第70話「甦りチート超人」

 空間の裂け目を通り抜け、一時的に狭間の森へと避難。ハーマイオニー達に余計な事を聞かれる前に再び加速して新たな空間の裂け目へと通り抜け、元の世界へと戻る。もちろん先程とは違う場所だ。次元移動はこういう時に役に立つ。


「ひやあ、驚きましたぇ。今んはどおやて移動したんどすかぇ?」


「申し訳ありませんが禁則事項ですのでお話できません」


 言葉は丁寧にしたが、その代わり眼で訴えた。余計な詮索はしないでくれと。彼女は察して静かに微笑んで頷いてくれた。妙に気がかりな少女だ。かなり賢そうに見える。先程は敢えてスルーしていたが、見た目は完全に1ケタ代の幼女だが、魔導騎士団団長だと紹介していた。異世界には色々な文化があるだろうから、このような幼女がいっちょ前に団長という肩書を持っていても、おかしくない文化圏なのかもしれないな。こう見えてかなりの実力者という可能性もあり得る。チート転移者に攻撃しようとしていたし。


「ん……? この反応は……」


 突如、視界にレッドフィルターが掛かる。あの少年が直接来たわけではない。奴のチート能力の波動だけを感じる。さっきの紋章術だ……しかもかなりの数がある。どうやらネアも感じているらしく、こちらに視線を向けて無言で頷いた。あいつは紋章を至る所に施しているらしい。


「このチート能力を解除しないといけませんね」


「ああ、そうだな。かなりの数があるからな」


 そんなことよりもチート消しをやらねば。ハーマイオニーとラザフィーに別れの握手と挨拶を交わして私達はチート消しに向かった。その際、彼女達に触れた事であのチート転移者と交していた直前のやり取りの情報が脳内に流れ込み、更新される。


 ▼今から一週間前、ハーマイオニーとラザフィーに出会った彼は、身体能力と格闘戦、紋章術を買われて騎士団に身を置く。しかし、邪魔と言う理由で既に勇者4人を殺し、好き勝手生きる事を決めていた彼は、元々感情が欠落している事も合わさり騎士団を利用しようと暗躍。紋章術で動きを制限させる軽い脅しで彼らを従わせる。これから徐々に侵食していく予定だったが、一時的にチート能力を破壊されたので、それにより彼が施して来た紋章術も無効化、もしくは効力が弱まる。そのため、騎士団を乗っ取る事を止めて貴方を殺す事に決めた。


「なんて利己的考えを持つ奴だ……」


「軽蔑します。人間の皮を被った殺人鬼です」


 本当に好き勝手やっていたようだな。感情が欠落しているとはいえ、ここまで自己中心的を取り越した考えを持つに至るだろうか? しかも邪魔だからという理由で勇者4人を殺した? 完全に精神がイカレている。いや、適切な言葉がある。まるでサイコパスのようだ。しかもターゲットを私に切り替えて殺そうとしている……ターゲットがハーマイオニー達から自分に変えられたのは幸いだ。だが、それ以前に気がかりなのは、何故一度死んだ筈なのに蘇ったのかと言う事だ。もしそれがチート能力のおかげならチートを破壊しているので大きな矛盾が起きる。だとしたら考えられるのは……。


《主、恐らくだが、あのチート転移者が何事も無く生き返ったのは彼自身に備わっている能力なのかもしれん》

《彼の情報に、超人兵士プロジェクトってあったでしょう? それが鍵だよ》


「どういうことだ? チェイサー、サイダー。あいつは紛れもない地球日本人。データを見た時も疑ったが、超人兵士等と言う空想染みた計画あるわけがない。しかも日本人が成功例だなんて、冗談がきつい。成功した結果が、あの無傷の身体と言うのならありえない。地球は異世界ではないんだぞ」


《主、そのことなんだが……》

《地球は1つじゃないんだよ。それが答えさ》


「……あ……?」


 地球は1つじゃないだと? またこのロボット姉弟はよくわからない事を言ってくれるな……。要するにどういう事だ……?


「つまり……地球は他にもあると言いたいのか?」


《ああ、並行世界。パラレルワールドだ》

《あの少年は、他の分岐点の地球から召喚された地球人なんだよ》


 パラレルワールドだと……? また難解な言葉が飛び出て来たな……。分岐点? さっぱり意味が分からない。私の前世の世界である地球の他に、他の地球が存在し、あのチート転移者はそこから来ただと?


《あのな、主。貴方ももう異世界渡航生活が長いのだから、地球の常識で考えるのはもう止せ》

《そんなんじゃこの業界やってけないよ? ライトノベルorなろう世界舐めてない?》


 舐めてはいない。だが、これは直ぐに理解できない、受け入れられない私が悪いのか……? どうやら地球の常識で考えるのは止めて、一旦頭をからっぽにして、全てをありのままに受け入れた方が良いようだ。意味不明な単語や概念が飛び出しても余計な事は考えずに受け入れるんだ、アンチ・イート。 今までも何とかやって来れたではないか。そう、パラレルワールドだ、並行世界だ。そう言う世界が世界には存在するんだ!


「……あの少年はパラレルワールドの地球から召喚された。そういうことだな……。奴がチート能力が破壊されたのに生き返ったわけは、地球で行われた超人兵士プロジェクトによるものだということか」


《ようやく受け入れたか。つまりはそういうことだ。改造手術は人知を超えた力を与えたようだな》

《服が破けずに無傷だった事も踏まえると、あれは蘇生じゃなくて、空間を巻き戻したんだと思う》


 空間を巻き戻すか……。つまり、部屋全体を、その人物がいる空間自体を丸ごと何かが起こる前に戻す。分子レベルでだろうか。ふむ……そういう概念ならば、奴の肉体も服装も、眼鏡も傷がついていなかった理由がわかる。何せ巻き戻されているのだからな。


「空間を巻き戻すですか……私達には理解できない概念ですね。人間達はそういう技術も開発できるのですね。パラレルワールドと言う、もう一つの同じ世界があるというのも信じられません……」


 ネアも2人の話を聞いていたが、恐らく半分は理解できていないだろう、それが普通だ。理解できる方がおかしい。何せ私も完全には理解していない。だがネア、いつまでその性格を続けるつもりだ?


「だが、とにかくこれからやることはチート能力を消しながら奴ともう一度対決する事だ。奴の様な存在がこの世界に留まると、甚大な被害を及ぼすぞ、平気で人を殺しかねないからな」


「反応は、いまのところ感じません。気配察知の為、しばらくネアンチートゥマンの姿でいますね、アンチさん」


「そうした方が良いな。私も変身は解除しないでおこう」


 ホルスター内のコルラ達にも大体の情報は伝わっている。


 問題は、奴が死んでも巻き戻し能力で死ぬ前に戻る事だ。おそらくだが、チート能力は破壊できてもある程度したら戻ってしまうのではなかろうか? アンチート抗体破壊されたチート成分は二度と戻る事は無いが、もし巻き戻し能力が人体に宿るチートにも有効なら、その可能性は否定できない……。オーバーキル攻撃でも巻き戻しが発動した。ならば奴の肉体が完全消滅するまでの威力と火力で攻撃するしかない。我がチームの最大火力はマシンクロッサーの一斉放射、私とネアが発動するジャッジメント、この3つだ。


 今回の敵は非常に厄介だ。下手をすればこちらが死ぬ可能性も高い。気を引き締めてかからねばいかん。

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