第16話 レストランで2人


――PM8:00


 さて、あんな怪しい占いを受けた俺達は、商店街を抜け、近くのレストランにて夕食を摂ることにした。ファミレスなんかよりも2ランクはレベルの高そうなレストラン。学生寮の食堂のようにテーブルには純白のクロスが引かれ、中央の蝋燭がこれまたロマンティックな雰囲気を醸している。辺りに動き回るのは正装をパリッと決めたウェイターばかり。一体この人たちはどこから雇われているのだろうか。


 しかも、見るたび見るたびメニューは1500エリスだとか3000エリスだとかそんなレベルのメニューばかりである。まあせっかく鶴野と2人街まで出た訳だし、たまには良いだろうということで来てみたのだ。


「お待たせいたしました。黒毛和牛のステーキ、天然塩とバジルを添えて、になります」

「わぁー、すごい!」


 そして、俺達の眼前には香ばしい焼き音を迸らせたままの分厚いステーキが運ばれてきた。それにあわせて、鶴野の瞳がキラキラと輝く。

 他にも、ローズマリーの香り漂うコンソメスープや、炙った高級豚肉を忍ばせた季節野菜のサラダ、更にはリンゴタタンまでがずらりと並んでいる。これでコース7000エリス。一端の高校生が嗜むような料理では到底ない。


「しかし、君主とはまたまさかの占いだったな」


 俺はそう言いながら、出来るだけ上品そうな手つきで目の前のステーキを切り、フォークで口へと運んでいった。途端、柔らかい肉から驚くほど旨みが凝縮された肉汁が溢れだす。あまりのおいしさに口の中がそのままとろけてしまいそうだ。ほっぺたが落ちるとは、こういうことを言うのだろうか。

 俺は更にステーキや他の料理を食べながら、話を進めていく。


「うん、いきなりそんなことを言われてもよく分からないよね……激しく争い合うだなんて……」

「ああ。他の星々をも導く大きな光、か……正に鶴野、お前のことじゃないか」

「えっ!? ど、どうして?」

「何言ってんだ。お前ほど人の前に立って皆を引っ張っていく才能に長けた奴は他にはいないだろ。俺やアルトだって、今まで鶴野には十分世話になってきたものだしな」


 俺はそう言いながらも、実はまた別の事柄に興味をそそられていた。俺達とぶつかり合うという相手……銀の髪を持つ学年主席……一体彼女は何者なのだろうか。入学式の時のスピーチからは、明らかに唯者ではない雰囲気が漂っていた。出来れば、もう一度話してみたい……


「そうかな……でもそれは私の周りにアルト君やミドリ君がいて支えてくれたからだし……だから、これからもよろしくね!」

「お、ああ、そうだな」


 そんな中ふと煌めく鶴野の笑顔。お洒落なレストランの雰囲気にマッチして、少しだけ大人びたかのような魅力を持って俺の目には飛び込んできた。俺は思わず照れ隠しに顔を反らし、何とか次の話題を奴に投げかける。


「まあしかし、それには目の前の課題をクリアしないといけないだろうよ」

「目の前の?」

「ああ」


 俺はそう言って、わざとらしく視線をレストランの外に移す。すると、そこでは夜の闇に紛れて2人の男子生徒が魔法戦闘を行っている様子が見えた。片方はひ弱そうな恐らくエリートタイプ、そしてもう片方は昼間俺達を襲ってきた奴のようなゴツくて頭の色がキンキラキンの男である。ひ弱そうな方は何とか相手の魔法をガードして何とかしようとしていたが、金髪男の威圧感には到底かなわない。結局、俺達が助けに行く間もなく決着はついてしまったようだった。ひ弱そうな方が金髪男の近接攻撃魔法を受け、気絶してしまったのである。


「あ、あれは……」

「まあ待て。もう行っても無駄だ」


 咄嗟に立ちあがろうとする鶴野。だが俺はあえてそれを制した。


「でも、今追い駆けないと……」

「今は耐えてくれ鶴野。まだ今日は魔法が解禁された初日だ。こんなはやくから目立って不用意な反撃を受けるのはよしたい」

「う……」


 複雑そうな表情の鶴野。あふれ出る正義感と自制心が相共にぶつかり合っているのだろうか。


「それに……実は俺に考えがある」

「考え?」

「ああ。魔法が解禁されたらきっとあんな人のエリスを狩る生徒が急増すると思ってな、4月の段階から少し考えておいたんだ。クラス長として」


 俺はそこでワイングラスに注がれた水を一杯飲んだ。もちろん、高校生の飲酒は法律違反だ。これだけ充実した設備でも、酒類だけは一切提供されていない。


「まあ、まだ構想の段階なんだが……20組の中に警察組織を作るんだ」

「け、警察を?」

「そう。エリスを狩る者達を狩る者達。休み時間にはパトロールなんかもしてもらって、暴力でエリスを奪おうとする輩がいないかを監視するんだ」

「なるほど……確かにそれなら、エリスを魔法の使えない人たちから奪うのを防止できるね」

「ああ。それで少なくともクラスメートの安全だけでも守りたい。そうじゃないと後々の国家申請なんかでも確実に悪影響が出るだろうからな。クラスメートにまでそんなエリスを奪う輩がいちゃあ団結もクソも無いぜ」

「うんうん! 流石ミドリ君、考えることが早いね。やっぱりミドリ君をクラス長に推薦しておいてよかったなぁ……」


 きらきらとした笑顔を俺に向けてくる鶴野。明るく煌めく高級レストランの光に照らされて、その魅力はいつもの数倍にも増しているようにも思える。

 実際、この鶴野に恋をしたことが無いのかと言われるとそれにはノーと答えざるを得ない。こんな可愛くて完璧な女子が近くにいれば、そりゃあその魅力に当てられて大抵の男は恋心を射抜かれてしまうものである。だが、彼女は完璧すぎた。その完璧さは、劣等感という矢を持って俺の恋心を破壊するに足ってしまったのだ。

 これが散々俺が色恋沙汰で鶴野を見ていないと言ってきた理由なのである。まあ、向こうがどう思っているのかは知るはずも無い訳だが。そこまで期待しているわけでもない。


「どうも……といいたいところだが、実はこの警察組織にはどうしても必要なものがあってな……」

「必要なもの……?」

「強力なリーダーだよ。まずエリスを狩る生徒……エリス狩りと呼ぶことにしよう。そいつらを倒すにはそれなりの強さが必要になる。下手な反撃すらも許さないような相当な強さがな。そしてこの警察組織の懸念事項は、警察をしている生徒自身がエリス狩りにも成り得るという点にある。腐敗し、組織というバックを持って集団的にエリスを狩る奴らになってしまったら元も子もないんだ。だから、そんな強さを持ちつつ、その上組織の腐敗を防げるようなカリスマ性を持った有能なリーダーが必要になるのさ」

「うーん……そのリーダーっていうのは、私じゃあ駄目なの?」


 流石、そこで自推を入れてくる鶴野である。まあ確かにあの魔法戦闘の強さなら任せられないことは無いと思うのだが……


「ああ、まあ……もちろん鶴野でも役目は果たせるとは思うんだが、できれば鶴野にはもっと様々なことをクラス長として俯瞰的にやってほしいところがある。それに、警察組織の長になるということはある程度の苛烈さも必要になってくるだろう。鶴野は少し優しすぎるな」

 

 俺はあくまで小さな笑みをこぼしながら、最後の言葉を鶴野に伝えた。それを受けて、それなりに鶴野は納得したように思う。


「……分かった。そのことに関してはミドリ君にお任せするね」

「おう。お任せされますよっと」


 そう言って、俺はステーキの最後の一かけらを口に放り込んだ。


「でも、ミドリ君がそんなに早くからクラスのことを考えてくれていたなんて……私もまだまだだなぁ」

「いやいや、そんなことはないさ。鶴野の方だって率先してクラスの皆と友達になろうとしたりしてクラスの団結を作ろうと頑張ってくれているじゃないか。残念ながら俺には出来ないことだぜ。まあ、しばらくは俺達は互いに役割分担をして出来ることをやっていこうじゃないか」

「……うん! ありがとうミドリ君」


 そこで再び満面の笑みを俺に投げかけてくる鶴野である。


「……それで……その……前からミドリ君に聞きたいことがあったんだけど……」


 すると、急に鶴野の雰囲気が変わった。頬を赤らめ、何か言葉を選ぶように話しかけてくる。何だ? どうしたんだろうか。


「聞きたいこと?」

「……うん……その……えっと……大したことじゃないんだけど……ミドリ君って、私のこと、どう思ってるのかなって……」

「どう思ってるって……」


 どうにも俺には鶴野の質問の意図が読み取れなかった。十年余り付き添ってきた幼馴染にどう思ってるなんて聞かれてもなぁ……


「……まあ、いい友達だと思ってるよ。可愛い上に万能のエリートだからな」

「……! そっか……」


 少し顔を暗くする鶴野である。心なしか、友達というワードに反応していた気もしないでもない。


「なんだ、じゃあお前の方はどうなんだよ」

「わ、私?」

「ああ、お前は俺のことをどう思ってるんだ?」

「そ、そんな……どうって言われても……」


 俺はからかうように奴に返答を返してやった。それを受けて妙に顔を真っ赤にして黙り込む鶴野。なんだよ、どうしたっていうんだ?


「……さっきみたいにクラス思いだし、一回やるって決めてくれたことは絶対に最後までやってくれるし、信頼できる人だと思うよ。だから……」

「だから?」

「だから……その……私……ミドリ君のことが……」


 顔を真っ赤にして、一言一言を絞り出すように紡いでいく彼女。俺は未だに彼女の表情に理由を察しえない。


「……!」


 しかしその時だった。俺の視界の隅に何かが映ったのである。

 窓の外、レストランの外の道端。すぐに視線を向ける。するとそこには、何時ぞや見たあの銀髪の少女が颯爽と歩んでいるのが見えた。


 いや、それだけじゃない。つけられている。彼女の後方から5人程の男子生徒がこっそりと忍び寄り、白銀の彼女の行く末を監視しているのだ。

 すると、銀髪の女子はすぐに建物の間の路地へと入っていってしまった。それを見計らったかのように、彼女をつけ狙っていた男子も路地裏へと喜々として消えていく。銀髪の少女といえば、入学式で挨拶を行ったあのラインヘルツ学年主席だ。彼女が大量に保有しているであろうエリスを狙ったのだろう。


「……ごめん、すぐ戻る」

「え、ミドリ君?」


俺は思わず立ち上がり、鶴野を置いたまま一度レストランを後にした。


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