第73話 プレゼント
吉澤に家まで送ってもらって、別れた。こういうのを世間一般ではデートと呼ぶのだろうか。買い物に行って、昼食をとって、少し話して、遠回りをしながら車を走らす。これを以前約束したデートにカウントして良いものなのか、迷いながらぼくは彼女の車が走り去るのを見送った。何かプレゼントでも贈るべきだったかもしれない。ぼくは楽に過ごせて良かったが、何一つとして彼女を喜ばすようなことはできなかった。
「あら、おかえり」
家の庭では母とまこさんがポットから鉢植えに、花の苗を植え替えていた。
「母さんにしてはセンスいいね」
「園芸品店でアドバイスしてもらった通り植えてみたの」
なんかいっぱい買わされちゃたけどね、そう言いながら母は丸くなった背中を伸ばすように立ち上がった。
「これ、ふたりに」
買ってきたミニ図鑑を見せると、母がありがとうね、と笑った。まこさんは地面にしゃがみ込んだまま、だんごむしとにらめっこしている。
「じゃあ、そろそろ夕飯の支度にしようかな」
母が家の中に入っていく。ぼくはまこさんの隣に腰を下ろして彼女の視線の先を追う。彼女は深い緑のアイビーに手を伸ばした。鉢植えの縁にこのようなツタ性の植物を植えるのが最近は流行っているのだろうか。その頭上ではピンクの小柄な花のシクラメンが幾つも咲いている。
「いいね、素敵な鉢植えじゃない」
ポットもいつも母の使っているそっけないデザインのものではなくて、ちょっと洒落たモチーフなんかが付いている。庭に馴染んでいなくて明らかに異質だったが、これから彼女たちが園芸のセンスを磨いてくれればそれでいいように思った。
「草花に興味あるの?良かったらこれ使ってよ」
ミニ図鑑を差し出すと、彼女は手先につけていた園芸用の派手な花柄のビニール手袋を脱いで、受け取ってくれた。大事そうに胸に抱え込む姿を見て、買って良かった、と思う。彼女の脱ぎ捨てた手袋を洗って用具置き場に戻した。ついでに出しっぱなしのショベルやフォークも洗ってしまっておく。片付けが終わった頃には彼女の姿は庭にはなかった。きっと家に入ったんだろう。
すっかり陽の落ちた空を背に、ぼくも玄関のドアに手をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます