第4話 激突

「言っておくけど、僕はスコーピオンだけどスコーピオンじゃない、スコピーだよ。だからスコーピオンの時みたいに強くない」


「わかってるスコピー。でも今はお前しかいないから頼む」


「うん、でも回復も防御もできないからよろしくね」


「そこは俺とスウェンでカバーする。教(きょう)さん達もいる」


『ああ、スコピーは縦横無尽に動き回れるし攻撃力も高い。充分立ち回れるだろう』


 反旗を翻した月桂樹によって占領された本部に突入する。中には大勢の人質が捕らわれている。育継も、ナミヲ達もだ。


 今使用できるフォームはスコピーのバイオヴェノムのみ。

 全身に黒い靄を纏いながらフィールドを縦横無尽に駆け回りつつ、肉弾戦と引っ掻き攻撃、そして大鎌による一撃と毒を撒き散らす戦法。


 一見するとかなりの強さを誇る様に見えるかもしれないが、その実魔法スキルも回復スキルも使用できずアイテムも使用できない。その上防御行動も取れないので受けるダメージが大きい。


「……ようやく子供達を助け出せるかもしれない……。今はなんとしてでも人好(ひとよし)とジャスティン達を撃退しなければいかん……。出来る限りのサポートはするよ掴君……」


「お願いします、教(きょう)さん、皆さん……」


 正義(せいぎ)、誠(まこと)、愛(あい)との悲劇的な再会はやはり堪えている。

 それでも教(きょう)は部隊を率いて掴達を全力で支える姿勢だった。


 そうして、細心の注意を払いながら占領された本部近くまで接近。

 しかし、闇雲にマルチフォーマーの力を使い突入するわけにもいかない。


 できるだけこちらのリスクを減らす方法で突入しなければならない。何しろ敵の人数が多すぎるのだ。


 突入した瞬間、全滅するという最悪のケースもあり得るのだから。


「仕方ねえ。ちょいと反則だが俺に任せろよっと……」


「水島さん? なにか妙案が……」


 いつの間にか、水島はあの赤い弓を所持していた。一瞬だけ炎が噴出したように見えたが、それを追求する間もなく、水島が弓振りかざす。

 弓の形は瞬時に変貌。片手でも充分振り回せる剣のような形へと変わったのだ。その形状はまるで燃え盛る炎。その場にいる全員何が起こったのか理解できずにいると、水島が剣を振るった瞬間に目の前の空間が歪み孔が穿った。孔の向こうに広がっているのは、本部内の一室だった。


「一体何をしたんですか水島さん!?」


「説明は後。今は突入することが先決。いいな?」


「いやいや明らかにおかしいでしょう!? なんなんですかこの孔? それに前から気になっていたんですけどその剣になっちゃった赤い弓、いつもどうやって取り出してるんですか!?」


 目の前で水島が行った超常現象に納得できず、弓の件も含めて激しく詰め寄る。明らかに人間の力ではない。彼に限ってそのような事は無いと信じたかったが、万が一と言う言葉が脳裏に浮かび、余計に不安に駆られる。


 しかし、険しい表情で追及する掴に対し、水島はお道化た様子で答える。


「弓はほらあれだ。手品だよっと」


「ふざけないでくださいよ。手品で本部内の一室に繋がる孔を開く剣が出るわけないでしょう!? もしかして、貴方も人好(ひとよし)と同じじゃないでしょうね!?」


「掴くんの言う通りだ水島。今まで俺も黙認していたが、流石に今回のお前が見せた力は明らかに逸脱している。その剣に変形した弓は何だ? いつも何処から取り出している? そしてこの孔はなんだ?」


 掴(つかむ)に同調し、教(きょう)も険しい表情で追及する。それはサポート部隊も同様。その場に不穏な空気が流れる。


「……待ってください……」


 黒田が水島に歩み寄り、教(きょう)達の前に立ち塞がる。改めてサングラスをかけたその強面が際立つ。


「……こいつは信用できる奴です。俺が保証します。決してアバターと手を組む輩ではない……信じてください教(きょう)さん……」


 サングラス越しの鋭い視線が、これまた険しい視線の教(きょう)と交差し合う。緊張の一瞬だ。


「お前がそこまで喋るとは珍しいではないか黒田? えらく饒舌だな……?」


「……教(きょう)さん……その言葉は、追い詰められた主人公に敵が放つ台詞です。味方に使うべき言葉ではない……」


 確かにそうだ。と、掴も一瞬思ったが直ぐに止める。このままでは一触即発の雰囲気だ。皆人好(ひとよし)とジャスティンの兼で疑心暗鬼になっている。あの異様な力を使う水島も奴らの仲間で自分達のスパイではないかと。


 だが、彼の相棒である黒田。今回は珍しく言葉が多く、水島を庇っている。そこには確かな信頼関係が見られた。


 二度目の助け舟が意外な所から齎された。


 佐伯だ。彼女も水島を庇うように立つ。


「隊長、いえ教(きょう)さん。私も黒田と同じです。彼は決して裏切者ではありません。信じてください」


 サポート部隊に動揺が走る。掴も、まさか佐伯が庇うとは思わず戸惑う。どちらが正しいのか。


「佐伯。だが、こいつは異様な力を見せたんだぞ? 人好(ひとよし)とジャスティンの件がある。素直に信用しろと……?」


「少なくとも、人好(ひとよし)少年とジャスティンよりは遥かに信用できます」


「……同じく……」


 三者の視線が激しく飛び交う。張り詰めた空気が辺りに伝わる。


『一触即発の空気を醸し出しているところ悪いが、彼が見せた妙な力からはアバターの成分を全く感じられない』


 突如スウェンが語った指摘に、水島と佐伯以外の全員が驚く。


『そうだろう、スコピー?』


「そうだね。正直アバターの気配も感じないし、声も聞こえない。今使った面白い武器も力も、全く知らないよ? 凄いね水島さん」


「おお素直でいいね。さすが掴のガキンチョの頃の性格だ」


 スコピーが無邪気な笑顔を水島に見せ、水島も思わず笑顔で返す。


『少なくとも、アバターとは無関係の力だ。私は彼を信じても問題は無いと思う。突入できるなら大助かりだ。もしもスパイだった場合は捕えればいいだけのこと』


「僕も同じく~」


「ひゃあ怖え怖えよっと」


 スウェンとスコピーも弁護に加わったことにより、水島を疑う雲行きは怪しくなる。掴は未だ疑心が晴れきれなかったが、教(きょう)は意を決したように溜息を付くと顔を上げる。


「わかった。俺もこれ以上部下を疑うのは正直心苦しい。だが、掴(つかむ)くんはどうだ……?」


「正直まだ疑いは拭いきれないんですけど……やっぱり俺も水島さんを信用します。でも、もしもの時は殺しますから覚悟してください」


「安心しろ、返り討ちにしてやるよっと」


 殺しますという発言の瞬間だけ強烈な殺気と鋭い視線を垣間見せた掴。それに対して水島は臆する事無くお道化た仕草と表情で返答するだけ。



 こうして、水島の開けた不思議な孔を通り抜け、掴達は占拠された本部内へ侵入することに成功した。


 しかし、内部は酷い有様だった。


 壁一面、天井や床に赤黒く得体の知れない何かに覆われているのだ。そして大変空気も悪く、強烈な重圧が渦巻いている。まるで、負の感情、呪いの類がこの場にあるかのような。


『これは……あのウイルスだ。建物内部を侵食している。無機物にも作用すると言うのか……』


 同じ場所に長時間いるだけでも、気がおかしくなりそうだった。こちらを攻撃しようとする悪意が其処らかしこに存在している。その内呻き声や呪詛まで聞こえ始めた。


 それは、ウイルスに感染し狂暴化した月桂樹のメンバーと、人質にされた筈の局員達の声だった。


 彼らは一斉に襲い掛かる。


 彼らは身体を激しく動かしながら、明確な悪意と殺意を持って攻撃を仕掛けて来た。激しく歪んだその表情は凶悪そのもの。口から出て来るのは罵倒、罵詈雑言。自分が日頃抱いている不満や負の感情をこれでもかとぶちまけて来る。聞いているこちらの気が狂いそうになる程の勢いと量。建物全体に流れるデスカーベルのデスメタルがより拍車を掛けているのも原因だ。今の彼女の歌に癒し効果は無い。


 むしろ卑しいの方だ。何処までも暴力的で荒々しく好戦的なメロディとリズム。耳から脳に伝わるだけで中枢神経が刺激されて意志の弱い者は直ぐに洗脳されて狂暴化するだろう。


 しかし、不覚にも掴は、脳の片隅でこんな彼女の歌も良いのではないかという考えが去来する。

 今まで純情可憐なイメージを抱いてきたが、それは返って彼女にイメージを押し付けているだけではないのか? そんな微かな疑問まで浮かんできた。

 それは、一見平穏に見える己にも確かな狂気が潜んでいるからであった。しかしそれは幼き日に置いてきた。もしやスコピーを憑依させていることも影響しているのかもしれない。


予期せぬ襲撃者に戸惑いつつも、辛くも彼らを切り抜けてミーミルの泉が設置されている指令室へ向かう。


 そして、メンテナンス中だったアーマードスーツ「戰(イクサ)」が保管されている部屋に辿り着く。

 教(きょう)、佐伯、水島と黒田がそれぞれ戰を装着する。全身に鎧を着ているような外観。武骨そうに見えて洗練された美しいフォルムだ。


「うむ。これでまともにやり合えるだろう。全員続け!」


 教(きょう)に指令に従い、とにかく突き進む。しかし、突入から数十分、通路を抜けた瞬間、巨大な触手が襲い掛かる。触手は天井を破壊しながら突き抜け、やがて屋上まで到達。


 掴ことマルチフォーマーバイオヴェノムフォーム、教(きょう)、水島に黒田と佐伯のみが屋上へと連れ出されたようだ。サポート部隊とは完全に分断されてしまった。


「やあ負け犬諸君」


 意気揚々と、自らを勝者とでも言わんばかりの尊大な態度。ジャスティン変身態がそこにいた。

 傍らにはスローンエルスト、スローンツヴァイト、スローンドリット。

 

 ――ジャスティン、人好(ひとよし)……!!――


 心の底から憎悪と怒り、確固なる殺意が沸きあがる。


「彼女がどうしても掴に遭いたいと言ってね、特別ステージにご招待させてもらった」


 ジャスティン変身態の合図に合わせ、デスカーベルと化したティンカーベルに憑依された大空小鳥、D‐T小鳥が現れる。


「つかむ~ぅ? 遭いに来やがったなぁ? アタシは嬉しいぜぇひゃっはっはっはっはっ!!」


 口角を不気味に上げて下品な笑い声を上げるデスカーベル。何処か相手を傷付けようとするサディスティックな意思も宿っている。佐伯は堪らずに声を荒げる。


「やめなさいティンクさん! 貴方達はそんな下品な笑い声を上げるような子じゃない!」


「はっ!! 勝手に押し付けてんじゃねえよ姐さんよお!? これが今のアタシだよ! 小鳥だって思ってんぜ? アタシらの歌で豚共が沸き上がるながらよぉ? 世界をぶち壊すような歌で支配したって構わねえだろうがよぉ!? 気持ち良いぜぇ、濡れるぜぇ? 堪んねえなアタシの歌を聴いて悶えて苦しんでる豚共がよお、あんなゾンビ見てえに従う愚民共がよお!! ひゃっはっはっはっはっ!!」


 聞くにも堪えない悍ましい言葉の数々。艶めかしく攻撃的な服に包まれ、悪意とサディズムに彩られた表情と思考は、最早以前の彼女とはかけ離れていた。


 あのウイルスに感染すると、これほどまでに人の人格を歪めてしまうのだ。かつてのデュークや目の前にいるトライン三兄妹、そして人質にされていた局員達と月桂樹のメンバー。


「彼女の言う通りだ。我らがデスカーベルをプロデュースしてやったのだ。見るがいい。髪の一部だけではなく、髪全体の色が銀色に変色し異なるメッシュが入っているだろう? これはプレーヤーである人間と我らアバターの精神が融合していう完全憑依だ。素晴らしいだろう? D‐(ウイルス)の力はアバターと人の協会すら無くし完全な存在となるのだ! そう、私とらのように人好のように


 己に酔い、演説する様に大袈裟に語るジャスティン変身態。


「さてとぉ……じゃあアタシの変身を見てもらおうかぁ?」


 D‐T小鳥は胸元から小さい物体を取り出す。取り出す際に一瞬エロイ声をわざとらしく上げる。明らかに誘っている。しかし、彼女が取り出した物体を見て掴達は驚愕する。


 それは、紛れもないインタフェイサー。

 それも掴と人好(ひとよし)が持っているのと同系機。

 しかし、その色は赤黒く変色しており、紫がかり血管の様な物が浮き出ている。さらにDウイルスに感染した時に検出される黒い泡状の靄まで出ている。


 ――ちょっと待てよ! 何で彼女がインタフェイサーを持ってるんだよ!? あれってスローンじゃないよな?――


『いや違う。あれは間違いなく御守が制作したインタフェイサー5号機だ……ウイルスに感染したことで波動をキャッチし辛くなっていたが……』


「つかむは驚いてるだろうねぇ? アタシと言うか小鳥も正当な所有者なんだよ。まさかアタシだけ蚊帳の外だと思った? んなわけねーだろバーカッ!! こちとらファンギャラの歌姫様だぞ!? そのプレーヤーだぞ!? 持たされてねえほうがおかしいだろうがぁっ!!」


 彼女は叫ぶながらインタフェイサーを身体に取り付ける。

 両腕を天に突きあげて下に勢い良く振り下げた直後に激しい形相で声を上げる。


「変身っ!!」


『デンソウ! オルタナティブフォーム! デンジャァァ!! デンジャァァ!! イビルバグルデンジャラスディーバァァ!!』


「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!」


 黒い泡状の靄と禍々しい赤い粒子に包まれた瞬間、それらが弾け飛ぶと彼女の肉体は強化皮膚と生体装甲に覆われた変身態へと変貌を遂げる。


 その姿は、この世に終焉を運ぶかのような終焉の歌姫。赤い血管が浮かぶ黒き両翼と暗黒色に彩られた女性らしい質感とフォルムの形態。一種の暗黒面的美しさを醸し出している。


 圧倒的過ぎる力を全身で感じた。

 神々しさすら覚える。


「アタシらがたっぷり愛してやるよつかむぅ!! アタシは一途でしつこいから覚悟しやがれええええええええええええええええええええええええ!!」


 人好(ひとよし)側は5人。掴側も5人。両陣営一斉に駆けだし、激突した。

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