第10話 初日は終わり……


――PM9:30


 さて、夕食を済ませてしまった俺達は、一度部屋へ戻った後、大浴場で1日の疲れを落として来た。一応部屋にシャワールームもあったが、折角大浴場なんかもあるというなら行かない手はない。それに、遅くなると混雑するだろうし、さっさと入ってしまおうということになったのだ。


 しかし……こうしてみると俺は本当に365日24時間このアルトとくっつきっぱなしなんじゃないか? それはそれで過剰な成分なしに変な疑いを向けられそうな気がする……いや、もしかしたらそこから芽生える恋が……あってたまるか。


「はぁー! お風呂もすごく広かったね。いやーエヴリス学園様様だよ」


 さて、俺とアルトは今部屋に戻り、それぞれ荷物の整理やパソコンいじりにいそしんでいた。荷物に関しては、厳しい検閲をパスしたものだけがこの部屋まで直接届けられていたのだ。スマホや娯楽物、外貨は一切没収。厳しいこと限りない。


 2人とも、髪の毛をしっとりとさせ、家から持ち込んできた部屋着に着替えている。アルトの方はなんだか小学生みたいなパジャマだ。左胸にクマちゃんのイラストが付いている。あざとすぎだろ。


「本当だな。あとは24時間お前がくっついてさえなけりゃ完璧だ」

「む、僕だって好きでくっついてるわけじゃないさ。そういう自分勝手な考えは捨てないと、いつまでたってもモテやしないよ」

「ぐっ……ふん、高校生になってもそんな小学生みたいなパジャマを着ている奴に言われたくはないなぁ」

「何言ってるのさ。ミドリだってそんなオッサンみたいな縞々のパジャマを着ちゃってさ。それで人のこと言えてるの?」

「ぐぐ……」


 図星である。先ほどの通り、俺の家はそこまで裕福ではない。だから、少しでもの節約としてパジャマは父のおさがりを使っていたのだ。俺はつい口をつぐんでしまった。今回の舌戦の軍配は奴にくれてやるか……


「……あ、そうだ」


 さて、そんな冗談合戦はさておき、俺はさっきからやっておこうと考えていたことを思い出した。


「ん? どうしたのミドリ」

「いや、さっきから考えていたんだが、一度生徒手帳の中身をしっかり確認しておこうと思ってさ」

「ああ、そうだね。あの生徒会長も何回も勧めてたし……」


 俺は自分のウォッチをタップし、立体映像モードに切り替えた。空中に青いモニターが浮かびあがり、デフォルトの画面が表示されている。俺はそこからデジタル版の生徒手帳のページを開いた。


 生徒手帳の記述は、先ほどの生徒会長の説明を、さらに詳細にしたようなものが大部分を占めていた。対照的に、普通書いてありそうな頭髪がどうとか服装がどうとかという欄は一切見当たらない。まあ生徒会長も制服を改造していたし、その辺は一切自由ということなんだろうか。


 俺はその中で、まず単位認定のところに関する項目を確認していった。だいたい纏めると


「単位認定について……学期末には、その学期におけるテスト総点の4割を支払って、各教科において単位認定を行わなければならない。1教科でも漏らせば退学である。更に7割を支払うと、その教科は優良単位認定となり、外出許可、上位寮への入寮、生徒会執行部への入会資格付与、学費の免除といった特典を得られる」


 といった感じだ。外出許可や学費免除についてもちゃんとそれぞれ細かく規定が成されていた。ホント、優等生には良いシステムだこと。


「へぇ~、よりどりミドリだねぇ」

「何故ミドリを強調したし」

「なんとなく」

「なんだよ」

「え、何々? もしかして何か期待しちゃった? もーミドリったら素直じゃないんだからぁ~」

「……えーっと次は……」


 変な口調で何故か俺の元に擦り寄ってくるアルト。俺はそれを容赦なく無視し、次の項目の確認へと移っていった。次はあの国家についての決まりだ。ちなみに、国家申請というのは特定の国家に属するという宣言と国家を立ち上げるという両方の意味があるらしい。紛らわしいこと限りないな。


「国家とは、エヴリス学園の生徒達で独自に形成される、人民、領土、主権を持った中規模から大規模なコミュニティのことである。形態としては、部活動に近いものと考えてもらえればいいだろう。6月以降、全生徒は生徒会に対し国家申請を行い、いずれかの国家に属さなければならない。なお、最初期の新国家の立ち上げは各クラス長が率先して行い、各クラス単位で国家を立ち上げること。国家として正式に認められると、いくつかの特権が認められる」


「なるほどな。部活動みたいなもの、か……まあそう聞けば何となく頷けなくもないか?」

「でも、顧問の先生とかはどうするんだろうね」

「そうだな。今のところクラス長が率先してって書いてあるし、先生は関与しないんじゃないか?」

「ふーん。本当に生徒だけでやれっていう方針なんだね」

「まあ、やりやすいのやらやりにくいのやら……よく分からないっちゃあ分からないよな。で、その特権とやらは……」


 俺はその国家の権限についての欄を読み込んでいった。かなり細かく規定されているが、重要そうなものをピックアップすると……


・独自法律制定権、及び運用権

国家内における独自の法律や規則の草案を生徒会に提出し、運用を認めてもらうとその規則を正式に制定することができる。その規則は原則すべての生徒が遵守せねばならない。もちろん、殺人などといった犯罪行為の幇助に対しては認められないが、クラス内の自治や防衛をスムーズにできるようなものなら歓迎される。


・国家内組織の配置権

国家内に置ける運用システムに関しては自由に配置できる。だが、反社会的なものなどは生徒会の監査を受ける。


・学園校舎内での領土主張権

国家独自の領土を、学園校舎内において主張することが出来る。その領土内においては、自国の法律が適用される。もし主張がぶつかった場合には話し合いを含めた何らかの手段によって解決すること。


・売店棟に置ける売店などの経営申請権

学園校舎の一部である売店棟の経営権を申請できる。もちろんエリス市場も含まれる。経営権が認められると、経営業務を担当する代わりに利益の一部を得ることが出来る。


・他国家への宣戦権

どうしても政治的な手段で国家間の利害を埋められなかった場合には、魔法による戦争も起こりうる。そのルールに関しては各国家間で定めても良いが、基本的には生徒会の定めるルールを旨とする事。この際、原則両国内の法律は他国民に対して無効となる。


・国家の合併、分離独立、併合など

それぞれの国家間で話し合うこと。国家内での内乱は特別ルールが採用されるため別記。基本的に自由に行えるが、明らかにルールを逸脱する場合は生徒会による監査が入る。


 といったところか。その他とすれば、国旗やら国家なんていう象徴的なものも自由に定めていいとか。まあ、俺達の良く知る国家という物ができることは大概できるようだ。もちろん、授業をストライキしたりっていう学生の本分に関わるようなことは堅く禁じられている。全体的に国家の管理に関しては生徒会が深くかかわっているようだし、そんな心配はないのかもしれないが。まあなんというか、一応ミニチュアスケールの国際社会ができるってとこなのだろうか。


「あとは……2つ以上の国家に属することは原則できない。だとか、生徒会長も言ってたけど、国家に所属しない場合はエヴリスウォッチは使用できない。ぐらいか」

「学校の中で国家を作れなんて、面白い校則だねぇ。ミドリなんかは大好物なんじゃないの?」

「まあ、確かに昔から三国志とか戦国史とか歴史戦記物は大好きだったしな」

「お、是非全国統一を成し遂げちゃってくださいよクラス長さん!」

「よせよ。鶴野ならともかく、俺にそんな力はないさ」

「そうかなぁ……全く、相変わらずミドリは消極的なんだから。もっと自分を好きにならなくちゃ!」

「ったく、そんなことを言ってられるお前が羨ましいよ」


 そうは言っておいたものの、俺の心中には野心という物が浮かんでいない訳ではなかった。もし、自分の思う最高の国家を完成させることが出来たなら……そう思わない気持ちも無い訳ではない。


「あとは……気になるところはあるかな?」


 俺達は更に生徒手帳を読みこんでいった。そこで新たに分かったことをまとめておくと、


・クラス替えは存在しない。だが移動希望先のクラス(国家)に同意があれば、いつでもクラスを移動することができる。ただ、1クラスの上限は40名。それ以上になる場合は入れ替わりが必要。


・この学園における理念は自由と自立。よって生徒間の問題は自分らで解決することを強く望み、教師は基本的に関与しない。


・生徒会執行部はこの学園ではかなり強い力を持っており、中央都市部地域の行政や経営までも担当する。


 といったところか。まあ自由というよりかは柔軟性に富んだ校則、とでも言いたいところだな。


「なるほど、大体分かった。後細かいところは自分らで確かめていけって感じだな」

「みたいだね」


 さて、大体の内容を確認し終えたな。俺は立体映像をしまって寝る支度をしようと机から立ちあがった。


 ピリリ


 その時だった。突然ウォッチからメールの受信音のような音が鳴り響いたのだ。それは俺のウォッチからだけではなく、アルトのからも同時に鳴っている。


「ん? メールか?」

「なんだろ」


 俺とアルトは各々ウォッチのメール受信箱のところをタップし、その内容を確認した。


『件名:本日の新入生学力調査テストの結果(速報)


 本日の新入生学力調査テストの結果が出ましたので、お知らせします。なお、答案に関しては、模範解答と共に明日の授業で返却しますので、しっかり復習すること。


氏名:緑風 共助


教科   得点   平均

国語   72   46.3

数学   88   57.1

理科   90   55.4

社会   98   50.9

英語   75   56.7

合計   423  266.5

順位   64               』


 お、テストの結果じゃないか。64位か。1000人いてこれならそこそこなんじゃないだろうか。


 ってまてよ? たった3時間余りで1000人分の答案を採点しつくして平均点まで出したってのか!? 教師には恐ろしい魔法使いがいるらしい。 


「アルト、試験の結果だぞ」

「見てる見てる。64位だってさ」

「なんだ、またお前と一緒かよ」

「ミドリも64位? また同点かぁ」


 俺とアルトの学力は殆ど拮抗していた。中学時代から2位、3位争いを続けていたものだ。

 もちろん、不動の1位はあの鶴野だ。まあ毎回満点では、追い付けても追い越す方法が無かった訳だが。


 俺はメールを閉じた。すると、ウォッチのメイン画面がさっきとは変化しているのに気が付いた。Pの横の数字が、


P 72 88 90 98 75

E 0

M

R 64


 という風に変わっている。やっぱりPは点数だったか。Rはランク、順位のことだな。そうだ、早速点数をエリスに変えてみよう。


 俺は点数をエリスに変換するためのアプリをタップした。すると、それぞれの点数の交換レートと、保有点数が表示された。中央には、価格や平均点を表す棒グラフなんかも描かれている。


教科 交換レート(E) 保有点数 


国語  202      72

数学  200      88

理科  200      90

社会  201      98

英語  200      75



 早速平均点の低かった国語や社会の値段が上がっている。まあでも初回だからそう変わりはしなかったか。そうだな、取りあえず7割以上は持っていてもしょうがないし、全部エリスに変えてしまおう。


 そうして、俺は点数を全部70にし、14,633エリスを手に入れた。価値は普通の円と同じくらいでいいのだろうか。だとしたら、食費を引いても一回のテストでかなりの儲けじゃないか。だが、逆に平均点や最低ラインの4割を割っていたらと思うとぞっとするな。そうやって格差をつけ、あわよくば意欲を高めるのがやはりこの学園の狙いなのか……?


 しばらく、俺はアルトと下らない舌戦を交えていたが、テストの疲れもあり、すぐに2段になったベッドの下の方で眠ってしまった。だが一方のアルトは、いつまでもパソコンに向かって何か作業をしていたようであった。


―――…



 こうして、最初の1カ月は、1学年の間で最も平和で安全な日々が流れていった。新入生全員がこの目新しい校則に惹かれ、皆が熱意を持って、毎週月曜の小テストで点数、そしてエリスを稼いだのだ。月曜の小テストは国数英の300点満点であったが、段々と難易度は上がっていき、それに伴って点数や財力の格差も露わになっていった。傾向として順位の高い者は高い者、低い者は低い者同士で集まるようになり、平和と安全は少しずつ歪みを持つようになっていったのである。


 そして5月。その歪んだ平和と安全は、一気に危機へと転がり落ちていくこととなる。『魔法』が解禁されたのだ。

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