第150話 *5* 2月14日金曜日、16時半
十六時半を迎えようとしている時刻、
「良かった。今日は会えないのかと思ったよ、紅ちゃん」
窓の外を見ていた銀髪の少年、
「美術室には入らないんですか?」
彩からもらった電話では、美術室で部員にチョコを配っているという話だったはずだ。
「今日はお休みだよ。僕と
「……あ」
ここにきて、紅はようやく
「お望みなら、二人っきりで部活動に励むのはやぶさかではないよ?」
ニコニコとしながら話し掛けてくる遊輝に、紅は空いている手で拒否の意を示す。
「いえ、このあと回らなきゃいけないところが残っているんで。
「えー、どうして閣下のところが僕のあとなの? 朝のうちに届けておいてよー。僕を最後にしてくれたら、朝までお付き合いするのに」
しれっととんでもないことを言ってくる男だ。遊輝の台詞の意味を察して熱を感じながらも、紅は毅然とした態度で返す。
「あたしは全力で拒否しますよ。――というわけで、白浪先輩にバレンタインのクッキーです。女の子からたくさんチョコレートをいただいているでしょうから、あたしのなんて霞むと思いますが、義理はありますからね」
大きな紙袋からミッドナイトブルーを基調としたモザイク柄の紙袋を取り出す。この紙袋にもルビー色のリボンを掛けていた。
「うーん、本命には一歩及ばずだったのかな」
「どうでしょうかね」
事務的に差し出すと、遊輝は両手で大事そうに受け取った。
「紅ちゃんの手作りクッキー、一番楽しみにしていたんだ。最初に食べるね」
「口に合うかわかりませんけど。――そうだ。このあと宮古澤先輩に会う用事とかありますか?」
大きな紙袋の中に入っている残りのクッキーの袋を確認して、紅は問う。残る紙袋は五つで、それぞれラッピングが異なる。詰める順番を試行錯誤しただけあって、形が崩れずに済んでいるようだ。
紅の問いに、遊輝は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「ん? あるにはあるけど」
「これ、宮古澤先輩にと思ってラッピングしたんです。届けてもらえませんか?」
淡い緋色の紙袋にルビー色のリボンを掛けたものを取り出す。
「えー。僕を使うのかい?」
むすーっと膨れて抗議される。遊輝がこういう頼み事を嫌うことを紅はよく知っている。この反応は予想通りだ。
紅は返す。
「あたしを騙した罪を償うつもりでお使いをしていただけると大助かりなんですが」
できれば直接、彩には渡したかったのだが、蒼衣を待たせている。彼に引っ掛かれば、そのあとに回りたい場所に辿り着けない。
――最後があたしの一番届けたい場所なんだもの。遅くなりすぎないようにしなくちゃ。
紅の依頼に、遊輝はしぶしぶといった様子で頷いた。
「む……しょうがない。引き受けようか」
「わーい」
最終的には頷いてくれると信じていた。素直に喜ぶ紅に、遊輝は不適に笑む。
「でも、割に合わないな」
「え……!?」
瞬時に遊輝との距離が縮まる。警戒が緩んだ瞬間を狙っての行動。腕を引かれ、ふんわりと抱き寄せられると頬に口付けを受けた。
「これで手を打つね」
離れた遊輝の手には彩のために用意した紙袋が握られている。
「ふふっ。たまにはソフトに攻めるのもいいでしょ? 緩急がないとドキドキ感が薄まるし」
悪戯が成功して喜んでいるように見える。こういうときの彼は本当に楽しそうだ。
「またそういうことを……っ!!」
「照れてる紅ちゃん、可愛い」
「……っ!!」
向きになっては遊輝のペースに巻き込まれる。紅はもっと文句をぶつけたかったが、おとなしく引き下がることにした。
「とにかく、宮古澤先輩にお願いしますね」
「了解。――ところで、
この場を離れようとした紅に遊輝が問う。
「まだですよ」
「同じクラスなのに?」
彼は意外そうにしている。同じクラスにいれば渡しやすいとでも考えているのだろうが、とんでもない。
休み時間毎にやってくる女の子が半端なく多く、食堂に行けば中等部の女の子に囲まれるという始末。本人はすごく面倒臭そうにしており、なんだか気の毒に感じられたほどだ。焼き餅をやくにもやけないほどの人気振りは
「あたしにも都合があるし、抜折羅にも都合があるんですよ」
「ふーん。じゃあ、今夜は抜折羅くんのところでお泊まり会なのかな?」
「抜折羅は先輩とは違いますっ!!」
「ふふっ。無事に帰れるといいね」
言って、遊輝は自身の腕時計を指した。紅ははっとする。
「いけない。蒼衣兄様が怒るわ」
くるりと踵を返して、紅は走り出す。
「紅ちゃん、気をつけてね~」
背中に遊輝の声がぶつかる。紅は少しだけ振り返って手を振った。
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