第103話 ★5★ 10月12日土曜日、深夜

 車で移動しても五分は必要な場所であるのに、同程度の時間で夜の宝杖ほうじょう学院にたどり着いた。近道や抜け道を知っているらしく、人目に付かない場所を上手いこと抜けてきたのだ。そういうことにけているのも、現役の怪盗だからだろうか、などと抜折羅ばさらは思う。

 閉められたままの校門を飛び越えて、不吉な気配の中心を目指し音を出来るだけ立てないようにして近付く。やがてたどり着いた場所は交流棟だった。

「――いやぁ、こうちゃん抱えてると、消費した先からどんどん回復できて面白いねー」

 中に入る前に遊輝ゆうきが立ち止まると、ほいっと抜折羅に紅の身体が託される。

「ちょっ!?」

「あぅっ!?」

 落とさぬようにしっかり支えると、紅の顔が思いの外近くて熱を感じた。気絶している彼女をこうして何度か運んでいるが、それとはまた違った印象で照れてしまう。

「抜折羅くんもついでに回復するといいと思うよ」

 告げて、遊輝は背負っていたデイパックから靴を取り出す。なるほど、寝ていた紅を抱えて運んできたわけだから、彼女は素足なのだ。準備がいい。

「はい。靴ね」

「あ、ありがとう」

 抱えている理由がなくなったので、抜折羅は紅を下ろす。紅は靴を履くと、交流棟を見上げた。

「結界を破ろうっていう不届き者がいるって話だったと思うけど、まだ中にいるかしら?」

「感じ取ったところだと、確実にいるね」

 紅の疑問に、同じく交流棟の上部――ホールの位置をじっと見つめながら遊輝が答える。

「犯人は黒曜こくよう将人まさとなのか?」

 簡単には引き下がってくれなかったという状況は考えられる。しかし、遊輝は首を横に振った。

「断定はちょっと。彼が持っていた黒曜石の魔性石〝ダークスピア〟は僕が預かったままだからね。魔性石自体に反応する僕としては、確証を得られない」

 確かに遊輝が将人からオブシディアンのペンジュラムを奪っているのを見ている。

「じゃあ――」

「僕は、抜折羅くんの推理が正しかったんだと思うよ。彼は二つ以上の魔性石を所持していたんだろうね」

 真面目な声色で答えられた。慎重になっているのがわかる。

「おや、まさか三人揃っているとは思いませんでしたよ」

 声を掛けられて振り向くと、宝杖学院指定のジャージに身を包んだ蒼衣あおいが向かって来るところだった。

「家、隣なんだし、もう少し早い登場はできないもんですか、閣下」

 遊輝がすぐにホールに向かわなかったのは、蒼衣の到着を待っていたかららしかった。

「〝紺青こんじょうの王〟が異変を察知してここに着くまで、これでも最速なんですよ? どっかのチート能力者と違って、身体機能を高めるような力は持っていませんから」

「ふふっ、ずいぶんと僕の〝スティールハート〟をかってくれているみたいで嬉しいよ。――さて、役者も揃ったみたいだし、出撃といきますか」

 そう告げる遊輝の視線が、ほんの一瞬だけ星影ほしかげの森に向いた――そんな気がした。抜折羅もそちらを見て気配を探るが、ホールから放たれている禍々まがまがしい気配の影響を受けているからか異常は感じられない。

 ――白浪しらなみ先輩は何を気にしていたんだ?

 ついとティーシャツのすそを引っ張られて、意識を戻す。紅の手が抜折羅のティーシャツを掴んでいた。

「何か気になるものでもあった?」

「いや、何も」

 紅を不安がらせてもいけないので、抜折羅はごまかすことにする。何かあったら、自分で護ればいい。

「そう。それならいいんだけど……なんか嫌な予感がして」

「心配するな。紅の身の安全は俺が保証するから」

「うん……あたしもサポートするから、必要があれば言ってね」

「了解」

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