第4話 絵/演奏


 叶の両親は共に芸術家。

 母ねがい硝子しょうこはイラストレーター。在宅ではなく自分の事務所を持っているため出勤している。職業に反して活発的な性分で趣味はアウトドア。インスピレーションを受けるために様々な場所に飛び回るほど行動的。明るく太陽のような女性で家族を引っ張り、願家は円満。

 父ねがい 拓斗たくとは指揮者。以前は世界を拠点にしていたが、叶を授かると家庭を優先するために日本に落ち着く。現在は国内でオーケストラをやっているが、たまに海外の仕事が入り遠征に向かう。

 この両親は幼馴染み同士であり、硝子がしょっちゅうサバイバル小旅行に連れ回していたらしく、そのおかげか拓斗のメンタルは強い。

 夢緒夫婦と御門夫婦とは高校時代に同じ学び舎で過ごした仲。育継と御守がファンギャラを制作する時に、二人とも音楽とグラフィックに協力している。育継も信頼していて今でも時折一緒に仕事をする仕事仲間でもある。


 そして今日、その彼が海外のオーケストラの仕事から帰ってきた。


 叶の母、ねがい硝子しょうこは夫の帰りが待ち遠しかったらしく、彼を喜ばせようとかなり張り切っているそうだ。先日の焼き菓子の差し入れは、拓斗の好きな食べ物を作る過程で有り余った産物。余り物とはいえどレベルは高く、家族全員で美味しくいただいた。


 今朝がた拓斗より先にお土産として現地の食材が願家にまとめて送られてきた。土産を物品にするか既成の食べ物か、何にしようか悩んだ末に食材にしたと手紙に書いてあった。


 夫からの土産により、硝子は腕が鳴ると勇んでいる。ちなみに彼女はチャレンジャーで、創作料理が好きである。

 本日、雛形ひながたは硝子を見に行っていた。フードコーディネーターの血が騒いだらしく、菓子のお礼も兼ねている。さらに外国料理に詳しい望の母アリアに味の指導をしてもらい、お祝い料理は美味しく仕上がっているようだ。


 近隣トラブルを避けるこの時世にまるで姉妹のように仲が良い。高校時代に出会った三家の奥様方の友情は、それぞれ家庭持ちになっても隣同士になるほど続いている。


 その後、願家でホームパーティーを開く事に決まる。丁度全員予定は無く、久しぶりに三家揃うからだ。当然人数が多いのでテラスで行う。雛型は栄養が足りないと嘆いてカラフルな野菜を持って出て行っていた。夕方頃に身支度を整え家族に遅れて願家を訪問。


「どうも、お邪魔します硝子さん」


「は~い、いらっしゃい掴くん。あらら~も~相変わらずな様子だね~」


 太陽のような明るい笑顔を浮かべて頭を撫でて来た。特に拒む理由も無いが多少照れくさい。リビングに通されてテーブルを見やると、見慣れないが料理が並べられている。こうばしい香りが鼻孔をくすぐる。叶と談話していた望の隣に座り、紙コップにポッドのお茶を入れて啜る。

 キッチンでは母達が料理を作りながら話に花を咲かせている。余計な手出しは無用と判断し、育継は紅茶を飲みながらたただた優雅に寛いでいる。


「あれ~? そういえばミカミカはまだ来ないの~?」


 硝子の問いに、アリアはただ微笑みながら頷く。


「あ~。昔からああだもんミカミカは。ねえ雛ちゃん?」


「そうそう、アンタもよくアイツとゴールインできたわよねぇ? 育継さんでも扱いに困る時があるのに」


 硝子と雛形がそう投げかけるが、アリアは嬉しそうな微笑を浮かべて頷き、御守が籠っている地下のガレージの方を、幸せそうに眺める。


「「ああ、惚気てるわこりゃ…」」


 同時に呟いた後、三人とも声を上げて笑い出す。奥様方の領域に他が入る余地無し。


 すると、母親達の様子を遠目で眺めていた踏子が駆け寄っていった。


「お母様、雛型さん、硝子さん、わたくしもやりたいです」


 そして自分もやりたいと母達に懇願する。レディの血が騒いだのだろうか?


「私達は別に構わないけど」


「ママはどうなのさ?」


 雛型と硝子は、踏子の母であるアリアの意見を伺う。それに対しアリアは優しく微笑みかけて了承する。踏子は年相応に喜びながらエプロンを付けて母の隣に赴き調理の手伝いを始める。その姿は何とも可愛らしく、雛型と硝子は娘でも愛でるような目線でにやけている。小学生の女の子が母の隣で料理を手伝う姿は微笑ましい光景だ。


「ん? ところで主役の拓斗さんは何処だよ?」


「え? さっきからあそこで巡さんと話してるよ?」


「え? おお!? 気付かなかった!」


 叶が指差す方向に視線を移すと、巡が楽器を持ちより拓斗と共にセッションしながら談話していた。彼女は音大生なので、音楽家の拓斗と話したい事があるのであろうと、安易に予想できた。しかし…。


「巡ちゃん毎回先生だなんて止してくれよ。小さい頃みたいに気軽におじさんか拓斗さんでいいじゃないか~」


「もう私も音大生ですよ? いくら身内といっても分を弁えないと何を言われるかわかりませんから」


「う~ん、まあそりゃあそうだけどさぁ…」


 どうやら巡の大人びた接し方に少々戸惑っている。そして視線を逸らすと掴と眼が合い…。


「掴くん。弟の君からも何か言ってくれない…かな?」


 困ったような笑顔で、よりにもよって助け舟を掴に求める。姉の報復が怖いのでそれに対し掴は…。


「拓斗さん。姉さんの意見を象徴していただけると助かります」


「え君までぇ!?」


 姉の意見を尊重して拓斗からの要請を軽く拒んだ。心の中で謝罪する。


「掴くんも巡ちゃんも、おじさん悲しいなぁ…まあ、先生でいいよ」


「はい先生」


 拓斗は少し寂しそうに溜息を付く。手近な楽器を持ち寄った巡は拓斗のピアノとセッションを始める。そこから少し時間が経過するのだが…。


「…来ないねダディ」


「もう料理揃ったね」


「このまま来ないのか?」


 依然、御守が来ない。もしかしてこのまま来ないつもりだろうかと流石に掴も不安になる。巡と演奏していた拓斗も彼が見当たらない事に気づき、そして何かを閃いたような悪戯な笑みを浮かべる。徐に口を開くと…。


「ゴッドアゲート~! ゴッドアガード。破天荒な、天邪鬼~。外見は不良男児~」


 歌いだした。ゴッドアゲートゴッドアゴッドとは、御門御守の名前をもじったつもりらしい。掴は思わず吹き出しそうになる。というよりもその場にいた全員が笑いをこらえた。


「ゴッド~。ゴッド。素晴らしい天才だね~。ゴッドアゲート~! ゴッドアガード!」


 歌い続ける拓斗に便乗して巡が楽器を演奏し出しす。しまいには拓斗が床を足で叩きながらラッパを吹き出したので、これには堪らず、皆笑い出してしまった。


 その後、演奏を聴きつけた御守が怒涛の勢いでガレージから出てきた事は言うまでもなく、無事にホームパーティーは開始された。

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