第5話 攻撃開始

 無事に逃げ切れる保証は無い。

 つい最近まで潜在的初心者だった電子の歌姫。

 現在は中級レベルに変装している世界の賢者。


 とても頼りないコンビで大空を舞う三頭竜から逃れられるのは、人間がライオンの群れから逃げれるかと問うようなもの。


 茂みや木々に隠れつつ駆ける。幸いにもナミヲは若干脚が速い。コトリも小柄な事もあり走りやすく比較的速い部類には入る。


 それでもこの最深部から抜け出せる確率は非常に低い。三頭竜が2人の存在に完全に気づいてはいなかったが、テリトリーである事に変わりはない。

 こんな時にアサシン系のスキルがあれば多少生存率は上がったかもしれないが、たらればの話をしても仕方がない。ナミヲとコトリはまるで現実でも走っているかのように息を切らす。危機感と緊張感により脳が少しだけ錯覚しているのだろう。


「あのナミヲさん、私達このまま逃げ切れるのでしょうか?」


「どうだろうな……未だ奴のテリトリーにいるから何とも言えんが……」


 不安になり弱音を吐くコトリに対し、ナミヲは言葉を濁す。いつ何処から攻撃が来るかもしれないのだ。こちらに気付いた三頭竜の口から熱線が放たれれば一瞬でお陀仏。2人とも哀れな犠牲者第一号になり果てる。


 そして、悪い予感は的中。


 空から激風が、森全体を揺らす轟音。それは三つ首の竜が放った咆哮。耳を防ぎたくなる。突風と衝撃で破壊された木の枝が散り、草花が宙に舞い落ちる。2つの獲物に気付いた虚像の三頭竜が、その牙を向ける。


 遭遇エンカウントは成された。


「やはり駄目だったな……」


「そ、そんな……どうしましょう」


 咆哮の直撃を免れ草陰に身を隠したナミヲ達。不安と恐怖に駆られるコトリを宥めるように肩に手を置くナミヲは、意を決する。


「逃走は失敗。プランBを決行しよう」


「は、はい……」


「では、回復補助頼みます。まずは小手調べ!」


 ナミヲはコトリの頭に手を置いた後、脚で地面を思い切りけり上げ飛び立つ。その瞬間、彼の両足が緑色に発光、高跳躍ハイジャンプが発動する。通常より高く跳躍したナミヲは、あっという間に森林を抜けて上空にいる三頭竜との距離を縮める。そのまま武器を取り出すモーションへと移行。


 手元が歪み、何もない空間から引っ張り出すように両の手に双剣が出現。その瞬間緑の稲妻が纏わり付き攻撃力が上昇する。


「いざ尋常に参る!!」


 接近した瞬間、左右に振りきった2つの刃が、巨体の体表に斬り入る。鱗が並ぶ身体を蹴り上げて一回転。さらなる追撃を開始。


「いざいざいざいざいざいざいざいざいざいざいざいざいざいざいざぁっ!!」


 目にも止まらぬ速さで怒涛の連続斬りラッシュを浴びせ、エフェクトが煌めく。双剣による二撃、攻撃力上昇も相まって奇襲レイド攻撃アタックは成功したと言える。自分を鼓舞するかのように掛け声を木霊させるナミヲの姿は、それまでとはかけ離れる。


<MagicマジックBurstバースト!>


SpeedスピードRiseライズ!」


 魔法発動の電子音声が流れ、機転を利かせたコトリが、ナミヲに速度上昇の補助サポート魔法マジックを掛ける。


「助太刀に感謝する!」


 さっきまでと話し方が違うナミヲに戸惑いながらも、称賛の言葉を送られた事にコトリは笑顔になる。


「間を置かず攻め立てる!」


<SkillスキルBurstバースト! >


 攻撃技を発動させる電子音声が鳴り響く。


「烈火!!」


 瞬速となった剣撃で三頭竜の反撃を許さず、炎属性魔法が付与された2つの刃をその巨体に浴びせ斬り焦がしていく。竜は堪らず身体をねじ回して振り払おうとするが、剣先を突き刺し振り落とされないように踏ん張りつつ、片方の剣で攻撃を続ける。


 三つ首の一つが、ナミヲの方に首を傾げて睨み付ける。流石に気付かれた。次の瞬間竜の口に光が集束し始める。熱線を吐く前兆だ。竜の口から閃光が放たれる。間一髪跳躍して避けると、左右の剣の柄頭を連結させ、回転しながら急降下する。


「火炎大車輪!!」


 熱線を発して多少硬直時間を発生させた首に向かい、高速回転する火炎の刃が容赦なく叩き込まれる。落下の勢いも合わさり首の一つにピンポイントでダメージを負わせることに成功。

 しかし、怒り狂った二本の首から熱線が放たれようとした。不安定な足場と連続攻撃の効果終了が重なり、避けるのは困難と直感。


GuardガードShieldシールド!」


 すかさずコトリが防御魔法を発動。目の前に六角形方の透明物が展開されたかと思うと次々と連結してシールドとなりナミヲの身体を包み込む。放たれた2つの熱線は身体を焼くことなく魔法盾に阻まれる。衝撃で地面へと落下するが、防壁に守られていたおかげで落下ダメージは無効化。


「助かった」


「はい。大丈夫ですか?」


「軽く削った程度に過ぎない。あいつは身体と三つ首、それぞれにライフが設定されている。真ん中の首だけぶった切ったとしても、残り2本の首で動けるからな」


「なんという強さ」


「俺が調整した」


 得意げに自慢しつつも自分に舌打ちする。今は状況が違う。


「今の攻撃を続けたとしても消耗戦になる。このまま他のプレーヤーが到着しなければ、プランCへ移行するぞ」


「気が進みませんが、その時はやるしかないようですね」


「そういうことだ」


 改めて双剣を構え、コトリも杖と呪文書を握り直す。やるだけのことはやるしかない。プランBの内容は、このまま他のプレーヤが辿り着くまで出来るだけ三頭竜の体力を削ること。アバターがこの場に到着したなら、彼らと協力する。


「では、姿を変えよう」


 掴は素早くキャラチェンジのコマンドを発動させる。すると、ナミヲは弧を描く様に双剣を一回りさせ、光りが纏わり始める。


<CharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラChangeチェ~ンジ!>


「え!? なんですかこの変な歌?」


「出来ればツッコまずいてくれるとありがたい!」


 突如ナミヲから発せられる奇妙な電子音声の歌に驚くコトリ。ナミヲは表情をしかめる。製作者の趣味で、キャラチェンジを行う際にこの様な奇妙奇天烈な電子歌が流れるから、恥ずかしくてあまりキャラチェンジしたくないのだ。

 そして何よりこっ恥ずかしく嫌なのは……。


「変身!」


 と、言わなければ行われない事。


<OKオーケイ!TranceFormationトランスフォーメーション!>


 地面に青色の電子コードを模した魔法陣が展開、0と1の粒子を撒き散らしながらナミヲの身体を通過する。


<ChampionチャンピオンKingキングDuelデュエルDukeデューク!>


 妙な電子音声をバックに魔法陣が通過し終えると、ナミヲはデュークの姿へと変貌を遂げた。自分の姿を確認し終えたデュークは大剣を取り出し、迫りくる三頭竜に向かい静かな口調で喋り出す。


「この姿になるのは久方ぶりだ。あの三つ首龍を葬らなければ」


 突進してくる三頭竜はそれぞれの首から咆哮を発する。衝撃波となった叫びは再び森の木々を薙ぎ倒して破壊する。コトリを背後に隠して大剣を盾代わりに防御したデュークは、冷たい視線を送る。


「そう騒ぐな、弱くみえるぞ? 下がったらどうだね?」


 攻撃を防がれた三頭竜は、三つの口から一斉に熱線を放射する構えを取る。だがデュークは臆することなく冷徹な笑みを浮かべる。


「よろしい。では翼ごと置いて下がりたまえ……」


 デュークの足元に青色の魔法陣が出現。コトリの足元にまで展開したそれは、二人の身体を少しだけ浮かせる。


「少し揺れるが、我慢してもらいたい」


「え、あ、はい……」


 デュークが体を右に逸らすと、魔法陣がそれに反応するよう連動。デュークは脚を上手く動かしながら川の流れのように素早く移動する。熱線が放たれるが、次の瞬間2人は遠くの場へと逃れていた。縮地移動スライドウォーク。身体をスライドさせるように瞬時に移動する事が出来る歩法スキルだ。


「落ちたまえよ」


 大剣を構える。先端が光に包まれる粒子が集束。


<MagicマジックBurstバースト!>


HighハイThunderサンダーStormストーム!」


 大剣の切っ先からおびただしい量の電撃が放たれ、嵐のように旋回して解放された後に三頭竜を直撃する。激しい電流攻撃に晒され麻痺状態となり、苦痛の雄叫びを上げながら地面に倒れる。


「だから言った筈だ、弱くみえると」


「す、すごい…」


 コトリは、さっきまでのナミヲと全く異なるデュークの戦い方と性格・喋り方に固唾を飲む。そう、掴はバレるのを避けるため意図的に演じ分けており、近年になってもそれが癖となり残っているのだ。

 しかし、辛うじて痺れが弱い中央の首から一筋の閃光が放たれる。光属性の光線。当たればひとたまりもない。


「その程度の攻撃など、LightライトWallウォールProtectionプロテクション!」


 大剣を中心に六角形状に現れた光の防護壁。眼前に展開された巨大な壁は、放たれた光線を貫くことはせず微動だにしない上級レベルの防御魔法。コトリはただ唖然とするしかなかった。そんな彼女の様子を気に掛けるようにデュークは微笑を浮かべ語り掛ける。


「驚いたかい?」


「え? は、はい。話し方が」


「私は上級魔法を主な攻撃手段にしている」


「いえ、攻撃方法ではなく」


「掴まってなさい」


「え?」


 痺れが残りながらも、三つの首が無造作に息吹を吐き散らす。デュークはコトリを抱きかかえると再び縮地移動スライドを使用して離れた場所へ高速移動を繰り返す。コトリが悲鳴をあげる中、デュークは足元の魔法陣を華麗に操りながら避けていく。そして大剣を三頭竜に掲げる。


HighハイFireファイアStormストーム!」


 刀身から炎が生まれ、瞬く間に螺旋回転をしながら巨大化。放たれた炎の渦は嵐となり敵に襲い掛かる。隙を突き、デュークは炎に包まれた大剣の重い一撃を敵の巨体に叩きつける。地響きと共に地面が抉れ沈み、爆炎が発生する。魔法で攻撃しつつ大剣の一撃を決めるのがこの姿の時の戦法だ。


「……やりましたか?」


「それは禁句と言うものだ」


「はい?」


「その言葉が口から出た瞬間、敵は何事も無く立っている」


「あの、意味が解らないのですが……」


 直後、大きな咆哮と共に火が消し飛び、中から悠然と三頭竜が現れデューク達を睨み付ける。火傷は負ったが痺れは完全に取れて怒り状態になっているようだ。


「ああいうことだ。覚えておきたまえ」


「……よくわかりました」


 口調と性格が豹変している事を何度も問うとした気は失せ、青ざめた表情に変わる。


「これだけ上級魔法を叩き込んでもまだ体力がある。物陰から奇襲するとしよう」


 デュークから意識を外した掴は、再びキャラチェンジのコマンドを発動。デュークは大剣を地に突き刺すと左手を胸の前で掲げる。


<CharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラChangeチェ~ンジ!>


「またこの変な歌?」


 またもや奇妙な電子音声の歌にコトリは顔をしかめる。


「変身」


 デュークは気にする素振りも見せずに呟く。


<OKオーケイ!TranceFormationトランスフォーメーション!>


 赤色の電子コードを模した魔法陣が足元に展開、0と1の粒子を撒き散らしデュークの身体を通過していく。


<SniperスナイパーAssassinアサシンRaid奇襲紅蓮クレン!>


 電子音声と共に魔法陣が通過し終える。デュークは紅蓮クレンの姿へと変わる。首を回して大きな欠伸をする。


「……良い目覚ましだ……」


 小さくそう呟きながら双銃を取り出し、コトリを抱えると、素早い動作で物陰に潜む。その際、彼の羽織る赤いマントがまるで生物の様にたなびいた。

 またも性格と口調が変わっている。紅蓮に聞くべきか迷うが、ネットワークゲーム等でプレーヤーが行う演技ロールについて思い出す。そしてはキャラごとに演技ロールしているのかとようやく理解できた。

 掴達の様な位持ちプレーヤーにとって演技ロールは必要条件。アバターを変えても話し方や素振りが同じままではバレてしまい意味を成さない。最も、コトリの場合は全くできていないのだが……。


「……寝起きには丁度良い……」


 茂みに身を伏せ、二つの銃口を三頭竜に向ける。ちなみに紅蓮でプレイしていた時は寝落ちする事が多かったため、紅蓮にキャラチェンジした際は少し眠くなるような癖がついてしまった。


「……せいぜい私を眠らせるなよ……」


 気だるげに発砲。遠距離、死角から放たれた二つの弾丸が首にめり込む。そして二度、三度、幾度も撃ち続ける。三頭竜は警戒を強め、辺りを見渡した後に身体を回転させてブレスを放ち始めた。紅蓮は即座にコトリを抱き寄せて跳躍。そこから身体を反転させてさらに上昇する反転跳躍クイックジャンプを披露。見事に攻撃から逃れる。


「……このまま攻める……」


 紅蓮は双銃を収め、代わりに右手から短銃。左手から長剣を取り出すとそのまま投げる。長剣は落ちることなく浮遊し、左手の動きに合わせて無軌道に動きながら三頭竜を何度も斬り付けた。二刀流スキルと浮遊スキルの合体応用技である。


<MagicマジックBurstバースト!>


AeroエアロBlastブラスト!」


 風属性魔法が放たれ、辺りが突風に包まれる。巨大な空気の塊となり敵の身体に直撃して転倒させた。紅蓮は攻撃力と魔法の威力がバランスよく上昇しているのだ。


<SkillスキルBurstバースト! >


螺旋スパイラル竜巻ハリケーン!」


 紅蓮は勢い良く身体を回転させる。徐々に彼の身体から風が発生し、草木や巨大な三頭竜さえも引き寄せられ竜巻状になり、風に捕らわれた。捕らわれている間、右手の短銃からは銃弾の雨が降り注ぎ、浮遊した長剣は三頭竜の身体を容赦なく攻撃し続ける。螺旋回転の檻というわけだ。

 発動時間が終わり、紅蓮は動きを止める。同時に風が掻き消え、巻き込まれた大木や岩が落下、三頭竜は地面を転がりながら激突する。


「……流石に効いたようだな……」


 呟く様に吐き捨てる紅蓮は、冷たい瞳を敵に向けたまま、武装を双銃に切り替える。


「……追撃だ……援護を頼む……」


「は、はい紅蓮さん!Bindバインド! Chainチェーン!」


 コトリに指示を出した後、敵にさらなる追い打ちをかける。三頭竜は地面から生えた光の鎖に縛られ捕らわれる。すかさず双銃から銃弾を放ち続ける。一見威力が低いように思えるが、食らい続けると地味にハメる事が出来る。

 しかし、コトリの魔法は初級レベルなので長くは持たず、鎖は解かれそうになる。


「させません! もう一個掛けます!」


LockロックWedgeウェッジ!」


 鎖に噛み付いて引き千切ろうとする三頭竜を、一対の光る楔がその身体を固定する。鎖で縛られ、楔で動きを封じられ身動きが取れなくなる。


「……良き封じだ……」


「あ、ありがとうございます……」


「……さらに動けなくしてやろう……FreezingフリージングBlastブラスト!」


 双銃から放たれた魔弾が身体を貫いた瞬間、その巨躯がみるみるうちに氷と霜に覆われ凍てつく。完全な氷の巨像が出来上がった。


「え、えげつないですね」


「……凍っている間も奴の命は削られていく、有効な手段だ……」


 掴は意識を戻す。あれからいくつもの攻撃を当て続け時間も経過しており、かなりのHPを削った実感はある。こちらが大きなダメージを食らっていないのは奇跡に近い。できればこのまま他のプレーヤーが来れば好都合なのだが、一向に誰一人として現れていない。流石に無理があったか。


 ――せめてイグニスイーリス・フローラが来てくれたら有利になる。次はスコーピオンを使う事になるからな……出来れば使いたくないんだけど……――


 無いものねだりをするが、状況的と時間的に高望みし過ぎだと判断。コトリの初級魔法とナミヲ、デューク、紅蓮を使い分けて戦い続けるのも限界がある。何よりも疲れてしまう。


 諦めてプランCへ移行するしかないらしい。


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