海を歩けば

第43話 お弁当を持って

「わあ、風が」

 海から陸へ吹き抜ける風が、頬に波の飛沫をかける。

 ぼくたちはピクニックに来ていた。


 どうしてこうなった。少し考える。考えたけど、わからなかった。

 今ぼくの目の前では、京子とその子供、吉澤、例の女性の四人が、レジャーシートを必死に押さえている。京子が大きな保冷バッグと、いかつい水筒をシートの隅にどん、と置いた。なにがどうなって、このメンツが集まったのか、ぼくには見当がつかない。


 朝一番、電話が鳴った。名前の表示を見ると、吉澤と出ていたので、おそるおそる応答した。しかし、声の主は子供だった。いたずらか、と思い画面を確認するが、やはり吉澤沙穂の名前がある。困惑しながら子供の声を聞いていた。

 急に大声を出したり、電話口の遠くで喋り出したりする彼女の話をまとめるとこうだ。

 今ママとさほちゃんとお弁当を作っている。ふたりは手がべっとべとなので電話に出ることができない。だからようちゃんが代わりをしないといけない。たくさんご飯を炊いたので部屋がほこほこになった。さらにパスタを茹ですぎてなべからあふれた。今ママがぞうきんどこー!?って叫んでいる。ようちゃんはつまみ食いで怒られて悲しい。お弁当ができたらみんなでおでかけをする。一時間もしたら迎えに行く。以上。そして電話は切れた。

 意味がわからなかったのでもう一度寝床に入った。すこしウトウトしていたら、もう一度電話が鳴った。ぼくは電話に出たくなかった。無視していたら、鳴り止んだので、もう一度夢の続きを見ようと思っていたら、表でクラクションが鳴った。何事かとベッドを飛び出て窓から見ると、京子が車から降りて手を振っている。

「行くよー、早く来て」

 京子が叫んだ。ぼくは慌ててカーテンを閉めた。髪をなでつけ、パジャマを履き替える。ドンドンドンドン、と何か重いものが階段を駆け上がってくる音がした。ひっ、ぼくの口から声にならない悲鳴が漏れる。慌ててジッパーを引き上げたようとするが、引っかかって上手く出来ない。半べそになりながらなんとか閉じきったところでドアががちゃ、と盛大に音を立てて開いた。部屋を覗き込んだ京子と目があった。

「なんだー寝てたな。せっかく電話しといたのに」

「ば、ばかか、あんな電話嫌がらせとしか思えないわ」

「ほれ、いいから行くよ、みんな待ってんのよ」

 京子がぼくの背中を押して部屋から押し出す。みんな、というのが気にかかった。けれどもそのことについて尋ねるまもなく、急かされながら階段を下りる。古い造りの我が家は階段が急で狭い。そう後ろからせっつかれたのでは、足を踏み外して転げ落ちてしまいそうだ。


 玄関を開けると、京子のコンパクトカーが日光を浴びて光り輝いていた。

「はいはい乗った乗った」

 助手席に人影、さらに後部座席にも。奥にはチャイルドシート。

「いや、どこに乗れって?」

「チャイルドシートがあるからちょっと狭いけど、なんとか五人のれるでしょ、

 後ろ詰めて〜」

 後ろにはすでに吉澤の姿があった。本気なのか、

 なんとか座ることはできた。しかし狭い。太ももが密着しているけれども仕方がない。助手席に乗っているのは誰だ、バックミラー越しに確認した。ぼくの家に居候している彼女じゃないか。状況を把握しきれないままぼくは、海岸まで連れてこられたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る