第17話 暗闇のセカンドコンタクト


 別に同クラスな訳でもないし、助けに行こうとしたところで返り討ちに遭う可能性は十分に高い。さっきは鶴野のことを必死を止めていたくせに、矛盾しているのは分かりきっている。


 だが、先ほどの占いのせいだろうか。俺の興味は完全にあの白銀の女子生徒へと向けられてしまっていた。俺達と並ぶもう一人の君主……名前はキョウコ・エレーナ・フォン・スズキ=ラインヘルツ。苗字に貴族号までついた恐らく由緒正しい人物である。出来ることならば、また一度接触してみたいとも思う。一体どんな人物なのか……この目で確かめてみたかったのだ。


 俺は夜の道をそそくさと横切っていった。街灯もそこまで多くない外縁地帯である。そこでは西洋風のレンガ造りな建物が鬱蒼と聳え、何となくゴーストタウンのような不気味な闇が辺り一帯を覆っているようにも思えた。

 俺は、そのまま速足でさっきラインヘルツと男5人が入っていった路地へと突入していく。


「……!」


 しかし俺は、そこで予想外の光景を目撃することとなった。


 街灯も無い暗くて細い路地裏。幅も3メートルほどしかなく、隣にある飲食店から出るゴミ箱なんかが置かれて清潔には程遠い通路。はるか向こうに、街の明かりと思われる光がキラキラと瞬いているのが見える。


 そして、そこには何か大きなものが5つ、転がっていた。人だ。先ほどラインヘルツを追って路地裏に入っていったあの男子生徒5人が、見事に気絶して路地裏に転がっているのである。傷は一つもない。恐らく魔法への被弾による気絶だろう。


「……こ、これは……」

「君は……?」


 すると、路地の奥から何か透き通った声が響いてきた。ガラスのように透明で、そしてナイフのように鋭い真っ直ぐな声。合わせて、その声の主も、微かな光の中にその特異な姿を現す。


「どこかで見た顔だな」

「……入学式の朝のバスで一度会ったからな」

「ああ、あの時の」


 闇の中に浮かぶ銀の髪。真っ白な顔の更に中央には、深紅の瞳が妖しげな光を俺に投げかけてくる。まるで闇の中の悪魔と対峙しているような感覚。鋭い緊張感が俺の全身をぴりぴりと撫でまわしていくのが分かる。恐怖とも言えない不思議な不快感が俺を襲っているのだ。こいつ、やはり唯者ではない……俺は、そんな心情を抱かざるを得ない。


「何の用かな? 君も私をつけ狙うこいつらの一味なのか?」

「いやいや、俺は……この5人は、君がやったのか?」

「ああそうだ。執拗に私をつけ狙う割には大したことはなかったよ」


 白い顔に浮かぶ微笑。それと共に赤い瞳がきらりと輝いたようにも感じた。


 な、なんてこった、俺がレストランから出て路地裏に入るまで十数秒しか無かったはずだぞ? しかも争うような物音なんて一切感じなかった。ってことはもっと早く決着をつけていたことになるだろう。5人を相手にたった数秒で全滅させただと? こ、こいつ……もしかしたら相当な魔法の使い手なんじゃ……


「な……」

「何だ。用がないのなら失礼させてもらうぞ」


 俺は言葉を見出すことが出来なかった。自分で来ておいて話すことを考えていなかったのだ。いや、彼女の放つ異様な緊張感が俺に口を開かせなかったのかもしれない。

 彼女はそのまま振り返り、路地の奥へと入っていこうとした。暗闇に、銀の長髪がふわりと揺れる。


「……ああ、そうだ」


 茫然と立ち尽くす俺。しかし彼女は何かを思いついたように一度また俺の方へと振り返った。再び紅い瞳が俺の顔を捉え、まるで動きを封じられてしまったかのように身体が硬直する。


「以前、君は言っていたな。人を制すのは言葉であると」

「……ああ、だから、どうしたんだ?」

「悪いが……私はそうは思わない。人を制すのは、力だ。それも恐怖と崇拝をも呼び起こす絶対的な力……それを持って初めて人は人を制すことが出来るのだよ」


 彼女はその紅い目に鋭い野心の炎を宿しているように感じた。真っ直ぐ俺を突き刺して、そのまま抉り去ってしまうかのような鋭い視線。最早その視線は俺なんかを向いていないようにも見える。 

 だが、俺はその言葉に反抗した。


「それはどうかな……これまでの歴史からも、力で人を制して来た集団は全て崩壊を見てきたんだ。帝国も然り、王国も然り……結局、力による支配は不毛な争いしか生まなかったんだよ」

「ほう……? 中々面白いことを言う。だが勘違いするなよ君。歴史という物は学ぶものではない。作るものだ。私こそが力による支配の時代をこれから作っていくのだよ」


 何という野心、なんという自信。これだけ大きな口を叩いているはずなのに、その言葉の一つ一つが重い説得力を持ち、まるでそれが可能であるかのような、むしろ現実であるかのような印象を与えてくる。中二病なんかでは言い表せない偉大な何かがそこにはあるのだ。


「そのためにまずは、この学園から支配せねばな。そうだ君、名を聞いておこうか」

「ぐ……緑風。1年20組所属、緑風共助だ」

「緑風か……覚えておこう。ふふ。不思議なものだな。君とはまたいつかこんな風に対峙する時が来そうだ。その時、君が敵か味方かは分からないがね。はははは……」


 一瞬、また彼女の紅い瞳が光った気がした。ぞくりと俺の背筋を悪寒が駆け抜けていく。そして、彼女は高い笑いを路地に響かせながら、闇の中へと消えていくのであった。


――……


 結局、俺はあの後鶴野と再び合流し、学生寮へと戻っていった。

占いに出てきた二つの君主の対立……そしてあのアルビノの女子生徒……一体それらが今後どのように俺達の進路に現れてくるのか……


 後からアルトに聞いた話だが。例の占い婆は、このエヴリス学園にてまことしやかに囁かれる都市伝説の一つだったらしい。なんでも、エヴリス学園の中で名をはせる者たちの前に現れては、それを予言していくのだとか。もちろん全て当たるとは限らないが、それでもかなりの確率で婆が予想した未来は現実のものになるんだとか……オカルトの類はあまり信じる方ではないが、俺はその占いのことを、そしてラインヘルツとの対峙をいつまでも忘れられることは無かったのだった。


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