第5話 社員交流
今日は父
周りを独特の装飾で彩られたビルが立ち並ぶ博多シティの中心地に、NE社本社は建てられている。ファンタジアギャラクシアという一大製品を生み出したNE社は福岡をゲームフロンティアフクオカに発展。今やエンターテイメントの中心とも言われている。
日頃から父の仕事を手伝っていると、必然的に父の部下であるNE社社員の人達と逢う機会が増える。
仮にも大企業の、しかも室長である自分の仕事を手伝わせるのだから、部下にも顔を合わせておかないと信頼関係は築けない。そんな父の格言に従い
掴自身NE社に見学兼臨時プログラマーの立ち位置で時々出入りしている。
あの室長の息子で開発長の弟子だからといって特別視される事は無いが物珍しさはあり、今では普通に受け入れられている。
「あら、掴くん。こんにちは」
そして、中には幼少期の掴や家族関係を周知している人もいる。
「こんにちは、佐伯さん」
落ち着いた大人の女性の声質。艶のある綺麗な黒髪を結い、バランスの取れた美しい体型。知的な印象を受ける佇まいと整った顔立ち。
佐伯レイコの印象を例えるなら才色兼備な女性だろう。
「今日も室長の手伝いね?」
「はい、ちょっとしたプログラムの」
「いつも頑張ってるのは微笑ましいけど、無理はし過ぎちゃ駄目よ掴くん?」
「あっはは…お見通しですか」
微笑を浮かべて体調を気遣ってくれる佐伯に対し、掴はぎこちない笑顔で応える。彼女の身体から微かに大人の女性の色香が漂う。
NE社と同じネグログループに属する民間警備会社から派遣され警備部門に勤めているが、システムエンジニアも兼任している女性社員。NE社随一の文武両道者として人気。基本冷静で真面目な性格。
三条三兄妹の父、
「いつも通り君の席よ。ちゃんと綺麗にしてるから安心して」
「ありがとうございます」
仮に与えられている自分の席に座り書類を広げて作業に取り掛かる。モニターの起動音が鳴り、電子ディスプレイに明かりが灯ってNE社のロゴマークが表示。折り畳み式電子キーボードをデスクに敷いて即座に指を走らせる。今日の手伝いはプログラミングの書き込みとファイアーウォールのチェック等色々。半分社内の根幹システムに関っているようなものだ。アルバイト扱いとはいえ、それなりに責任と誇りを持っている。高速で電子キーボードを叩きながらC言語との睨めっこにも熱が入る。その真剣な姿勢は図らずとも熱意のオーラを纏わせる。
「いつもながら凄いわね…何か困った事があったらいつでも話しかけてね」
返事は返ってこないが僅かに手を振り了承の意味を示す。それ程までに取り組んでいるのだ。近寄ると火傷しそうな熱の籠る彼の仕事振りに、佐伯は関心して思わず言葉を漏らし、微笑を浮かべながらその場を後にする。
あれほどの腕前だから今すぐにでも
昔と今の様子を照らし合わせつつ、佐伯はそんな事を考える。彼女もある意味掴が頭が上がらない人物の一人である。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
「お~来てたのかガキンチョ」
「あ、こんにちは水島さん」
「おう、こんにちはっと」
休憩所の椅子に腰かけスムージを飲みつつ休んでいると、警備の腕章を付けたスーツ姿の男性社員、水島ダビットがゆるりとした口調で掴に話しかける。
その隣には水島と同じくスーツに警備の腕章を付けたサングラスに強面の男性
黒田ジョージが静かに佇む。掴は臆することなく黒田にも挨拶をするが…。
「こんにちは、黒田さん…」
「…ああ…」
短く一言。そして会釈のみ。決して怒っているわけではなく、これが彼の通常。
「仕事は終わったのか?」
「はい。特に用も無いので休憩して帰ります」
「そりゃご苦労さんだっと」
水島が労いの言葉を発して掴の横に座り込む。片手には自販機で購入したと思われる飲料水を握っている。プルタブを捻り穴を開けると、そのまま口を付けて一気に流し込む。横目で眺めながら掴も残りのスムージーを飲み始める。
彼は襟元のボタンを外して緩めており、スーツのボタンも嵌めずにシャツの裾も出しっぱなし状態。
仕草や言動からも、初対面の者は水島に不真面目そうな印象を受けるだろう。
それに対し黒田は、まるでボディガードのような外見。
浅黒い肌・切り揃えた口髭・スキンヘッド・弱視を保護するためのサングラス。体格の良さも相まって寡黙な男は社内一怖い風貌。意外にもシャイで、言葉で自分を表わす事が苦手なため無口になりがち。行動で示すタイプである。
「水島さん、今日は警備?」
「そうだよっと。昨日はシステム管理で睨めっこだ」
「相変わらず佐伯さんと同じで凄いですね。警備員とシステムエンジニアを兼用だなんて滅多にないですよ」
「まあ佐伯さんの方がすげえけどなぁ。俺はどっちかというと警備の方が好きだな。任された仕事はどっちもきっちりかっちりやるよっと」
だが、見た目とは裏腹に仕事は誇りを持ってきっちり熟す人物だと、掴は知っている。知り合いの中でも比較的気軽に話しやすい部類にある。
「お前さ、将来は
「そのつもりです。父が許可をくれればですけど」
「お前ってば妙なところでおりこーさんだなっと」
「いやでも、特別扱いってわけにも行きませんから」
「まあそりゃそうか。でもま、ウチにしてみれば優秀なら早いとこ入ってくれても大歓迎だぞっと。なあジョージ?」
「…そうだな…」
楽な姿勢で掴に寄りかかり、肩に手を回して気さくに叩いて笑いかけ、黒田にも同意を求める。缶コーヒー片手に沈黙を貫いていた彼も、相棒の意見を肯定するかのように静かに頷く。口元は僅かに緩んでいるようにも見えた。掴は少しだけ照れくさくなる。
「あら水島、黒田、掴くんといたの」
「げっ!? 佐伯さん」
休憩所の扉を開けて佐伯が入ってくる。掴は挨拶をしようとしたが、先に水島の気まずそうな声に阻まれてタイミングを逃し、とっさにお辞儀だけに済ます。
水島があからさまに動揺して椅子から立ち上がったのに対し、黒田は慌てるそぶりなど一切見せず、佐伯に向かって首を垂れる。掴はそんな黒田に対して、この人はブレないな、と。違う意味での尊敬の念を抱く。
「げ、て何よ? げ、て。人を怖いものみたいに見てんじゃないわよ」
「ああ、すんません。ちょっと居づらいだけですよと、はっはっは…」
「引き攣った笑顔で後ずさるな水島!!」
口角を曲げて苦目な笑顔を作り、明らかに苦手意識を前面に押し出せて絵に描いたように後ずさる水島。彼はシステムエンジニア警備双方でも彼女の部下であり、普段から相当しごかれている故に休息の場でもこのような態度が出てしまう。
佐伯も部下であるとはいえ女心的に水島の態度が気に入らないらしく、先程掴の前では見せていない一面を覗かせる。少し感情が出やすくなるようである。
「じゃあ俺は戻るっす。ああ掴、またな」
「え? あ、はい…」
「ちょっと!? 私が入ってくるなり逃げるって失礼でしょ水島!!」
「じゃあまた後で!!」
「ちょ!? こらぁ~みずしま~!!」
逃げるように、というより事実逃げた水島に向かい、佐伯はコミカルな挙動で大声を上げて彼の名を叫ぶ。そして短いため息でぐったりと休憩所の椅子に腰を下ろす。
「水島め~、何よ人のこと怖い人みたいに避けやがって…そんなに私は怖いっての? いや一応仕事上なだけだしさ、私もそこまで…」
背もたれにもたれ掛かり不満を漏らす佐伯。掴はその光景を微笑ましく見つめながら声をかける。
「大変ですね」
「やっぱり掴くんも私の事怖いと思ってるの?」
「さあ…直接水島さんをしごいている場面を拝見しておりませんので、僕からは何も申せませんね」
「急に堅苦しくならないでよ!?」
「はは、すみません。じゃ、俺はこれで上がりますので」
最後の一滴を一気に飲み干し、佐伯と黒田にお辞儀をしてそのまま休憩所を後にした。掴が去り、休憩所に二人きりとなった佐伯と黒田。あくまでコーヒーを飲みながら沈黙を守る黒田に、先程の水島の態度も含めて我慢ならずに疑問をぶつける事にした。
「…ねえ黒田?」
その言葉に、黒田は彼女の方に視線を移す。サングラス越しに暫し見つめ合い。
「…なんでしょう…?」
「私って怖いかしら…?」
再び数秒の沈黙が生まれる。そして黒田は徐に口を開いた。
「…俺よりは怖くないでしょう…?」
微かに眉をひそめてそう答える。
「なんかごめん」
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
「おいおいおい、掴くんじゃないか…」
「あ、
ノルマが終わって会社の出入り口に向かう途中、スーツ姿に警備と書かれた腕章を付けた壮年の男性、三条三兄妹の父親、
「アルバイトの、帰りかい…?」
「はい、毎回恒例と言いますか、手伝いっすね」
「そうかい、毎度毎度、感心な事だ…」
まるで死線を潜り抜けたような武人たる雰囲気と渋さを醸し出す男性。それでいて何処か愛嬌のある人柄。ちなみに、妙に溜めてから話すのが癖。
「好きでやってる事ですから。教さんは見回りですか?」
「そうだね、巡回だよ…」
「さっき佐伯さん達と話しました」
「おや、そうかい…」
「水島さん相変わらず佐伯さん怖がってますね、黒田さんも変わらず寡黙な方で」
「はっはっはっ、彼らはいつもあんな感じさ…」
ちなみに、警備会社から警備長として派遣されているだけあって強い。あらゆる武術の達人で高いサバイバル技術を持つ。そしてかなり子煩悩。特に
「そういえば、最近御守と話してないね…育継とはちょくちょく話すんだけどねぇ…」
「父さんはともかく、御守さんは人前に出ませんからね」
「いつも開発室に籠っているし、家でも地下のガレージに、籠ってるんだって…?」
「そうなんですよね~。
「
「そうっすね」
いかん。親バカもとい惚気始めた。こうなると中々終わらず、下手に口出しせずに制定した方が得策だ。
「御守からは、あまり踏子ちゃんの話を聞かないんだけど、可愛い娘の話位くらいすればいいのにな…昔から思ってたけど、うちの愛と踏子ちゃんは、何処か似ていると思うんだよな…」
「はあ、似てるんですか?」
「声とかそっくりだと思うんだよ…」
「ああ、確かに性格は似てないけど声は似てますねぇ」
「やっぱりそう思うかい? いや~はっはっはっ…!!」
この人、娘が暴漢に襲われたら相手を三枚に下ろすだろう。彼氏が出来たら彼氏がどうなるか想像したくない。きっと教と対面したら相手の彼氏は、この眼光に睨まれたら青ざめて気絶するだろう。
「いま、もしかして失礼なこと考えてないかい…? いくら僕でも娘が連れて来た彼氏さんを怖がらせることはしないよ、はっはっはっ…!」
思っていた事を見透かされた。教は掴の背中を気さくに叩きながら、特徴のある笑い声を上げる。この人も相変わらず何処か愛嬌のある人だと、思わず微笑む。
「いや~でもあれだね。また、皆で集まりたいね…」
「ああ、そういえば、この前は教さん達来れなかったですもんね」
「うちの家内も、雛型さん達と会いたがってるよ…また皆で料理し合いたいってね」
「
「はっはっはっ…ありがとう、母艦にも伝えとくよ…」
先日の拓斗帰省パーティーの際、三条家が来れなかったのが少し心残りであった。三条家を含めた四家が集まる機会も中々貴重なため、今度チャンスがあったら集まりたいものだと、掴と教は思った。
「ああ、すみません勤務中に、長話してしまって」
「いやいや、引き止めちゃったのはこっちさ、じゃあご苦労様、掴くん…」
「はい、お疲れさまです、教さん」
お互いに手を振り合いながら別れた。
「また皆で集まりたいな…」
そう呟きつつ、家に付いたら、父と母にまた今度皆で集まりたいと話をしておこうと決める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます