45.治療

 ベッドのそばに立つ一人の男が、横たわるレティシアの額に手を当てた。クレアは彼の隣で、一挙手一投足を張り詰めた表情で見つめていた。

(お願い、どうか、治してあげて……)

 胸元で握りしめた両の手に、ぐっと力を入れる。ここに来るまではずっと苦しそうにしていたレティシアだが、今は少し落ち着いている。それが良いことなのか、それとも苦しむ体力すら無くなってきたのかは、クレアには判断が付かなかった。彼女の憔悴した顔を目にすると、胸が張り裂けそうになる。

 レティシアの病を治すため、エルシェードの町から丸二日以上かけて王都まで来た。これでも、乗り合い馬車ではなく、大金をはたいて急ぎの馬車を頼んだのだ。かなりの出費になったしまったが、そんなことは言ってられない。

 目の前の男が、呪文らしきものをぶつぶつと呟き出す。まだ若く見えるが、この国でも指折りの治癒術師らしい。彼の予定が空いていて、すぐ診察を頼めたのは、本当に運が良かった。

「ふーむ……」

 男は少し目を伏せ、口元に手をやって考え込んだ。意味ありげな沈黙に、クレアは背筋がぞっとするのを感じた。

「どう、ですか?」

 思わずぽつりと口にする。邪魔はしないでおこうと思っていたのだが、耐えられなかった。

「んー、そうだね。治ると思うよ」

「ほんとですか」

「ただ……」

 一瞬喜びに顔を輝かせたクレアだったが、続く彼の台詞を聞いて顔を強張らせた。ただ、何なんだろう。まさか、後遺症が残るとか……。

 だが、男が言ったのは全然別のことだった。

「治療するのに、ちょっと珍しい薬草なんかが必要そうだね。集めるのが面倒かもしれない」

「珍しい、ですか」

 少し考えてから、クレアは質問を投げかけた。

「お金が、かかるということですか?」

「というより、値段も決まってないぐらいに珍しいやつが多いね。どこで手に入るか調査しなきゃならない」

「私にも、手伝わせてください」

 勢い込んで言うと、男はにこりと笑った。

「うん、そうしてもらえると助かるかな」

「急いだほうが、いいですよね」

「んー、まあそこまで焦らなくてもいいかな。この子も少し落ち着いてきてるみたいだし」

「そうなんですね」

 クレアは少しほっとした。あと気になるのは一つだけだ。

「後遺症が、残ったりしませんか?」

「いいや、すっきり治ると思うよ」

 それを聞いて、今度こそ心の底から安心した。長い溜息をつく。

 体の力が抜けるのを感じる。そのまま椅子に腰を下ろすと、がたんと大きな音が鳴った。男は少し驚いたように言った。

「大丈夫かい?」

「はい」

 クレアは小さく笑みを浮かべた。ようやく少しは余裕がでてきたようだ。

「どういう病気なのか、教えていただいても、構いませんか?」

「よくあるやつさ。魔力が体の中にこもるっていう」

 それを聞いて、思わずきょとんとしてしまった。

「でも、魔力はほとんど、無いはずですけれど……」

「そうみたいだね」

 あっさりと肯定された。ますますわけが分からなくなるクレアに、男は言葉を続けた。

「量は少ないんだけど、特殊な魔力を持ってるようだね。それが体に悪い影響を与えてたみたいだ」

「まあ、そうなんですか」

 少し困ったように眉を寄せる。特殊な魔力というのがいまいちピンと来なかったが、どうも難儀な体質らしい。そんなこと今初めて知ったし、本人もそうだろう。

「うん。だから普段からも処置した方が良さそうだけど……いや、それは後かな。今はとにかく治さないとね」

「はい」

「じゃあ、必要な物だけど……」

 椅子に座って説明を始める男に、クレアは真剣な表情で耳を傾けた。


「……ふう」

 クレアは小さく息を吐くと、手に持ったメイスを試しに振ってみた。こんなもの使うのは久しぶりだが、今日は前に立ってくれる人はいないのだ。連発できない炎の指輪だけでは心もとない。

 袖をまくり上げ、銀色の腕輪を確認する。レティシアから借りてきた、腕力上昇の魔道具だ。これがあれば、非力なクレアでも何とかなるだろう。

 ちなみにメイスは新しく買ったものだ。本当はこっちもレティシアの物を使おうとしたのだが、腕輪の力を借りても重すぎて駄目だった。あまりそうは見えないが、自分と彼女の腕力の差は結構あるらしい。腕はあんなに細いのに、とクレアは思った。

 目の前には、山肌に口を開けた小さな洞窟があった。人の手によるもののようで、入り口は崩れないように木の枠組みで補強されている。だが今となっては、ほとんど誰も入ることのない場所だ。何のために掘られたのかも分かっていない。

 もう一度息を吐いて、洞窟の中に入る。話に聞いた限りだと、すぐに行き止まりになる程度の大きさで、明かりも必要ないとのことだった。魔物も弱いやつが稀に入り込んでいるぐらいで、ほとんど危険は無い、はずだ。

(……一人がこんなに心細いなんて)

 クレアは、メイスを両手でぎゅっと握りしめた。冒険者になりたての頃は、一人でこんな場所にも、いやもっと危険な場所に行ったこともある。だがもう、何年も前のことだ。今となっては、レティシアと離れることなんて考えられない。

(早く、よくなってね)

 そのためにも、自分が頑張らないと。周囲に目をやりながら、洞窟の奥へと進む。

 洞窟の土の壁は、一面緑に覆われていた。地面にも、草が生い茂っている。踏み荒らされた形跡も無いし、やはり誰も来ていないようだ。多分、魔物も。

 そうやって気が緩んでいたところに、突然小さな影が飛びかかってきた。クレアはほとんど反射的にメイスを振った。軽い手ごたえと共に、影は洞窟の奥に吹っ飛んでいく。

(なに?)

 クレアは目を凝らした。飛んでいった何かは、空中で徐々に減速した。巨大化したハエのような魔物が、様子を伺うようにこちらを見ている。ちょうど、広げた手の平ぐらいの大きさだ。

「……炎よ!」

 少しの集中ののち、迷わず魔道具を発動させる。予想外だったのか、魔物は何の反応もできずに炎に巻かれた。嫌な臭いを発しながら、ぼとりと地面に落ちる。

 蠅が動かなくなったのを確認してから、クレアは深く息を吐いた。メイスでも倒せたかもしれないが、あんなのに纏わり付かれるのは生理的に耐えられない。

 そこから少し進むと、もう行き止まりだった。さすがに少し薄暗くなりつつある。

 だが不思議なことに、他の場所よりも生えている草の量は増えていた。同じ種類なのか違う種類なのかもよく分からない雑草が、床と壁の境目辺りに密集している。

(確か……)

 クレアは荷物の中から一枚の紙を取り出すと、目の前の草と見比べた。書いてあるのは、ここで採ってくるべき薬草についての説明だ。いくつかの絵も付いている。治癒術師の男からもらってきたものだ。

 だがよく見てみても、どれが該当の品種なのかいまいち分からない。草の形が違うようだが、説明を読んでも微妙な違いだ。品種の系統樹まで書かれていたが、これはあまり役に立ちそうにない。

「……あ」

 クレアは思わず声をあげた。説明の最後に『見分けが付かない場合はまとめて採ってくること』と書かれていたからだ。それは最初に言って欲しかった。

 小さなナイフを使って、草を根元から切り取る。目的の薬草を逃さないように、色んな場所から満遍なく回収した。

 背負い袋が膨らむほどになってきたところで、クレアは作業を終えた。これだけあれば流石に大丈夫だろう。

 さて帰ろうかというところで、はっと表情を固くした。気が緩んだ隙に、また魔物が現れるんじゃないかと思ったからだ。

 だがしばらく辺りを眺めてみても、何も出てくる気配は無い。クレアはそれでも警戒を解かずに、慎重に洞窟の出口へと向かった。


「ふぅん」

 地面に座り込んだ中年の男が、意味ありげな表情で呟いた。手には、クレアが渡したある鉱石の資料を持っている。そこまで貴重というわけではないが、用途がほとんど無いために市場に出回らないような鉱石だ。当然相場も存在しない。

 彼の前に広げられた布の上には、様々な珍しい鉱石が並べられていた。全て値札が付いていて、銀貨一枚から、なんと金貨百枚を超えるものまである。これが適正な値段なのかどうか、クレアには全く分からなかった。

 ここは、王都の一番大きな露店広場にある店だ。珍しい鉱石いしならここがいい、と噂を聞いてやってきた。とりあえず、その情報は正しかったようだ。

 クレアは柔らかい笑顔を浮かべながら、商品の手前にぺたんと座り込んでいる。ざっと眺めた限り、目的の鉱石は見当たらない。果たしてここで売っているのか、売っているとしたらいくらするのか。

「何に使うんだい?」

「それは、ちょっと……」

 曖昧に笑ってごまかす。友人の治療のためにどうしても必要だなんて言ったら、吹っ掛けられかねない。

 男は探るような目線を向けながら言った。

「こいつは珍しい鉱石いしだからなぁ、在庫にあったかどうか……そんなに欲しいのかい?」

 どう答えるべきか、クレアは迷った。だが、すぐにこう返す。

「いえ、無いのでしたら、仕方ありません。諦めます」

 そう言って、立ち上がる気配を見せる。すると男は、慌てたように言った。

「いやいや、ちょっと待ってくれ。確かあったはずだ」

「そうですか」

 どうやらこの反応で正解だったようだ。安堵の気配はおくびにも出さず、にこにこと男を見る。彼は奥にあった大きな木箱を漁ると、やがて拳大の鉱石を出してきた。

「あったあった、これだ。値段は、そうだなぁ……金貨一枚でどうだ?」

「はい、構いません」

 クレアは即答した。もしかするとこれでも割高なのかもしれないが、その十倍ぐらいはかかることを覚悟していたのだ。金貨一枚で手に入るなら安いものだ。

 相手の気が変わらないうちにと、さっさと金貨を渡す。男は少し残念そうな顔をしていたように見えたが、さすがに今更値段を変えてきたりはしなかった。お代を受け取ると、雑な手つきで石を渡してくる。

「ありがとよ」

「はい、こちらこそ、ありがとうございました」

 クレアは立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。店を出て、広場の出口へと向かう。

(あと一つ……)

 手元の資料には、青い魔石の絵が描かれていた。よく出回っている赤い魔石と性質は似ているが、ほんの少しだけ違うらしい。どこで取れるのかの一覧を見て、クレアは頬を緩めた。

(懐かしい)

 エルシェードの近くにある、自動人形の出るダンジョン。だいぶ前に、レティシアと一緒に行ったことがある場所だ。青い魔石は巨大な自動人形に付いているもので、あの時も一つ手に入れたが、大した額にはならなかった。

(最悪、また取りに行かないといけないわね)

 クレアは資料を仕舞い、次の目的地へと向かった。露店広場でこの青い魔石も探したのだが、どこにも売っていなかったのだ。ここに行けば手に入るかも、と情報を得たが、確実ではない。

(人も集めないと)

 もしあのダンジョン行くなら、一人はさすがに無理だ。知り合いに頼み込むか、それとも金で雇うか。治癒術師へのお礼も後で払わなければならないし、そろそろ貯金が危うい。

 次で手に入らなかったら、どうしよう。すぐにエルシェードに取って返すか、もしくは別の手段を探すか。何にせよ、治癒術師に一度相談すべきだろう。

 ずっと考え事をしていたものだから、いつの間にか目的地の目の前まで来ていた。行き止まりの奥に、立派な建物が建っている。周囲のそれなりに大きな屋敷と比べても、一際大きい。

 建物の扉は固く閉ざされ、そばには金属鎧を着た衛兵が立っている。厳重な警備だ。クレアが近付くと、衛兵は鋭くこう告げた。

「ここは王都魔術学院だ。用の無い者が立ち入ることはできない」

「この方の紹介で、来たのですけれど」

 少し緊張しながら、紹介状を渡す。露店広場の商人に、お金を払って書いてもらったものだ。本当はこういうのは駄目なんだけど、とその商人は困ったように言っていた。

「出入りの商人か。……よし、入っていいぞ」

「ありがとうございます」

 クレアは口元を緩め、開けてもらった扉の中へと入る。

 中は、一見すると高級な宿屋のような作りだった。吹き抜けのホールから左右に伸びる廊下には、規則正しく扉が並んでいる。右奥には大きな階段があった。

 数人の男性が、階段に座り込んで話し合っていた。「魔石の効用関数が……」とか「魔道具の原則からして……」とかいう気になる話題に心惹かれつつ、横を通り過ぎて上に向かう。クレアがすぐ近くに来ても、男たちは見向きもしない。

 二階も一階と同じような構造だった。道を確認しながら、廊下を進む。

 途中、一つの扉が半開きになっているのに気づいた。中からは、何かが燃えるような音が漏れてくる。

 そっと覗き込んで、ぎょっとした。広々とした部屋の中央で、一抱えもある球状の魔道具のようなものから、炎が高く上がっていた。天井の半分ほどをを舐めている。

 火事になるのではないかと危惧したが、部屋の中にいる数人の男性たちからは、慌てている気配が全く感じられない。何やら話し合ったり、メモを取ったりしている。

(防火の魔道具でも、あるのかしら)

 クレアはそっとその場を離れた。

 さらに廊下を進むと、綺麗に並ぶ扉の間に、一人の男が横たわっていた。クレアは一瞬固まってしまった。彼は天井を見つめながら、何やらぶつぶつと呟いている。

 男は急に立ち上がると、肩を怒らせて去っていった。直ぐ近くのクレアには、やはり何の反応も示さなかった。

(……変な人が、多いのね)

 ずっと引きこもって魔術の研究をしていると、そうなってしまうのだろうか。それとも、そういう人でないとやっていけないのか。今から会いに行くのがどんな人なのか、クレアは少し心配になった。

 やがて、廊下の奥に目的の部屋が見えてきた。小さく深呼吸すると、こんこんと扉をノックする。

 しばらく待ってみたが、何の反応もない。居ないのかもしれない、と思いながら、今度は少し強めに叩いた。近くの部屋の人にでも聞いて回って、いつなら在室しているのか調べた方がいいだろうか。

 すると、

「どうぞ……」

 と、気だるげな声が返ってきた。それが若い女性の声だったことに、クレアは少し驚いた。ここまでに会ったのも男性ばかりだったし、てっきり男だとばかり思っていた。

 扉に掛けられた金属製のプレートには『シニス』と書かれている。部屋を間違ったわけではないようだ。

「失礼します」

 恐る恐る扉を開けると、中の惨状に言葉を失った。床がほとんど見えないほど、物が散らかっている。いつもレティシアに、ちゃんと片付けてなんて言われているクレアだが、ここまで酷くはない。

 しかも、よく分からない工具や紙の資料に混ざって、魔道具までがごろごろしている。金貨数十枚クラスの物が、床に積み重なっていた。

 あそこの棚に無造作に置かれているのは、炎の指輪だろう。クレアが持っているものと違って、かなりの高品質だ。最低でも金貨数百枚はするはず。喉から手が出るほど欲しい。

「どなた?」

 声をかけられ、クレアははっと顔をあげた。部屋の主が近付いてきていたことに、全く気付かなかった。

 壁に手を当て立っていたのは、ローブ姿の女性だった。赤い髪を真っ直ぐに伸ばしていて、前に垂らした髪は胸元まで届いている。訝しげな表情でこちらを見ていた。

「私は、クレアと申します。突然お邪魔して、すみません」

 小さく頭を下げ、商人から渡された紹介状を渡す。ローブ姿の女性、恐らくはシニスという名のその女性は、それを見て少しは警戒心を緩めたようだった。

「ふむ。私に譲ってほしい物がある、と?」

「はい。初対面で、厚かましいとは、思うのですが……」

 そう言って、青い魔石の資料を渡す。シニスは資料を読み進めると、興味深そうにクレアの方を見た。

「この魔石なら、ほとんど同じ性質の赤い魔石が出回っているはずだけどね」

「はい、それは、知っています。でも、これが必要なんです」

「ふむ……」

 シニスは少し考えたあと、こう尋ねた。

「何に使うのかな?」

「それは……」

 クレアは口ごもった。正直に答えるべきだろうか。

 相手の逡巡に気づいたのか、シニスが苦笑気味に言った。

「いや、理由わけを聞いて高値で売りつけようと言うんじゃないんだ。元々安値で手に入れたものだしね。ただ、私も一つしか持っていないんだよ。だから、強い理由が無いなら、ちょっと譲れないかな」

「分かりました。実は……」

 レティシアの病気の件について、包み隠さず説明した。相手は真面目な表情でそれを聞いたあと、笑みを浮かべながら言った。

「なるほどね。そういうことならお譲りしよう」

「ありがとうございます」

 クレアは深く頭を下げた。

「あ、そうだ」

 代金と魔石を交換していると、シニスが不意に声をあげた。

「君、冒険者だよね。エルシェードという町は知ってる?」

 聞きなれた単語に、クレアは少し驚いた。

「はい。普段は、エルシェードを拠点にしています」

「へえ、そうなのか。私の知り合いの冒険者もそこに居るらしいんだが、やっぱり冒険者が多い町なのかな」

「はい。ギルドの依頼も、近くのダンジョンも、多いですから。物価も安くて、暮らしやすいですし」

「なるほどね。ここは確かに物が高いな。特に魔石がひどくてね、それだけは困る」

「エルシェードの、倍近いですよね? 特に、珍しい水系の魔石は……」

「ああ、よく知っているね。私の専攻は魔力基礎論なんだが……おっと」

 シニスははっとした表情になると、こう言った。

「すまない。お友達の所に、早く魔石を持っていかないといけないんだったね」

「いえ、大丈夫ですよ」

 クレアはにっこりと笑った。治癒術師の方でも準備があると言っていたから、どちらにせよ治療は明日だろう。

「そうか。……あー、ちょっと、二つほど頼みたいことがあるんだが、いいかな?」

「なんでしょうか?」

「一つ目は、その青い魔石をどこかで見つけたら、私に送ってくれないかな? エルシェードなら、手に入るんじゃないかと思うんだが。もちろん、手数料込みで代金は払うよ」

「そう、ですね。見つけたら、で良ければ」

「ああ、それでいい。今すぐ必要というわけじゃないから、わざわざ探したりする必要はないよ。それから……」

 若干口ごもったあと、こう続ける。

「エルシェードに住んでいる、リックという冒険者がいるんだが……彼に、伝言を頼みたいんだ」

「家を、お持ちなんですか?」

「ああ、いや、宿を長期で借りていると言っていたかな。場所も分かっている」

「それなら、手紙を書けば、いいのでは?」

「まあ、そうなんだけどね……文面がなかなか思いつかなくてね。ほら、手紙って難しいだろう?」

「はあ」

 クレアは曖昧に答えた。その気持ちはよく分からなかったが、ともかく。

「なんと伝えれば、よろしいでしょうか?」

「たまにはこっちに顔を見せるか、手紙で近況報告でもしろ、と。それから、調べ物は進んでない、ごめん、と言っておいて欲しい」

「分かりました」

 にっこりと笑って頷く。二人がどういう関係にあるのか少し気になったが、もちろん尋ねたりはしなかった。

 別れの言葉を告げ、部屋を出る。後ろ手に扉をぱたんと閉めると、寄りかかって深く息を吐いた。

 これで、治療に必要な材料は全て揃った。後は治癒術師に渡すだけだ。

(待っててね、レティ)

 クレアは魔石を丁寧に荷物の中に仕舞うと、廊下を歩き出した。

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