5月期 最強の武官

第11話 魔法解禁


―――5月1日(金) AM8:30


 あれからひと月が経った。校舎の前に生えていた桜の木には葉が生え揃い、春という陽気な季節の終わりを静かにも告げようとしている頃。

 教室の中は朝のホームルーム前のざわざわとした喧騒に包まれていた。何となく、週末の倦怠感のような物が教室を覆っているようにも思える。毎日毎日エリスを稼ぐための勉強尽くしなのだ。モチベーションがあるからまだいいものの、流石に疲労がたまる。


 ぼちぼちクラスメート達も友人を作り始めたようで。いくつかのグループが教室内に散見されるようになってきた。一方の俺はと言うと、未だに鶴野とアルトの3人組で毎日を過ごしていた。まあ、まだこの2人がいれば十分だしな。


「確か……今日から魔法が解禁されるんだったよな?」



 俺は目の前にいるアルトと鶴野に向かってそう話しかけた。そう、今日は遂に魔法が解禁される日なのだ。高校生以上になると魔法の使用が許可される……それはもう数十年前に制定された魔術法の一部である。まあ、魔法を使うのにも魔法デバイスとか言うそれなりの機器やなんやらが必要だから、普通は高校生の内から魔法を使う機会があるなんてことはほとんど無いんだが。


「うん! 楽しみだよね!」

「いやあ、魔法まで使わせてくれるなんて、やっぱりエヴリス学園は一流だねぇ」

「うーん……そうなのか……?」


 キラキラとした笑顔を向けてくる鶴野に、好奇心を表情に溢れさせるアルト。しかし、一方俺の心中はそう明るいものではなかった。


「どうしたのミドリ君? 何か不安なことがあるの?」

「そうだよミドリ! 魔法じゃ天パは治せないからってそんな落ち込まなくてもいいじゃん」

「だから天パは関係ない! まあ、なんというか……」


 俺は心中を二人に吐露していった。確か入学式の時、生徒会長は魔法を使ってエリスを奪えるなんてことを言っていた。それはつまり、勉強が少し苦手で、今まで成績が思わしくなかった人たちが逆襲を始めるということになるんじゃないだろうか。この1カ月、成績優秀者と成績劣等者の間の溝は次第に深まっていくばかりなのだ。優秀者は優秀者、劣等者は劣等者だけで集まっていく。未だに俺がアルトや鶴野とばかりいるのも、そんな背景が無いこともないのである。このままじゃ、クラス内の団結は危ぶまれることになるんじゃないのか? すると6月の国家申請にも影響が出るんじゃあ……


「確かに……このままじゃクラス内で争いが起きてもおかしくないよね……」

「流石ミドリ、考えることが一歩先だねぇ。よっ、クラス長の鏡!」

「よせよアルト。心にも思ってないくせに」

「あ、ばれちゃった?」

「……」


 こいつ……やっぱり後で一度締めておこう。


「はい、皆さん席についてくださいね。ホームルームを始めますよ」


 そして、そんな教室には担任の先生が現れた。鋭い眼光と優しい口調が特徴的な野口先生である。俺はすぐにその場から離れ、自分の席についた。教室内の喧騒が収まり、柔らかい晩春の朝日が暖かく俺を包み込む。


「えー、今日から魔法が解禁されますね。皆さん、自分のウォッチを見てください」


 担任の野口先生が穏やかな口調で話す。それに合わせて、クラスの全員がウォッチに注目した。


「このMの欄のここをタップすると、魔法ライセンス発行の画面へと移ります。そこで値段のところをタップすれば、表示された価格と引き換えにライセンスを発行することができます。3種類の各魔法には小、中、大のランクがありますが、小ランクの魔法ライセンスを取得しないと、中、大ランクの魔法ライセンスは取得できないので注意してくださいね」


 俺はウォッチのデフォルト画面にあったMの項目をタップする。横に紋章が施されていたあの欄だ。

 すると、俺の画面がこう変化した。


間接攻撃魔法  防御魔法  直接攻撃魔法


小 2000E   2000E  2000E


中 10000E 10000E 10000E


大 50000E 50000E 50000E



 まだ小魔法のライセンスを取得していないので、中と大の項目は暗くなっている。魔法のランクは威力を現しているのだろうか。まあ俺には防御魔法くらいしか関係ないことだろう。


「それと、実際に魔法を使用する際には、購買等で販売している『魔力補充カード』を購入し、このウォッチにかざして魔力をチャージしないといけないので、それも注意するように。あと、この魔法は職員室周辺では使用不可です。もちろん授業時間中も使用できません。それではこのまま1限目を始めますね。皆さん準備してください」


そう言って、野口先生は数学の授業を開始した。俺はまた後で、魔法ライセンスを取ってみることにするのだった。



―――同日 PM0:30


「はい、じゃあ今日はここまでね」


 4限、国語の授業が終わった。小太りなおばさんの先生が、ドスドスと重そうな足取りで教壇から去っていく。それと同時に、教室内は魔法の話で持ちきりになった。先の休み時間からそうだったのだが、クラスメート全員が初めての魔法に興味津々だったのだ。


「やぁミドリ、もう魔法ライセンスは取ったのかい?」


 視界の下方から、早速アルトがひょっこりと顔を出した。おかしいな、俺はまだ席に座ったままなんだが。


「いや、まだだが、まあ防御魔法くらいは取っておこうかと思っていたところだ」

「ふふー、ミドリったら、魔法の才能めっきりだったもんねぇ。そりゃ攻撃魔法なんか持ってたってエリスの無駄だよねぇ」


 にやにやとアルトがやらしい口調で攻撃してくる。奴がそう言うのも、一応中学の終わりに、中学生の全員が魔法に対する適正検査を行ったのだ。攻撃魔法、防御魔法に分けて検査したのだが、見事に俺は、攻撃魔法に関しては最低ランクのE、防御魔法もギリギリのD判定を叩き出してしまった。まあそう言うアルトの方も両方D判定だったのだが。


「うるせっ、お前だってどっちもランクDだったろうが」

「いやぁ、ランクDとランクEには埋められない差というものがあると思うんだよねぇ」

「いやいやそんなことはないだろ……」

「あれ、2人とも、魔法の話?」


すると、俺がアルトに言葉を返そうとしたところで鶴野が割り込んできた。


「お。よう、鶴野」

「うわぁっ、出たよ魔法の鬼! 適性検査攻撃魔法防御魔法両方文句なしのランクA! やっぱり血の力は凄いなあ」

「やだなぁ、別に最高ランクだったわけじゃないし……」


 鶴野はそう言いながらも、満更でもなさそうな笑顔を浮かべている。

 血の力というのも、鶴野の両親が有名な魔法使いだったことによるのだ。その上、鶴野の一族は有力な政治家や学者までも数多く輩出してきた名家。エヴリス学園の卒業生も多数いるというエリート中のエリートなのである。


 更に、最近の研究結果では、魔法の才能というものは遺伝によるものが大きいのだとか。ライセンスや魔力の統制である程度の均質化は図られているのだろうが、まあどうしても才能の部分というものは魔法において重要な位置を占めてしまうのだ。武器を与えられても、使いこなせなければ意味がない。


「とはいっても、両方Aランクはお前だけだったろ? 十分凄いじゃないか」

「もー、そんなことないってば……」


鶴野は少し顔を赤くして満更でもなさそうな表情を残してくる。まったく、これだから常に褒められ慣れたエリートは違うぜ。


「あ、そうだ、アルト君もミドリ君も、今一緒にライセンス取ってみようよ」


 鶴野はそんな赤い顔を何とかもとに戻して、1つ提案した。


「そうだな、ちょうど俺も取ろうと思っていたんだ」

「もう最大クラスまで全部取っちゃう?」

「うーん。私も確かに点数に余裕はあるけど、全部は流石に早いんじゃないかな」


 補足としてだが、俺たち3人の総合順位は、鶴野が学年3位、俺は67位、アルトが64位だった。このクラスには2ケタ以上が今のところ4人しかおらず、俺より下は一気に300番台まで飛んでいるらしい。まあ、つまり偶然にも俺たちはクラスのトップ層の集まりだったってことだ。まあ、エリスを狙う輩としては、格好の標的でもあるな。


「鶴野の言う通りだ。俺は防御魔法を小ランクだけ取得しておくよ」

「ま、それ以上は持ってても無駄だしね」

「まだ言うかお前」

「まあまあ、私も3つの魔法を小ランクだけ取得しておくことにするね」


 こうして、俺と鶴野の2人は、エヴリスウォッチをタップし、初めての魔法ライセンスを取得した。なんとなく身体に力が流れ込んだ気がしないでもない。


「ま、僕はパスしてくよ。しばらく魔法は使わなさそうだしね」


 一方のアルトは特に魔法のライセンスを取ることはしなかった。何だこいつ、さっきは散々人を煽っておいて自分は魔法を使わないのかよ。


「んじゃ、俺は購買にパンでも買ってくるかな。一緒に行くか?」

「行く~」

「うん、私も行く! そう言えば、ミドリ君はもう魔力補充カードは買った?」

「いや、まだだが……あれってもしかして4月の時点から買えたりしたのか?」

「うん。5月に入ったら購買も混雑すると思って、私はあらかじめ買っておいたんだ」

「なんだそうだったのか。ま、じゃあ今購買に行くついでに買うことにするか」



そう言って、俺たち3人は昼食と魔力補充カードを買いに購買棟へと向かっていくのだった。

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