第68話 まばゆい
また今度な、などという社交辞令は登には通用しないのだった、忘れていた。気がつくといつの間に家庭訪問の日付が決まっていて、丁寧に時間まで指定してくれていた。そもそもぼくには暇しかないことなどは周知の事実なわけで、誘いを断るような口実は、もう残されていなかった。
彼のその曖昧を嫌う人生観は嫌いではないけども、もう少し他人の気持ちを考えてもらえるともっとありがたい。
それにしても、新居にお邪魔するなんて。しかも新婚だし、ここはどう考えてもお祝いを送らないといけないじゃないか。何を買えばいいかわからなかったのでとりあえず商品券を買いに行った。ああ、憂鬱だ。どうして他人の幸せ自慢をひけらかされなければならないのか。
そうこうしているうちに、いつのまにか約束の時間になっており、時間きっかりに登の車が家の前に停まった。黒いミニバン、家族持ち用だろうか。そんなにクラクションを鳴らさなくてもわかってるから、っていうか近所迷惑だから止めてくれ。急かされるように家を出た。
「悪いね、迎えに来てもらって」
言いながら乗り込んだ座席は案外広い。
「うちちょっとわかりにくいとこにあるからな」
はじめは当たり障りのない話題で場をしのいでいたのだけど、そんな話題はすぐに尽きてしまった。車は苦手だ。狭いし、距離感は近すぎるし、片方は運転に集中しているしで、何を話せばいいかすぐに見失ってしまう。
「結婚って、どういうきっかけでするものなの?」
気まずさのあまり本心が口をついて出た。
「きっかけっていうか、まあ、うちの場合はあれだ、その」
逆プロポーズ。登が気まずそうに言った。
「登君には私くらいしかいないから、観念しなさいって」
そう言って彼は唇をとがらし、
「まあ、あれだよ。俺は女のその、タイミング待ちっつーか、そういう、
待ってますよっていう、サインに鈍くて、」
あいつがしびれを切らしたんじゃね?恥ずかしそうに言う彼の姿はなかなか新鮮だった。彼にも恥じらいとか、ためらいとか、そういう高度な感情が備わっていたのか。人並みの発達を遂げている旧友の姿が眩しかった。
「お前的にはその、あったの?プロポーズする、予定」
「まあ、なあ。やっぱその、」
きっかけ待ちよ。そんな話をしているうちに、目的地に着いたようだった。確かに、入り組んだ住宅地の真ん中にあるハイツなので、初めての人は迷うかもしれない。登はこなれたハンドルさばきで細い路地をくぐり抜け、器用に駐車して見せた。
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