」


 しかし、俺の盾に衝撃は伝わってはこなかった。ゆっくり眼を開くと、目の前には展開されたままの丸くて青い防御魔法。


 俺は一瞬何が起きたのかわからなかった。俺に向かっていたあの間接攻撃魔法はどこへ行ったんだ? まさか、外れたという訳でもないだろう。明らかに俺めがけて一直線に飛んできていたんだ。一体、何が起こったんだ……?


そんな疑問が一気に頭の中に氾濫していく。しかし、それらの答えはすぐ俺の目の前にあった。


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