第9話 エヴリス学園の学生寮


―――PM7:00


 学生寮の辺りは、普通の都市のような喧騒になっていた。ちらりと見える娯楽施設やアーケード、レストランなんかが、バスの車窓を流れていく。ただそれが普通の都市と違うところといえば、歩いている人がほとんどいなかったこと、また高校生向けの店がほとんどを占めていたことだ。校舎が学年ごとに3つに分けられているのと同様にして、都市部も3つの区域に分けられて他学年の区域には立ち入りできないことになっているのだ。流石に初日から街へ繰り出す奴もいないだろうし、今はまだ学校が終わったばかりの時間である。当然の景色といえば景色か。


 まあ今日はテストで疲れたし、俺も街へ繰り出すのはまた今度にしよう。


 そんなことをつらつらと思っているうち、俺たちは学生寮に到着した。バスから降りると、目の前に白い巨大な柱のような建造物が姿を現す。7階建てで500人が住む大集合住宅だ。大きさが明らかに並ではない。


 しかもよく見ると隣に女子寮が建っているではないか。なんでバスを分けたんだかこれではよくわからないな。


 俺とアルトはほかの1年男子たちと共にバスを降り、軽いチェックインを済ませると、一度自分たちの部屋へと向かった。


「えーと3006、3006……あった。ここだ」


 俺達はエレベーターで3階に上り、延々と続く廊下をひたすら自分たちの部屋を探して歩き回った。外側もホテルみたいだったが、内装もほとんどホテルそのものである。1階のカウンター近くには食堂まであったし、設備の充実さは尋常ではない。


 そして、俺達はついにそんな長くて白い廊下の一角に自分たちの部屋を見つけた。目の前には金字で3006と書かれた黒い自動ドアが壁の一角に浮かび上がっている。俺はそんなドアのオートキー認証部分に自分にエヴリスウォッチをかざした。


 シュインという音と共に自動ドアが開く。同時に、部屋の電気が点灯し、俺たちの前にこれから3年間暮らしていくであろう部屋が姿を現した。


「うわぁ! 結構広いねミドリ! しかも二段ベッドじゃん!」

「おぉ、思った以上に綺麗だな」


 俺達は靴を脱ぎ、喜々とした歩調で中に入っていく。短い廊下の奥には、20畳はあるんじゃないかというリビング兼寝室が。短い廊下の横にはふたくちコンロ付きのキッチンとシャワールーム、そしてトイレが設置されていた。


 2人で住むには十分すぎるくらいに広い。しかも、戸棚なんかを見ると家具設備アメニティは基本的なものについては全て揃っているじゃないか。驚きの親切設計である。


 そして、リビングには二人分の勉強机と小さいテーブル、本棚や戸棚に二段ベッド、俺達の荷物なんかが端正に置かれていた。もちろん押し入れを開けると布団も出てくる。更に、2つの机の上には、生徒用のノートパソコンまで支給されているようだった。まさに至れり尽くせりだ。まあ一つ言うなら、テレビがどこにもない位か。


「あああっ!! パソコンもある!」


 アルトは机の上の白いパソコンを見るなり、一層興奮に満ちた叫びを部屋に放り投げた。そして、そのまま目を見張るような速さでパソコンの目の前に吸い込まれていく。そのままエヴリス学園の校章付きのパソコンを開くと、秒速で電源ボタンをタップした。


「おい静かにしろ! あんまり騒ぐと壁ドンが来るじゃないか」


 そうは言ったものの、アルトはそんなことは意に介さずパソコンに頬をすりつけている。


「よかったぁ~……外部からの持ち込みはスマホですら禁止だったから、心配してたんだ。これがなかったら僕もう生きていけないよ……」


 そう言いながら既にセットアップを始めている。このパソコン中毒者め……

 

 今朝から散々に天パ低身長といい合ってきたこのショタハーフ野郎だが、残念ながら平凡というには少しほど遠い人種だった。本人曰く、物心ついたときからもうパソコンに触れていたとか。そしてその反面、情報系の知識や操作に関しては、最早プロの域にまで達しているといっても過言ではなかったのだ。中学校時代には、時々趣味で変なプログラムを作成したり、遊びでハッキングをやったりもしていた。いつぞやはペンタゴンにハッキングが成功したとか言って喜々として報告してきたこともあったくらいだ。


 何故鶴野といいアルトといい、俺の周りにいる奴らは飛びぬけたスペック持ちばかりなんだろう。せめて容姿だけでも少し分けて欲しいものだ。アルトも鶴野も中学生時代に2桁回数は異性から告白されたとかいう話を聞いたのに、俺は未だに0。堂々たる、0だ。まあ、何故か2人とも恋人はいないそうなんだが。


 俺がそんな羨望の眼差しを向けているのにお構いなしに、アルトはパソコンをいじり始めた。凄まじいスピードでキーボードが乱打され、既にデスクトップには未知の言語が所狭しと書き込まれている。一体入学早々何をやらかそうとしているんだこいつは……


「ったく。少し休んだらすぐ夕食を食べに行くぞ」

「分かってる分かってる」


 駄目だこりゃ。完全に夢中になってやがる。これはしばらく帰ってこないな。

俺は呆れた顔で、しばらくその部屋で初日の疲れを癒すのであった。


―――PM8:15


 あれから、しばらく俺たちはその部屋で休んだ後、夕食を1階の食堂に食べに来ていた。夕食は1階の食堂で提供されており、もちろん代金を独自通貨のエリスで支払う形式である。しかし、今日は初日である。当然エリスなど所持してはいない。そこで、俺達の部屋には500エリス分の食券が配布されていた。まあ昼食の弁当といい、初日は大サービスというところなのだろう。


 さて、食堂とは言ったものの、内装は完全にホテルの高級レストランそのものだ。高そうな絨毯や、白いテーブルクロスが引かれた数多のテーブル、更にはシャンデリア様の電飾まで……唯の学生風情がこんなところに来ても良かったのかと戸惑いを覚えるほどである。


「すごいねぇ~! 寮の学生食堂がこんな高級レストランなんて……ホントこの学園に入学してよかったなぁ」

「本当にな。全くどれだけ金がかかってるんだか知れたもんじゃないぜ」

「まあまあ。学費を払ってくれるのは僕たちの両親なんだから、感謝しないとね~」

「……そうだな。両親様様だよ。そういやアルトの家は相当な金持ちなんだっけか?」

「え、まあ言うほどでもないよ。僕の両親は普通のIT企業の社長と魔法学者だからね。でもまあ2人分の学費を払うってなったら結構なものなのかな」

「2人?」


 俺はふと違和感を覚えてしまった。2人分の学費を払っているということは……兄弟でもこの学園にいるのだろうか。


「うん。実は僕の妹もこの学園に来てるんだ」

「妹……? ああ、双子の妹だっけ? そういやそんなことも言ってたなお前」

「うんそうそう。でもミドリの家だってお金持ちなんじゃないの? なんたってこのエヴリス学園に御曹司を入学させられるくらいだからねぇ」


 そしてすぐに話をそらされてしまった。なんだ。もう少しアルトの双子の妹について聞きたかったんだが……まあいいか。


「いやいやいや、そんなことは無いぜ。うちの親は歴史学者で世界中に飛び回っているせいで全然金持ちなんかじゃないからな。俺はハナッから成績優秀者の学費免除枠を狙って来てるんだ。確か学園情報では学費免除のシステムもあるって書いてあったし」


 そう、俺の両親はそれなりに有名な歴史学者だった。俺が歴史好きというのも、まあ親の影響がないという訳ではない。と言うより、小さいころから家の書斎に三国志やら史記やらローマ帝国の興亡記なんやらがずらりと置いてあったらそりゃあ影響を受けないはずがない。経済や政治に関心を持ったのもそこから派生したのだ。

 そしてそれなりに有名と言っても世界中を発掘やらなんやらで飛び回る身、経済的にはそこまで裕福なはずがないし、中学校の時から半独り暮らしのような生活が続いていたのである。


「ありゃ、そうなんだっけ? それは失礼しました~」


 しかし、そんな言葉をアルトは軽い言葉であしらってきた。ったく、なんで10年余りも付き合っておいて知らないんだこいつは。


「ご注文はお決まりでしょうか」


 そんな雑談を交していると、ふいに俺の横からウェイターらしきお兄さんが顔を出した。パリッとしたスーツに蝶ネクタイ。なんだ、この食堂ウェイターまで雇ってるのか?


「あ、ちょっと待ってください」


 俺は近くにあったメニューを開いた。ずらりと並ぶ料理の名前。種類が異様に沢山ある。このレストラン風の食堂ならちょっと高めな料理ばかりだと思っていたが、本当にタダ同然で食べられるようなカンパンみたいなものから、1食で1万エリス以上する高級ディナーまで。より取り見取りなのである。うわ、こういうところにまで格差社会みたいなものが反映されているのか……徹底的に優秀者には飴を舐めさせ、劣等生には辛酸を舐めさせる方針らしい。恐ろしいこと限りない。


 浮ついた心に突き刺さる格差意識。まあ、今日の俺達に対した選択権は無い。500エリスで統一されたメニューから1つ選び、お兄さんに注文する。


「あ、じゃあこのオムライスで」

「僕は魚介のピラフにしようかな!」

「かしこまりました」


 そう言って、お兄さんは厨房の方へと姿を消していった。それにしても、今は総勢500人が一堂に会する食堂である。広さも尋常じゃないし、動き回るウェイターの数も会場のざわめきも半端なものではない。いやあ、ホントどうなってやがるんなここの設備は……


 俺達はそんな広大な食堂の一角で夕食を済ませてしまうのだった。

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