第12話 ファーストバトル

―――PM0:45


 エヴリス学園の購買は、第2校舎正面玄関を出てすぐ南東に位置する売店棟に存在している。


 購買と言っても、わざわざそれなりの施設を一つ丸々設けているほどである。規模は普通の購買とは桁違い、有名ブランドのパン屋や文房具店、書店や食堂に更にはオリジナル制服の仕立て屋からデザイン工房などなど、様々な店が入って軽いショッピングモールのようになっていた。恐らく、デザイン工房なんかは国家申請後に共通のシンボル(例えば国旗とか)なんかを作る時に利用するんだろう。相変わらず十分以上の設備がそろっているものだ。


 そして、俺達は今正面玄関を出て一路売店棟へと向かおうとしているところだった。魔法解禁の初日にも関わらず、正面玄関前の至る所で魔法戦闘が始まっている。そこら中で間接攻撃魔法が飛び交い、直接攻撃魔法が火花を散らし、それらを防御魔法が弾き合う……中々に血の気の多い光景だ。今までテストの点数が思うように稼げなかった生徒としては、この魔法戦闘でエリスを奪えなければ死活問題なのである。公認の下剋上のチャンスといったところなのだろう。


「ありゃー。早速やってるみたいだね」

「うわ、こいつは急がないとまずそうだな」

「うん……ミドリ君! アルト君! 私と離れないでね!」


 そう言いながら、鶴野は颯爽と俺たちの前を駆けていく。一方の俺達は必死に鶴野の背中を追い駆けた。魔法のセンスが皆無なうえに魔力すら持っていないお荷物2人である。今は何とか鶴野に守ってもらわないと折角今までためてきたエリスがパーだ。


「よし……もうすぐだ……!」

「おいおい待ちなお前ら」


 売店棟に向かって一目散に駆けていく俺達。しかし、もうすぐ売店棟の入り口に辿り着くという時、目の前に3人の男子生徒が現れた。


「く、貴方たちは?」

「名乗るほどのもんでもねえさ。ちょいとエリスに困っててな。少しだけ分けてもらいたいと思ってよ」


 先頭に立つ男はねちっこい口調で俺達の方へと近寄って来た。こいつら、恐らく売店棟の前で待ち伏せでもしていやがったんだな……?


「悪いけど、貴方たちに分けてあげられるエリスは無いよ。通して」

「おいおいそうはいかねえな可愛いお嬢ちゃん。3人揃って大人しくエリスを俺達に支払いな。さもなくば……魔法ランクBの俺達が相手してやるよ。可愛い顔に傷がつくことになるぜ?」

「いよー! キザだねぇー!」

「お、だろ? だろ?」


 先頭の男子に、後ろに控える男子の1人茶々を入れる。正直めんどくさい。3人とも、ザ・スポーツマンとでもいうべき強面の体型。既に制服を改造し、黄色い頭をツンツンに尖らせていた。あれ、ここって私立のトップ高校じゃなかったのか? ってか大体お嬢ちゃんて……お前らも同い年だろうが。


 ちなみに、魔法ランクの人口比としてはDランクが最も多い。Cランクになると大体クラスに数人いるかいないか、Bランクになると100人から1000人に1人くらい、更にAランクだと1000人から10000人に1人の稀な才能となる。攻撃防御共にという話になると更にその頻度は十分の一程度まで落ちる。実はその上に最高のSランクというのもあるのだが……攻撃防御共にSランクというのは100万人に1人クラスのとてつもなく稀な天才ということになるらしい。全国の同級生を全て洗っても一人いるかいないかということになる訳だ。逆に言えばEランクというのも稀である。簡単に言えば、魔力がゼロにほぼ等しいんだからな。俺なんかだと本当に攻撃魔法が使えるのかすら怪しい。


とはいえ、ここは私立トップのハイレベル高校である。上級の魔法ランクを有する生徒が集まっていても不思議ではないといえばない。


「……どうする? 鶴野」

「あいつらタダではどいてくれそうじゃないよ?」

「ここは私に任せて。ミドリ君とアルト君は少し下がっててね」


 思ったより好戦的な鶴野。まあ心配ではあるが……俺達が完全にお荷物なのは言うまでもないことだ。ここはランクAの実力を有する鶴野の魔法に任せて、一度下がることにするか……?


「本当に大丈夫か? 鶴野」

「大丈夫。私を信じて」


 ちらりと俺の目を見る鶴野。その眼差しには、底知れぬ自信。そうだ、昔からこいつはそうだった。名家の生まれで、生まれ持ってのエリート。積極性に溢れ、俺の心配などよそに活躍をほしいままにしてきた。俺にある程度の劣等感まで植え付ける万能ぶりである。


「……ま、無理はすんなよ。何かあったら止めに入るからな」

「ありがとうミドリ君」


 それだけ言い残して、俺とアルトは少しその場から離れた。強面の男子生徒3人に、華奢な女子1人が真っ向から対立する。


「……ん、なんだ? あの2人は戦わねえのか?」

「必要ないよ。貴方たちには、私だけで十分」

「……はぁ? こいつマジかよ! 俺達に1人で立ち向かおうなんざ、舐められたもんじゃねえ――」

「……まずは1人目」

「――か?」


 へらへらした顔で先頭の男子が右後ろにいた男子に振り返った瞬間だった。鶴野がぼそり何かを呟き、手元を小さく光らせた。浮かぶのは複雑な幾何学的紋章。魔法陣とでも呼ぶべきだろうか。すると、そこから炎を纏った小さな球が凄まじいスピードで飛び出したのだ。

 先頭の男子が右後ろの男子に目を合わせた瞬間、火球は右後ろの男子に命中し、爆ぜた。


「ぐあああっ!」

「な、何だ⁉」


 右後ろの男子は成す術もなく数メートル吹き飛ばされ、そのまま気絶してしまった。あまりの突然の出来事に、俺も、前にいる残った男たちも何が起こったのか理解できない。な、何だ今のは? 今のが間接攻撃魔法? いや、それにしては速すぎる!


「……近接攻撃魔法(小)」


 そんなことを思う暇もなく、鶴野は再び右手に魔法陣を展開した。瞬間、そこから炎でできたような橙色の小型のナイフが召喚される。


「……2人目」

「なっ⁉」


 またまたあっという間の出来事だった。鶴野がナイフを召喚した瞬間、目の前の男子2人に向かって一気に突撃したのだ。未だ混乱に包まれる男子2人、反応は数歩遅れる。


「ぎゃあああっ!」


 次に響いたのは先頭の男子から左後ろの辺りにいた男子の悲鳴だった。ちなみに鶴野の中学校時代の部活は陸上である。しかも短距離走全国クラス。その瞬発力と俊足は並みのものではない。そんな速さで一気に間合いを詰めた鶴野は、盛大にその左後ろの男子を小型ナイフで切り捨てたのである。


「お、お前……何者だ⁉」

「20組女子クラス長の鶴野彩華。ランクはA。もし友達がいるなら教えてあげて。不当に人から暴力でエリスを奪おうとする人は許さないって」


 そう言って、真剣な顔で残った男子を睨む鶴野。悪を懲らしめ正義を貫く。こいつ、そういうことになると途端にこんな風に豹変するんだ。まあ、本人曰く特に意識をしているわけじゃないらしいんだが、もしこいつに悪なんて認定されたらたまったもんじゃあない。


「ぐ、う、うわああああっ! 間接攻撃魔法(小)!」


 すると戦闘にいた男子は軽く半狂乱になって間接攻撃魔法を乱打し始めた。彼の手元に青い魔法陣が浮かび、そこから雷でできたような小球が鶴野の元へ向かって数発飛んでいく。

 だが、その速さは鶴野の間接攻撃魔法の比ではなく遅かった。大きさも鶴野のものに比べれば半分以下しかない。


「……遅いよ!」


 鶴野が先頭の男に向かって間合いを詰める。間接攻撃魔法の雨に真っ向から向かっていく鶴野。しかし……


「防御魔法!」


 鶴野に小球が到達しそうになった寸前、鶴野は左腕に魔法陣を展開し、そのまま炎でできた小さなシールドを召喚した。そのシールドに弾かれて、男子生徒の間接攻撃魔法は次々に鋭く爆ぜて散っていく。


「ぎゃああっ!」


 勝負はあっという間についてしまった。間合いを完全に詰めた鶴野は、そのまま男子生徒を右手のナイフで一刀両断。断末魔と共に、彼は脆くもアスファルトの地面に転がった。

 鶴野の前には伸びた強面の男が3人。傷は無く、そのまま気絶している。魔法による攻撃は傷がつかないらしい。その代わりのペナルティがあのエリスの支払いと気絶ということになるのかな?


 ちなみに校内での魔法以外の他人への攻撃は厳禁とされている。そもそも魔法があればある程度の自衛はできるものの、暴力なんかで脅したりするのはまた学園の趣旨と変わってきてしまうのだろう。傷の残る形で復讐を挑まれないだけましなのかもしれない。


「……ふぅ。ランクBならこの程度かな」

「お、おま、強すぎだろ……」


 彼女に歩み寄る俺。あまりの圧倒ぶりに驚きを隠せない。おいおいこれじゃああの時心配したのは何だったんだよ……今のバトルを目撃した周りの生徒も数名、興味津々な目付きでこの美少女を眺めているようだった。


「すごーい! アヤちゃんカッコイイ!!」

「ありがとうアルト君。さ、ミドリ君もいこっ?」

「お、おう」


 そのままサラッと売店棟へ入っていこうとする鶴野。俺は未だ言葉を失ったまま、鶴野について行くことしかできない。


「あっ! そうだ」


 しかし、一度そこで鶴野が再びこちらへと振り返った。そのまま俺とアルトの横をすり抜け、アスファルトの上でのびる男子生徒達に向かって歩んでいく。そして、その近くで何やらエヴリスウォッチをいじりだした。何だ? 何やってるんだあいつは?


「どうしたんだ鶴野? まだ何かあるのか?」

「ううん。今のでこの人たちのエリスを奪っちゃったから返してあげようと思って」

「返す?」


 ああ、そういやそうだった。魔法戦闘で勝利するとエリスを相手から50%奪えるんだったな。だけど、わざわざ返してやるってのはどういう了見だ? 仕掛けてきたのはあくまで相手なのに。


「うん。別に私も奪おうと思ってこの人たちを倒したわけじゃないし……多分、エリスを奪おうとしてたのもあまり成績が良くなかったからなんじゃないかと思って」


 なるほどそういうことか。敵にまで情けをかけるとはなんて奴だ。相変わらず博愛的な思考に満ちている。俺にはそこまでの懐の深さは無いな……


「お待たせ、じゃあいこっか!」


 奴は奪ったエリスを3人に返し終わると、再び俺達の方へと戻って来た。相変わらず周りの生徒はこの強すぎる美少女への関心を削ぎ落すことが出来ないでいるらしい。



「……?」


 すると、俺はある1人の女子生徒と目があった。小さな身長、長い金髪をツインテールで纏めたハーフっぽい女の子。一際熱心な視線を俺達に向けているような……


 俺はそんな思いもともかく、鶴野とアルトと共に売店棟へと入っていくのだった。

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