第6話 クラス長就任


―――AM10:10


 入学式の後、生徒は各教室に戻り、初めてのホームルームが行われた。俺の席は窓際の中央、春の暖かい陽の光が存分に当たる場所だ。見回すと、アルトは一番前の廊下側、鶴野は教室のど真ん中辺りに座っているのが見えた。


「えーそれでは、ホームルームを始めます。あ、私は担任の野口と言います。よろしく」


 教壇に立つのは、50を過ぎたような痩せ型の教員だった。彼は肉の薄い唇を穏やかに上下させ、絞り出すような声を教室に蔓延させる。皺が深くて一瞬怖そうにも見えるが、話し方からはその様な雰囲気は一切感じない。

 そして、彼の横辺りには大量の段ボールが山のように積まれていた。さっき入学式の前に教室に入った時はこんなものは無かったはずだ。一体どっから現れたんだ?


「それじゃあですね皆さん、まずは早速このクラスのクラス長を男女1名ずつ決めたいと思います。このクラスを引っ張っていく、大事な役職です。初めの国家申請の際には『主権』として率先して立ってもらうことにもなります。出来れば立候補で決めたいのですが、誰かいませんか?」


 そんな思いをよそに、先生は話を進めていく。主権……というと、クラス長がデフォルトの王様的なポジションになるのだろうか。まあ、もちろん専制的な国家にするかどうかも決めていいんだろうけど……どうしようか。やってみたい気もするが、だからといってこんないきなり目立つようなことをするのも気が引ける。あくまで俺の憧れはトップを補佐する参謀役に向いているのだ。自身がトップになるとういうのはいささか想像も決心もつかない。


 野口先生はギラリと光る眼光で教室内を見渡している。その顔の怖さと声のギャップは特筆ものだろう。俺ももじもじと戸惑うばかりでどうにも手を挙げられなかった。


 しばらく沈黙で満たされる教室。すると、ふと教室の後ろの方からざわつきが聞こえた。俺はそれを受けて振り返る。見ると、教室の真ん中の方で、何やら見知った顔の可憐な女子生徒が、右手を真っ直ぐ天井に向けて伸ばしているではないか。俺の幼馴染、鶴野彩華である。


 ああ、鶴野か。まあ予想はできていたよ。


 俺がそう思うのも、中学校時代までの奴のスペックを知っているからだ。名家生まれのお嬢様で、小中では常に学年主席、生徒会長への就任、部活動では陸上の全国大会出場、更には魔法までも独学で学んでいるとか。そして容姿も抜群、優しい性格で積極性と正義感に満ち、人望も厚いと来た。こんな完璧な奴が同級生にいる哀れなクラスメート達を想像してほしい。これまでもこれからも、みじめなことこの上ない。

 だが何故か彼氏はいないという。


 俺は少しひがんだような眼差しで、鶴野の方に視線を投げる。それを視界に入れることもなく、彼女は相変わらず純粋な明るい顔で


「是非やらせていただきます!」


と野口先生に語りかけた。


「おお、貴女は鶴野君ですね。君は入試の成績も良かったみたいですし、先生方は皆期待していましたよ。是非よろしく。拍手」


 先生が笑顔でそう返すと、生徒の間で拍手が起こった。彼女は立ちあがって、生真面目に「ありがとうございます!」とお辞儀を繰り返している。女子はあっという間に決まったが、じゃあ男子は誰になるのだろうか。


「……!」


 俺はやや傍観者のような思考をして、鶴野の方を眺めていた。すると、鶴野は座り際にこちらの方に視線を合わせてきたではないか。俺は思わず鶴野と目が合う。そして、奴は輝くような笑顔で、こちらにウインクを飛ばしてきたのだった。


「先生、私は緑風共助君を是非推薦させてもらいたいのですが、よろしいですか?」

「……へっ?」


 あからさまなアピールである。しかも名指しで指名までしてくる始末。当然クラスメートの視線は指名先、つまり俺に集中した。おっと、待ってくれ。俺はそいつとは関係ないぞ。おい男ども、変な視線を向けるんじゃない。


「……なるほど……緑風君。どうですか?」


 俺は40人弱の視線を一身に受けて、流石に動揺していた。目玉に直したら80個じゃないか。なんて数だ。

 その上先生の鋭い眼光が、穏やかな声と共に突き刺さってくる。うーむ……俺はどうしても決心がつかない。鶴野だってなぜ俺にあんなアピールをしてきたのかよくわからないな。確かに鶴野が生徒会長だった時は生徒会に入って手伝った覚えはあるが……


 まあしかし、冷静な自分はこう曰く。エヴリス学園の変わった校則、確かに面白い。クラス長になれば何か特典が付くかもしれないし、国家運営といい経営戦略といい色々と自分の意思を反映しやすいことだろう。まあ相方はあの鶴野だし、最悪ダメならこの超絶ハイスペックガールを頼むことにすればいい。別にクラス長だからってトップに立つ必要なはない。あくまで鶴野を補佐するという面でも十分じゃないだろうか。


「……あ、え、まあ……やります……」


 俺は絞り出すような声を出して、静かに右手を上げた。遠く廊下側の一番前の席で、アルトがクスクスと笑いを上げているのが見える。くそ、人の勇士をあざ笑うとは何て奴だ。


「他に立候補者はいませんか? いなければ緑風君でいいですね?」


 一応先生が対立候補を募る。実際立候補じゃなかったしな。


「……いないようですので、緑風君にクラス長をお任せしますね。鶴野さんと一緒に頑張ってください」


 まあ、結局対立候補は現れず、俺、緑風共助は20組クラス長に選出されたのであった。同時に、なんだか乾いた拍手が俺を迎えてくれる。俺の方も、乾いた礼をその拍手に投げ返してやった。


「それじゃあ2人とも、前に来てください。とりあえず自己紹介をして、配布物の手伝いをよろしくお願いします」


 さっきから気になっていたあの段ボール箱の山。あれを今から配布するということらしい。おいおい、滅茶苦茶な量あるぞ。いったいこんなに何を配布するつもりなんだこの学園は……


 さて、取りあえず俺と鶴野の2人は教壇に立った。ふと、鶴野は俺に感謝とも取れるような笑顔を向けてくれる。可憐な笑顔に、どきりと俺の心臓が跳ねる。なんというか、俺はもうこの見返りだけで十分な気がしてきたよ。そんな気持ちにさせてくれるのが鶴野の常である。まあ、色事沙汰な意味ではないけどな。


「それじゃあ私から。この20組のクラス長をさせていただきます、鶴野彩華です」


 彼女真っ直ぐな声色で、自分の名前を紹介した。彼女はチョークをとって、後ろの黒板に自らの名前を綴っていく。振り返る時に、桜の花のような良い香りが香ってきた。可愛い女子ってのはやっぱり香りまで麗らかなんだな。


「このクラスを最高のクラスにするため、精一杯やらせてもらいます! よろしくお願いします!」


 彼女はそう言って、深々と頭を下げた。ふわりふわりと長い黒髪が舞う。


「はい皆さんも鶴野さんを助けてあげてくださいね。拍手」


 そして、今度はさっきよりも大きな拍手が彼女を包んだ。


「あ、では、僕の方に……」


 俺は鶴野に代わって教壇の中央に立った。再び教室の中を見まわす。

 こうしてみると結構クラスの人数は多い。おい男ども、いい加減その妬ましそうな視線をやめろ。そしてアルト、なんで笑ってるんだ貴様。


 ふとそんなことをぶちぶち思っていると、俺は廊下側の席の奥に、アルトとそっくりな女子を見つけた。座高もかなり小さい。もしかしたら、さっき入学式の前に見たあの子かな……?


 まあ、そんなことはいい。自己紹介をしなくては。取りあえずは大人しくこのまま自己紹介を終えようか……? 俺はそうとも考えたが、なんだか舐められるのも癪である。そこで、少し強気なトーンでその80の視線に答えてみることにした。


「えー、俺は、緑風共助です」


 俺は鶴野を模して、名前を黒板に書いた。


「なんかミドリとか呼ばれてます。共に助け合うと書いて、共助。そう、みんなで頑張ろうぜ!」


 ――沈黙。


 まずい、この沈黙はまずい。やってしまった。ダダ滑りじゃないか! 下手に強気に出なければよかった。80の視線がどんどん淀んでいくのがわかる。身体中から冷や汗が吹き出そうとしているのが分かる。


「はい拍手~」


 なんとか、その沈黙は先生のお陰で拭われた。この乾いた拍手が、舞台上の大喝采にも聞こえてくる。先生、ありがとう。なんかコメントすらくれなかったけど、ありがとう。


 こうして、ホームルームは短い担任の話と、山ほどある配布物の配布に移っていった。配布物の中身は、


・生徒手帳

・各教科の教科書及び問題集

・エヴリスウォッチ

・弁当


 の主に4つであった。4つと言っても、教科書やら問題集やらは、全部合わせたら国語辞書を軽く凌駕する厚みになる訳で。クラスメートたちは早速生徒手帳を読んだり、エヴリスウォッチを興味深そうに触ったりすることに夢中になっているようであった。中には、さっき生徒会長が出していたような立体映像を出している奴もいる。

 どうもエヴリスウォッチの中にも、生徒手帳のデータ版が入っているらしい。そして、ウォッチのデフォルト画面には、時計はもちろんのこと、


P 0 0 0 0 0

E 0

M

R -


 という項目もあった。Pの数字は全て色が違う。更にその下のMという文字の右には、何やら紋章のようなマークが9つ書かれている。どうも何かの条件で光り出しそうな感じだ。PやらEやらは……さっき言ってたテストの点とかのことか?


「それでは、これでホームルームを終わりますね。2人とも、協力ありがとう」


 そこまで考えたところで、俺達はようやく大量の配布物を捌ききることができた。もうこれだけでへとへとである。そして、先生に促され鶴野と共に席に戻っていく。


「じゃあみなさんお弁当を食べて、午後からは新入生学力調査テストです。1教科100点満点で5教科受けてもらいます。もちろん、この点数はエリスに変換できますよ」

「えぇーっ⁉」


 そこで通達されるは抜き打ちテストの報。な、なんだと? いきなりテスト!? クラスメートの間からも、何やら呻きのような声やら嘆きの声が上がっている。逆に金(?)を稼げるチャンスだと言って奮起している奴もいるようだ。


 こうしてホームルームを終えた俺は、すぐに鶴野やアルトと共に弁当を食べようと席を立つのであった。

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