第4話 入学式前の風景


―――同日 AM8:25


 校舎の外は春の陽気でぽかぽかと暖かかったが、対照的に校舎の中の空気はひんやりとした空気に満ちていた。基本的な校舎の構造は普通の高校や中学と一緒のようだが、細かい調度やら材質やらは非常にきれいだ。一体どんな魔法を使ったらこの白壁や床やらはこんな傷一つ付かずにいられるんだろうか。


 そして、そんな壁や床に囲まれた廊下では、初々しい雰囲気の新入生ばかりが、俺たちとすれ違っていった。なんだかほとんどの男子が、鶴野と共に歩む俺に変な眼差しを向けていた気がする。まてまて、俺と鶴野は何も関係はないぞ。


「えーと、20組は……」


 俺たちは早速迷子になりかけていた。南棟1階に位置する正面玄関を抜け、軽くマップを確認し、13組から24組までがあるという東棟へと向かう。


 このエヴリスの全校生徒は約3000人。1学年は1000人30クラスだ。当然一つの校舎には入り切らないので、第1校舎から第3校舎までの3つの校舎に1学年ずつが分かれて別れて使用することになるという。つまり、今この第2校舎にいる生徒は全員俺達と同じ1年生ってことだ。


 さて、東棟の1階は全部特別教室やら職員室のようだったが、2階には果たして20組の教室はあるのか……?


「あった! あそこだよミドリ、アヤちゃん! 真ん中の方」

「お、本当だ」


 アルトが指さす方向、第2校舎東棟2階の北側よりに、俺たちの教室はあった。東棟2階には、奥の方、北から南に向かって19組から24組までが配置されている。どうやら13組から18組までは3階に入っているらしい。


 俺達はそのまま20組の教室に向かって歩いていく。廊下では、既に教室に出入りして仲好さそうに話している集団もちらほらと見ることができた。彼らも俺達と同じように中学からの同級生とかなんだろうか。


 さて、俺たちが20組教室の扉の前に立つと、その扉は空気が抜けるような音を立てて一人でに開いた。まさかの自動ドアだ。


 教室に入ってみると、まあ中学とそう変わらないような教室の景色が目に入ってきた。前面には黒板が設置され、教壇やら机や椅子が端正に並んでいる。だが、中学と違うところは、エアコンが完全完備で、さらに机や椅子といった調度も近未来的なデザインのものばかり。その上床も壁も傷一つなかったことである。まるで新品だ。流石私立の一流学園、設備にも桁違いの金がかかっているらしい。


「わぁー。すごく綺麗だよミドリ君! アルト君! これからここで勉強できるんだね」


 鶴野はその黒髪をなびかせながら、ふわふわした声で喜びを表している。まあ鶴野自身も中々の綺麗さだ。綺麗な教室に綺麗な美少女。うん。なんとも麗しい。


「わーいわーい!」

「……あれれ、ミドリ氏。アヤちゃんに夢中ですねぇ」


 俺はいつの間にかぼーっと鶴野のことを眺めてしまっているようだった。それもアルトの言葉で、冷水を頭から掛けられたような気分に変わる。こいつ、やっぱり一回締めておいた方がいいな。


「……お前は静かにしてろ」

「むふふ。言われなくても」


 こうして俺たちは初めての20組教室への入室を果たしたのだった。

 


―――同日 AM8:55


 さて、俺たちは一度教室を見回すと、荷物を置いて、北棟の北側にある体育館へと向かった。入学式だ。体育館にはもう4、500人くらいの生徒ががやがやと集まっている。俺たちはその合間を3人で抜けていき、左から20番目の列がある辺りでお喋りをしていた。


「うわぁー、本当にたくさんいるね! このみんなが私達と同級生になるんだ……わくわくするなぁ」

「ライバルで一杯だな鶴野。お、あそこに巨乳女子が……」

「もーミドリ君! いい加減にしないと本当に怒るよ⁉」

「いやすまんすまん。つい」


 鶴野は珍しく語気を荒げて俺に言葉を投げつけてきた。いやはや、こうやって3人で互いにいじりあうのは中学校の生徒会時代からの慣習だ。それでも鶴野は未だに過剰な反応を返すから、いじりがいというものがあるものである。ただ、鶴野に欠点がなさすぎて胸くらいしかいじるところがないんだがな。


「完全に変態天パですよこの人。またさっきみたいに叫びまわってもいいの?」

「それはマジでやめろアルト。もしやったらお前の身長を5センチは縮めてやるからな」

「きゃー怖い怖い。自分から痴漢しておいて逆切れなんて、ケダモノ!」

「なんだよそれ……まあ分かった分かった。俺が悪かったよ。大人しく警察に出頭する。鶴野、今までありがとうな」


 俺はわざと大げさに悲しがって鶴野に視線を投げる。すると、鶴野はみるみるうちに慌てふためき出した。こいつ、なんでもかんでもすぐ本気にするのだ。昔からこいつは何一つ欠点の無い奴だった。性格に関しても、積極性に満ち、更には博愛的な慈悲深さで一杯。こんなのと10年余り幼馴染なんかをしていたら、そりゃあ性格も何となくこの天パみたいにひねくれもするさ。


「えっ……⁉ そ、そんな……いいよ、別に私は嫌じゃなかったから……だから行かないでミドリ君!」

「……だそうだアルト。見たか? これは合意の上なんだよ」


 涙目でドラマばりの台詞を吐いてくる鶴野。そんな様子を逆手に取ってアルトに向き直る俺。合意の上なら痴漢など成立しなーいのだ。


「もー。いいかげんアヤちゃんを騙すのはやめなよ……」

「えっ? 騙すって……ミドリ君警察に行っちゃうんじゃなかったの⁉」


 ようやく鶴野は俺の嘘に気が付いたようである。相変わらず冗談という物が通じないやつだ。


「すまんすまん。冗談だよ鶴野。俺が警察なんかに行くわけないだろ? ジョークだよジョーク」

「えっ……! もうミドリ君たら! バカ!」


 そう言ってそっぽを向く鶴野。ここまで騙しやすいと詐欺なんかに引っかからないかと不安になるな。

 俺達はこうして、入学式までの短い間を下らない雑談で潰していくのだった。

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