第5話 波乱の前兆


 さて、そんな会話にも一区切りを迎えた頃。入学式の時刻も迫り、ぼちぼち生徒の数も膨れ上がって来た。俺達がいた辺りには、20組のクラスメートによるものと思われる縦列ができ始めている。


 この辺にいる生徒たちが同じクラスか近くのクラスのメンバーになるんだろうか。俺はそう思いながら、さっと辺りを見回した。お嬢様のような奴もいれば、少し柄の悪そうな奴もいれば、まだ中学生みたいな奴もいる。ふと同じクラスの列に、アルトよりも身長の小さそうな女子を見つけた。おお、アルトの身長部門クラス最下位はなんとか免れそうだな。


「入学式5分前です。生徒の皆さんは各クラスごとに整列してください」


 すると、体育館の中にアナウンスが流れ始めた。それにあわせて、さっきまでざわざわと喋っていた生徒たちもだんだんと自らのクラスの列に並んでいく。もうこの体育館の中には1000人近くの生徒が入っているようだった。なんとこれが全部同級生なのだ。流石にこれだけいると思うと、やっぱり圧倒されるな。


 先ほどの通り、エヴリス学園は1学年だけで1000人を抱える大学園であるため、その校舎も学年ごとに3つに分かれている。当然3つを校舎も抱えるとなると、面積も膨大。その面積をどうやって確保しているのかというと、沿岸部の海を埋め立てた人工島の上に1つの学園都市を形成しているのだ。島の中央には学園内都市なんかもあるらしいし、一体どんな風に運営しているのかと不思議にもなる。


余談だが、その島の中央にある都市部には何か都市伝説のようなものまで存在しているらしい。内容までは良く知らないが……まあ、これだけの大規模学園ならば都市伝説の一つや二つあっても不思議じゃないといえばないのだろうか。


「それでは皆さんお静かに。これよりエヴリス学園の入学式を始めます。それではまず理事長の挨拶から……」


 すると、ついに入学式開始のアナウンスが体育館中に流れた。ふと体育館前方のステージを見やる。すると、中年くらいの教員がエヴリス学園校章の下でマイクに向かって話しかけていた。合わせて、1年生全員の視線が一気にそこに集まり、ざわめきが急速に収束していく。


 こうして、入学式は始まっていった。といっても、入学式の前半は平凡なものだった。中学校までと同じように、校長――まあここでは理事長だが――の話を聞き、国歌を歌い、校歌を歌う。


 本当にただの変哲の無い入学式だ。あれ? それじゃああの変わった校則とか言うのは何だったのだろうか。


 ふとそんな疑問を頭に浮かべた時だった。


「それでは、次はエヴリス学園生徒会からの説明です。生徒会長、3年1組鬼道要きどうかなめ君」

「はい!!!」

「うおっ⁉」


 体育館中に響き渡る返事が1年生全員の鼓膜を揺さぶった。退屈な入学式にうとうとしかけていた生徒たちも、今ので意識を現実に引きずり出されたようである。もちろん俺も例外ではない。


 生徒会長は、堂々たる態度でステージの上へと上がっていった。その制服は少し軍服のようにアレンジされ、なんとマントまで付いているじゃないか。一歩歩く度に、黒地にエヴリス学園の校章を象ったマントがひらりと舞った。制服の改造というのは校則反していないのか? 今どき珍しいことだ。


「1年生諸君。我がエヴリス学園への入学、歓迎する。この全国屈指の学園から、政界の重鎮や学問の権威など、さまざまな人材が輩出されてきたことは皆も知るところであろう。この中からも、その一端を担う逸材が生まれることを切に願うものである。我が生徒会も、このエヴリス学園も、全力でその達成に向けてのサポートを行う次第である」


 生徒会長はあくまで堂々とした口調のまま、入学の祝辞を述べていく。なんだ、特に変わった挨拶でもなさそうだ。俺はふとそう考えたが、その考えはすぐに否定された。


「故に! この学園には独自のシステムが主に4つ、制定されている。1つ、テスト。2つ、独自通貨エリス。3つ、魔法戦闘。そして4つ、国家申請である!」


 彼はそう言いながら、立体映像のモニターを4つ展開させた。そして、彼の言葉に呼応して、生徒の間にはざわめきが走る。な、なんだなんだ? 独自のシステムって……これがあの変わった校則の正体なのだろうか。テストはともかく独自通貨やら魔法戦闘とはいったい何のことだ? 


「1つ、テストについてである」


 彼はそう言いながら、浮遊する4つの青いモニターのうちの一つを手繰り寄せた。彼の言葉と同期して、画面に図や説明書きが浮かんでは消えていく。


「テストといえば主に国語、数学、理科、社会、英語。この5大教科についての知識の充填と、確認を行う試験のことである。まあここまでは諸君も知っているであろう。ここエヴリス学園では、それらによって得た『点数』を、学期末単位認定、及びエヴリス学園内独自通貨エリスへの換金に使用することが可能である! 単位認定に関する詳細は生徒手帳に記されているので、精読しておくように」


 再び、体育館の中がざわつきで満たされた。しかし、会長はそれを意にも介さず、次の2枚目のモニターを手繰り寄せた。そこには、エヴリス学園校章が象られた、腕時計のようなものが映っている。


「次に学園内独自通貨エリスについてである。この学園内にはエリスという独自の通貨が流通し、このエヴリスウォッチにより全てデジタル化されている。この学園内ではそれ以外の通貨は一切使用できない。加えて、外貨の持ち込みは全面禁止である。つまり、この学園内ではテストで点数を稼ぎ、そしてそれをエリスへと変換して生活せよということである。もちろん足りない教科の点数をエリスで購入することもできる。しかし、テストの点数とエリスの変換は、エリス市場によって各教科ごとに変換レートも変わってくるので、注意するように」


 なるほどなるほど……何となくわかって来た。生産手段はテストで、それを通貨に替えて生活しろ、か。こんなこと、確かに全寮制で都市ごと学園のこの学園にしかできない。エリス市場も簡易的な為替市場みたいだな。上手く行けばFXみたいにそれだけで点数が稼げそうだ。


 だが……まてよ? じゃあ裏を返せば成績の良くない奴は容赦なく切り捨てるってことなのだろうか。テストの点数が無ければ生活すら危うくなるし、終いには学園を追放されるのだろう。確かに合理的だが、あまり好感を抱く気にはなれないな。


「次、魔法戦闘についてである」


 彼は3枚目のモニターを手繰り寄せた。


「ここにいる皆も知っているであろうが、我が国の法では、高校入学と同時に魔法の使用が許可される。実際の解禁は5月からであるが、この学園ではそれを取り入れたシステムも導入した。それが魔法戦闘である。魔法使用を望む生徒は、5月以降、所定のエリスを支払って、魔法使用のライセンスを取得することができる。そのライセンスと魔力さえあれば、魔法を使用することが可能となる。魔法の種類は攻撃系2種と防御系1種、更にそれぞれ威力を3段階に分けて計9種である。その魔法を上手く使用し、相手を倒すことが出来ればその相手の保有エリスを基本50%奪うことが可能である」


 魔法か……まさか魔法までシステムに取り入れているとは。唐突だが、現代では魔法という物が一般社会に流通している。その源は一応科学技術なのだそうだが、形態や使用方法の様相から魔法という名称を付けられている。光り輝く剣を武器にしたり、エネルギー波を撃ちだしたり、物体を浮遊させたり……魔法科学者なんかも存在する時代なのである。


 さて、そんな魔法の種類や威力に関してはかなりデフォルメされているが、魔法が社会において必要不可欠となった昨今、高校生のうちにうまく魔法に触れさせておくのも確かに重要なことだと考えたのだろう。文においても武においても極端な実力主義……これがエヴリス学園の正体だったのだろうか。

 生徒会長は4枚目のモニターへと説明を移していった。


「最後に、国家申請についてである。このエヴリス学園の目指す方針は自主、そして自立! よって、諸君には一定の規模のコミュニティを独自に形成し、自己によって自由に運営してもらう! そのコミュニティのことを、この学園では便宜的に『国家』と呼ぶのだ! 6月以降、諸君は人民、領土、主権の3つを揃えた上で国家申請をしなければならない。諸君全員がいずれかの国家に属すことになるのだ。もしいづれの国家にも属さない場合はエヴリスウォッチが使用不可となるため、注意するように」


 な、なんてこった。俺達に国づくりをしろってのか?


「ちなみに、デフォルトの国家は通常各クラス単位で形成される。そして国家申請が認められた国家には主権による独自法律の制定権や自由運営権、売店棟などへの経営申請権、領土の主張権などが与えられる! 諸君らの思うままに自由にクラスや学校生活を運営することが出来るのだ! 細かいところはまた生徒手帳に記載されているため、再度精読を勧めさせてもらう!」


 な、なるほど……つまり、この学園の変わった校則をまとめると、『国家』を形成し、点数を『生産』し、それを通貨という『経済』的手段に変換し、そして魔法を『武力』として保有せよということらしい。うーむ、実力主義なうえに大規模な自己運営までやらせると来たか。確かにこれならこの学園から数々の有力者が生まれた理由も分かる気がする。国家というコミュニティに属し、その運営に直接かかわらせることで組織運営を間近に感じ、社会の中の縮図を体験させようということなのだろう。もちろんデフォルメされてはいるだろうが、それでもそういう組織の難しさなんかを知れるのなら意味はありそうだ。


 国家の運営か……もしかして、これこそ国を興すチャンスとやらなんじゃないか? まさかそんなことが実際にあり得るとは……まだ俄かには信じがたいが、だが興味深くはある。補佐官でもなんでもいい。何かしらそういう運営に関われるようなことがあれば、役に立てることもあるかもしれないか……? まあ、いきなりトップに立つなんてことはあまりに荷が重いが、最悪それでもやるとなったら責任は持つ。状況次第といえば状況次第かな。


「質問事項に関しては殆どの答えが生徒手帳に記されているため、再度精読を勧める。生徒会からの連絡は以上である」


 鬼道会長は4枚のモニターをしまい、説明を終える。そして、堂々たる態度で壇上を後にするのであった。それにしても、最後まで威厳に満ちた会長である。あの人も、もしかしたら3年生を束ねる有力国家の支配者だったりするのだろうか。


 ざわざわとした雰囲気が体育館の中を包み込む。それも当然だろう。いきなり超絶格差社会を宣言され、そのうえ国家まで作れと言われたのだ。普通の高校生なら戸惑いを隠せないことだろう。だが、俺も含め、ちらほらと希望や好奇心に満ちたような顔を見せる生徒も垣間見えた。奴らも、俺と同じくこの体制に理解を得た者たちなのだろうか。


「それでは、次は入試成績学年主席の生徒による挨拶です。スズキ=ラインヘルツさん、前へ」

「はい」


 さて、次は学年代表の挨拶になった。変わった名前が呼ばれるとともに、明るく透き通った女子の声が体育館に響き渡る。スズキ・ラインヘルツって……これで苗字なのだろうか。

 すると、体育館の左端、1組の列に並んでいた一人の女子生徒が立ちあがったのが見えた。かろうじて見えるのは、長身に揺れる白銀の長髪。肌も白く、色素という物がほとんど感じられない。あれは……今朝バスで会った女子じゃないか! そうだ、思い出した。アルビノだ。あれが、アルビノってやつなのだろうか。


 彼女の様子を見るに、再び生徒たちがざわざわと声を漏らしているのが分かる。彼女はそんな様子を尻目に、整然とステージの上へと登り、そして、一礼の後にゆっくりと語り始めた。


「先生方、此度は入学式の挙式、まことに感謝いたします。そして鬼道会長。素晴らしい祝辞に校則の説明、ありがとうございます。見事な校則の数々……私キョウコ・エレーナ・フォン・スズキ=ラインヘルツは、感嘆の意に堪えません」


 彼女はどうやらハーフのようだった。アルビノの上に、外国人とのハーフ。その妖艶で幻惑的な容姿、そして天使の様な声色に、会場の全員が心奪われているのが分かる。

 

 そしてそこまでの答辞を流暢な日本語で述べたあと、彼女はふと目を大きく開いた。

 その目には、真っ赤な瞳。まるで壮大な野心を溢れさせる悪魔の眼のように、彼女の天使の如き顔の上に浮かび上がる。彼女の声も、生徒会長のような威厳と張りに満ちたものへと変化した。


「では新入生諸君! このエヴリス学園の校則が語るものは何か? そう、『無力は罪なり』である! 力無きものはこの学園には不要! 溢れる知力、そして魔法による武力……その2つを兼ね備えた者こそ、この学園にはふさわしいのだ。そして、私にはその2つがある。力のある者は私に順じよ。力無きものは私の前から立ち去れ。それが、私が諸君に伝える唯一の言葉である!」


 な、なんだと!? こいつ突然豹変しやがった。辺りの生徒達もあのアルビノ少女の代わりように戸惑い、ぽかんとした顔を曝している。無力は罪なりって……なんという格差思考だ。確かに勉強に関しては多少の努力で何とかなるところもあるが……魔法のセンスなんかはほとんど生まれつきの才能によるんだぞ? かくいう俺も魔法のセンスは皆無だし……あの学年主席、ああ見えてなかなか要注意人物なんじゃないだろうか。


 ステージ壇上に立つアルビノの少女は一礼を残し、再びもとの1組の列へと戻っていく。


 平凡な学園校舎に突如として現れた波乱の前兆。こうして、ざわめきのうちに入学式は終了するのであった。


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