討伐のゆくえその7


 ♠



 ――お前は、傲慢ごうまんな男だ。


 まただ⋯⋯


 と、バルボアは思った。

 また、この夢だ。

 いつも親父の小言から始まる。

 家を出る前に、親父に言われた言葉だ。

『傲慢だって?』

 オレは反論した。

 言い返す必要なんて無いじゃないか。

 なにをムキになってんだ、オレは。


 ――そうだ。


 親父が言った。


 ――お前には成すべきことがある。それを成すために必要な力も術も財力も持っていながら、その全てに背を向け、見て見ぬ振りをしている。それを傲慢と言わずして、なんと言う?


『冗談じゃない。傲慢なのは、あんたの方だ。オレを見ず、オレを認めず、意のままに従わせようとする、あんたこそ傲慢だ』


 ――ジョナサン。話しがある。


 祖父じいさんだ。

 相変わらず苦虫を噛み潰したような、いかめしいしかめっつらをしてる。

 祖父さん。オレは、あんたのことも大嫌いだった。


 ――ジュニアは、廃嫡はいちゃくにすべきだ。


 ――待ってくれ父さん。あいつは、確かに夢見がちな男だが、廃嫡にするなんて気が早すぎる。


 ――ギルフォードには、やる気も才覚もある。家を継がせるのはギルフォードだ。


 ――ジュニアにも才能はある。たぐいまれなる才能だ。


 ――本人にやる気が無ければ、その才能も宝の持ち腐れであろう。


 まてよ、親父は、こんなことを言ってたか?

 オレは、自分に都合の良い夢を見ているぞ。


 ――ジュニア⋯⋯


 母上。


 ――どうしても出て行くの?


 夢に出てくる母上は、いつも悲しげな表情かおをしている。

 あの花のような笑顔を見せてくれよ、母上。


 ――もう一度、父上とお話しなさい。


 話すことなんて何もない。


 ――お前は、出来損ないだ。


 ――卑怯者め。


 ――ジュニア。これは望遠鏡というんだ。驚くほど遠くまで見れる優れものだぞ。


 ――お前に、くだらん夢を見させるために、レイリア年代記を渡した訳ではないぞ。


 ――よくやったジュニア。お前には、狩人の素質もあるんじゃないのか。


 ――ジュニア、剣なんか持ち出してなにをしている?


 ――ジュニア⋯⋯


 親父がオレを呼ぶ。


 ――ジュニア⋯⋯


 祖父さんが呼ぶ。


 ――ジュニア⋯⋯

 

 母上も。


『母上⋯⋯』


 いまさら何を言うことがある? 

 オレは、逃げ出したんだ。

 違う逃げ出してなんかいない。

 夢に生きたんだ

 夢だって?

 見果てぬ夢さ。

 現実を見てないだけさ。


 ――ジュニア。お前の才能を、最も過小評価しているのは、他ならぬお前自身だ。


〈親父⋯⋯〉


 あんたァ、オレのことを認めてたんだな。


 ――ジュニア。


 そして母上は、そのことを知っていた。

 だからオレと親父が喧嘩する度に、あんな悲しげな顔をしていたのか!?


『母上』


『母上』


『母上っ!!』


 早鐘のように脈打つ心臓の鼓動が、耳の奥から聞こえる。

 伝えなければならない、母上に。

 だが、いまさら何を?

 戦士になったと?

 英雄になったと?




『親友の手柄を横取りしてな』




〈ジェイド〉

 違うんだ。

 誤解なんだ。

 オレは、何を言おうとしているんだ。

 母上が背を向けた。


 ――さようならジュニア。


『母上、母上、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ!! 母上、母上ぇぇっ!!』


 大きく息を吸いこんだ瞬間、その拍子に瞼が開いた。

 強い光が眼にみた。

 眼を細めるが、何も見えない。

 何度かまばたきすると、ようやく世界がおぼろげに見えた。

 バルボアの目の前に、絶景が広がっていた。

 山が萌えていた。

 色とりどりに紅葉した木の葉と、常緑樹の濃い緑が、見事な混沌を保って原生林を彩っている。

 その極彩色の原生林を、波ひとつ立っていない澄明ちょうめいな湖面が鏡のように写し出している。

 天と地の境が曖昧になり、まるで別世界への入り口のような景観を生み出していた。



「美しい」



 口の痛みも忘れてバルボアが呟いた。

〈オレは、いままで何をして来たんだ?〉

 その思いが不意に去来きょらいして、どうしようもなくバルボアの胸を締め付けた。

 視界がにじんだ。

 涙が一筋、音もなく頬を伝って落ちた。

 他の連中は、どうした?

 自分が生きているということは、他の連中も生き延びているかも知れない。

 身体を動かそうとしたが駄目だった。

 手の指一本、足の指一本とて自由にならない。


 目の前に原生林が見えるということは、自分は座っているのだろう。

 後ろ頭に硬いものが触れていることを考えると、岩かなにかに寄りかかっているのかも知れない。

 うめき声を上げながら、なんとか首だけ上に動かせた。


 黒煙が空を覆っている。

 焦臭い臭いも漂っている。

 森が燃えているのか?

 ドラゴンを誘い込めたのか!?

 バリスタでの一斉射撃が失敗に終わった時の為に、二重、三重の策を講じたのはオブライエンだ。

 そのなかには森に誘い込み、火を放つというものもあった。


 ドラゴンが自分を殺していないということは、燃え盛る森のなかにドラゴンがいるということだ。

 だが、その割には喚声かんせいも、何も聞こえないのはなぜだ。

 ここからじゃ何も見えない。

 左右を見渡そうと、首を動かした。

 駄目だ、ピクリともしない。

「くそっ」

 叫んで、全身の力を込めてもがいた。

 身体が、ふわりと浮いて、前のめりに倒れそうになった所を、がしりと強い力で抱き止められた。

「動くな。傷にさわるぞ」

 野太く掠れた声が、背後から聞こえた。



 ♠



〈ジェイド? なんでお前がここに?〉

 訊こうとしたが声にならなかった。

 代わりに涙が溢れ、嗚咽おえつが漏れた。

 奥歯を噛みしめると、そのままむせび泣いた。


 ――夢だ。


 また都合のいい夢を見ている。

 そう想った。

 ジェイドが、ここにいるはずが無い。

「なに泣いてやがる」

 相変わらず伝法でんぽうな物言いでジェイドが訊いた。

「⋯⋯う、うるせえよ」

 涙を払おうとしたが駄目だ。

 手が全く動かない。

 代わりにジェイドが、バルボアの顔を布で乱暴にぬぐった。

「おい、よせ、止めろ」

「黙ってはなをかめ」

 布で鼻を摘ままれたバルボアが、大きな音を立てて二度洟をかんだ。

 なんだか頭が、スッキリとした。

 改めて訊いた。

「なんで、お前がここにいる?」

「さあな⋯⋯」

「答えろよ」

「言わなきゃ分からねえか?」


〈いや、言わなくても分かっている⋯⋯〉


 喉まで出掛かった言葉を飲み込んでいった。

「言わなきゃ分かるかよ」

「じゃあ、分からなくても良いんじゃないか」

 ジェイドの両腕が、優しくバルボアを抱きかかえた。

 たった、それだけのことで、バルボアは心が満ち足りるのを感じた。

 この安心感はなんだろう。

 身体の中心が暖かくなり。

 安堵感あんどかんから、とろんと瞼が重くなってきた。

 考えてみれば、もう何日も熟睡をしていない。


「なあジェイド、オレはどーなる?」

 出し抜けに、バルボアが訊いた。

 バルボアの問い掛けに、ジェイドの身体がピクリと反応した。

 ジェイドが荒野に辿り着いた時、戦闘はすでに終わっていた。

 累々るいるいたる死体の山が荒野を埋め尽くし、あまりに多くの血が流れたために、大地が黒く染まっていた。


 動くものは、なにも無く。

 ドラゴンの姿も、また無い。


 原生林の一部が轟々と音を立てて燃え盛り、そのなかから時折悲鳴と咆哮が聞こえる。

 ドラゴンは、あのほのおのなかにいる。

 いつ飛び出して来てもおかしくない。

 背筋に冷や汗を感じながら、ジェイドは急いでバルボアを探した。

 六千体近い死屍しかばねの山から、バルボアを探し出せたのは真実奇跡であった。


 両腕を砕かれ、両脚を食いちぎられ、くびの骨を半ば折られた状態であったが、バルボアは息をしていた。

 これも奇跡だ。

 バルボアの傷を止血し、頸の骨を固定するとマントにくるんでバルボアを運んだ。

 子供のように軽くなったバルボアを抱えて歩いている最中に、全身を震わす爆音を耳にした。


 火薬樽に引火したのだ。


 ジェイドも火薬がなにかは知っている。

 火を着けることで、文字通り爆発的に燃焼する薬剤だ。

 非常に貴重なもので、一グラムの火薬を賄うのに、三グラムの黄金が必要である。

 この世で黄金よりも貴重な物があるとすれば、それは火薬ぐらいしかない。

 これは火薬を精製する為に必要な原材料の内、硫黄と硝石の入手が極めて困難である事に起因している。

 この二つの物質の産地は、どちらもドラゴンの領域内にしかないからだ。

 大がかりな採掘をすれば、必ずドラゴンに襲われる。

 それゆえ火薬が一般に普及することは無かった。


 黄金の三倍の値打ちがありながら、燃やせば灰も残らないようなものに、一庶民がいかなる価値を見いだすだろうか。

 そのため一部の錬金術師が研究に使う以外は、王家の祝いごとの際、贅を凝らした余興の一つとして、夜空に花火を打ち上げるぐらいしか用途がなかった。

「本気でドラゴンを倒そうとしてたんだな、バルボア」

 返事を返さぬバルボアに問い掛けながら、ジェイドは歩いた。


 湖畔こはんまで歩いた所で、腰を草原の上に下ろした。

 サントハーバーには戻れない。

 到底、そこまでバルボアの体力がもたない。

 例え、この場にアンナ=マリーがいようと、アロンドラがいようと、バルボアを救うことは出来ない。

 バルボアの傷は、致命傷だ。

 ジェイドには、それが分かる。

 ならばせめて、最期に美しい光景を見せてやりたかった。

 それが、この場に留まった理由である。



 ♠



 第七章 討伐のゆくえ その8へつづく。



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