第10話 マーマレードの作戦


クリスマスの準備がはじまった

パティスリーにとって 1年でいちばん忙しい月


今年のクリスマスは、夏の時のように

「クラフティ・クララベル」と「玻璃の音*書房」が

なかよく組んで この森に来る人たちを迎えることになった


今年のテーマは 柑橘系

メインのデザートは 柚子と檸檬の競演 

柚子さんじゃなくて、果物の柚子のことだ


辺りに柑橘の香りが漂い、爽やかな気分になる

ぼくもできるだけ手伝うことにして

とにかく柑橘の皮を 細かく刻む担当になったから

いつも指先が 甘酸っぱくて オレンジ色



ここのところ、変な夢ばかり見る


ラ ラ

ライ麦

ライスクラッカー

ライフハック

夢の中でいつしか ラがつく言葉を 懸命に考えている


アからはじまったであろう長い夢

夢から目覚めた ぼくはまた その続きを必死で考えている

無限に続く変なループのように


何かの大事な課題だったような気がするんだ

追いかけられて 足首を捕まえられそうな焦り


ぼくは 夢の中で飛べるんだけど

それは とてつもなく低空飛行で

つまりは人のあたまの高さくらいのところを

まるで 泳いでいるみたいにしか飛べない

ただ身体が浮いているというだけで、飛んでいる実感もない


水の中のように ひどくスローモーションで

思うように体は動かなくて 絶対に誰かにつかまるフラグ


風読みが、風を感じられず ただもがいているのと似ている

その停滞が何を意味するのかは、予感でしかない

夢をも支配してくるその予言


拭い切れない不安は

忙しさに任せて 考えないようにしてみよう

クリスマスは そんな役目を担ってる

心を空っぽにしないとやっていけない日々もある



マーマレードは ママがすきなジャムのことだと思ってた

ほろ苦い皮が入った 少し大人のジャム

きらきら光る太陽のジャム

柚子のマーマレードも 檸檬のジャムも

どちらも あたたかい陽の光が似合う


エミルのママが作るマーマレードは

こども用とおとな用があったんだって

パパとママ専用のは、洋酒が入っているの

でも、時々こっそり私とカイルは舐めてみたの


きっとそんなこともお見通しで

こどもが舐めても大丈夫くらいな量のお酒

ウィスキーボンボンくらいの ほんのり


エミルが スケッチブックにケーキのデザイン画を描いている

これね、毎年ママが私たちを笑顔にしてくれたケーキなの

私なりにアレンジを加えた 復刻版


スポンジの上には ヨーグルトムースの層

雪のような真白なふわふわの上に

檸檬のムース、そして柚子のゼリーのコーティング

削ったショコラがくるくる仕上げに乗って


こどもの頃、冷蔵庫はもう他のごちそうでいっぱいで

ケーキのムースとゼリーを冷やすためのスペースがなくて

外にケーキの型を出して、冬の寒さで仕上げたことを思い出す


それは、クリスマスのためというより

ノエルの誕生日のための特別なケーキで

クララベル・クリスマスは

いつだってはしゃいだ女の子たちの饗宴だった

ほっぺにクリームつけて 互いに笑ってしまうくらいの


今 エミルも カイルも ノエルも

泣きたいのをこらえながら お店の飾りつけをしている

この切実な願いが どうか神様に届きますように


何か手を動かしていないと どうにかなりそうなら

こういう時にやることがある方が いいんだよね

心配な空気を 心に沈めたままだと

その重さに耐えられなくなってしまうから

だけど やっぱり心がふと止まってしまいそうになる


ママに会いたい もうすぐ来るクリスマス

ママに見せたい エミル特製のケーキ

そして当日は ノエルのバースデーなんだ 

ノエルのママ、あの子を抱きしめてあげてよ


今年のぼくの分の願いも、使ってほしい

サンタさんのプレゼントはいらないから






*今日の1冊「羊男のクリスマス」村上春樹著 佐々木マキ絵

 聖羊祭日に うっかり穴のあるリング・ドーナツを食べてしまい

 そのせいでなかなかクリスマスソングが作れない羊男

 ねじりドーナツが右巻きか、左巻きか、確かめたくなってしまう




*そしてクリスマスに 美しいケーキができ上がった

 ヨーグルト 檸檬 柚子 三つが織り成す層

 真白き大地に レモン色と淡いオレンジ色が 積もったみたいに

 




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