第6話 イーリス・フローラ/ノワール

「叶ってさ、いつからファンギャラやってるの?」


「そうね、気になるわ」


 友達の2人、元気溌剌スポーツ少女の千香と、妖しげで大人びた少女の由紀にせがまれ、自分がいつ頃ファンギャラを始めたのか思い返す。 

 ファンタジアギャラクシアを始めたのは、幼馴染みののぞむから誘われたのがきっかけ。


 同じ幼馴染みのつかむがそのゲームを随分前からやっていること自体は二人とも薄々わかってはいたものの、若干物心がつく前だったため、正確には理解できていなかった。プレイできるようになったのも、心と体が成長してようやく自我が確立し始めた頃だ。

 幼少期の頃から服飾の絵を描くのが好きだったかなえは、ネットでイラストを公開するのが当たり前となっているこのご時世、ごく自然に服飾イラストをファンギャラに投稿するようになっていた。


「お父さんとお母さんが芸術家だからそれも影響したのかな。私もなにかしたいなって。ファンギャラ内で服飾デザインをアップしてたんだけど、遊ぶ方もやってみないかって望くんに誘われたの」


「御門から?」


「あらやっぱり御門くんなのね」


「そうだよ」


 イーリス・フローラ。


 ギリシア神話に登場する虹の女神とローマ神話の花と豊穣と春の女神を合わせた名前。叶がファンギャラを始めた時に作り出したアバターである。


 女性らしさを前面に出した要素が多く、柔らかいイメージの衣装に身を包んでいる。しかし、戦闘やクエストで使用する事は無かった。叶の興味は、ファンギャラに搭載されているサイトシステムに、イーリス・フローラ名義で自らが描いた服飾デザインを載せる事だった。


 イーリス・フローラも便宜上位持ちアバターとなっているが、この場合は服飾デザイナーとして名を馳せているので事情がかなり異なっている。イーリス・フローラの立ち位置は極めて特殊なものとなっている。


 そして、幼馴染みののぞむに誘われる形で遊び始めた頃、彼に付き合うためにイーリス・フローラを戦闘用・クエスト用にキャラチェンジさせた。


 名はノワール。フランス語で黒を意味するが、「裏」という意味も込められているのは彼女なりの洒落の利かし方と言える。


 ブラックカラーのレザースーツの上に、革製の黒いジャケットを羽織っている。 獲物を狙うかのようなきつめの流し目にアッシュブラックカラーの背中まで届くロングヘアーと凹凸の激しい抜群のスタイル。

 本来の叶のキャラからは考えられないようなエディットだが、これは普段とは違うキャラを演じてみたいという気持ちからきている。この外見に合わせて自然とクールキャラを演技ロールしており、ことのほか楽しんでいる。

 望の駆るゼフィロスについていけるように俊敏性と機動力を重点に育成。メインウェポンは銃剣。この銃剣は彼女の素早くトリッキーな戦い方に一躍買っている。 暗がりに紛れて暗躍するその風貌は、美しき女性暗殺者という言葉がふさわしい。叶が何気にノリノリで演技ロールしたことも相まってかかなり強く、半ばゼフィロスの相棒のようなポジションに収まっており、ノワールも至高の暗殺者としてギャラクシアでは名が通っている。


 叶は望や掴、まこと達と遊ぶためにしかノワールとしてファンギャラにログインしない。それ以外はイーリス・フローラとしてサイトにデザインを公開したり、デザインの仕事を請け負ったり女友達とだべったりと充実した日々を送る女子高生。

 服飾デザインの仕事には誇りを持って行っている。一点ものに拘り、服を着た人の個性を引き出せるような、幸せになってほしいとの思いから、彼女は今日もデザインを手がけつつ学業と両立している。

 両親もそんな娘のことを誇らしく思い温かく見守っている。


「ところで叶? 貴方は御門くんと夢緒くん、どちらが好きなのかしら?」


「そ~そ~、叶ってばいい加減白状しちゃいなよ~? よ~よ~」


 この手の質問はクラスの女子からよく受ける。しかし、残念ながらクライスメイト達が期待するようなロマンスめいた回答は出来ない。


「前から言ってるでしょ? 私は望くんも掴ちゃんも好きだよ、それじゃ駄目かな?」


「またその答えなのね」


「それってどっちも好きじゃないって事かよ~」


「私にとって二人とも大切な幼馴染みだから、ずっと一緒にいると、家族みたいなものだから恋愛感情は抱かないよ」


「あら、やはりそういうものなのね。幼馴染みというのも、考えものなのかしら」


「え~そっか~。どっちもカッコイイし頭もいいから勿体無いと思うけどなぁ」


「掴ちゃんは体力無くてひねくれてるし、望くんはけっこうだらしなくておちゃらけてるから、付き合う気なら苦労するから勧めないよ」 


「「よくわかってるじゃない……」」


 叶の容赦ない身内評価に、千香と由紀は納得したように苦笑いを浮かべ頷く。


 ――お前らはなんというか相変わらず夫婦漫才なんだよなぁ…――


 かつて掴から呆れ半分、皮肉交じりに言われた言葉を脳裏に思い出す。あれはひねくれた彼なりの促しである。


 望に対して特別な感情を抱いていることは、薄々自覚はしている。そうでなければ、彼に誘われてわざわざ殺伐としたギャラクシアでプレイするようなことはしないからだ。だが、そのことを本格的に自覚するには至っていないのであった…。

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