第34話 粉雪さんの涙



ぼくは、粉雪さんに ほんとうのきもちを話すことにした

柚子さんへのあこがれのような恋


粉雪さんは、そんなの知ってる、と言った


ささやくように喋る いつもの声とちがう きっぱりとした口調

その声は氷の刃のように、ぼくに突き刺さった


  知っていて、ぼくのそばにいるのはつらかったよね

  でも ぼくは 君のことだって


彼女は 悲しそうに首をふった


君をお話の中のお姫さまのように仕立てたのは

ぼくだったのかもしれない


ぼくが本気で愛さないから

彼女はいつまでもめざめることのないまま


そして今 ぼくはまた

遠い昔のものがたりの分厚い本の中に

彼女を閉じこめようとしている


粉雪さんは ぼくにしがみついて泣いた

ぼくの胸は 悲しみでいっぱいになった


ちゃんと向き合った時に

はじめて感じた 彼女のぬくもり





ぼくは、まだ蕾もつかない 林檎の林を抜けて

どこまでも走った 振り返らずに走った


途中から涙があふれてきたけど

構わずに、枯葉だらけの林を突き進んだ


枯葉は 氷のかけらのような うすく冷たい音を立てて

ぼくを追いかけてきた つかまえようと手を伸ばしてきた


いけないことをしたんだ 彼女のきもちを利用して


ぼくの手にぽたりと落ちた 彼女の涙は

とても静かで あたたかかった





最後の夜、ぼくたちはしんとした湖で待ち合わせた

さよならと言うための夜


粉雪さんは大切そうに 透明な箱を運んできた

その箱には 彼女がこどもの頃から創ってきた 雪の結晶たちが

いくつもの六花たちが そっと静かに佇んでいた


まるでこの日を待っていたかのように

旅立つ日を 空に還る日を ゆびおり数えていたかのような顔をして


結晶たちは ひとりずつ ふわっと舞いはじめて

真冬の蛍のように きらきらとひかり ゆらめきながら

ぼくらの周りを くるくると浮遊しはじめた


粉雪さんに さよならを告げるその結晶たちは

みんな ぼくも逢ったことがあるんだよ

幾度も見つめ合ったことを覚えているよと 去り際に伝えにきた


ぼくの涙はこらえきれずに 同じように宙を飛ぶ

粉雪さんはもう この世のものとは想えない美しさで


地上で誕生した 雪の結晶たちは

逆の道を辿り、大地から空に吸い込まれるように 遠くなってゆく


どこまでもきっと 宇宙の果ての果てまで 溶けることなく

それどころか もっともっと結晶のかけらは大きくなって

いつしか巨大な彗星のようになりながら 遠くなっていく





空に稲妻が走る 春の雷が 沈んだような地響きを立て

あとから遅れて音を連れて、彼女を迎えにやってくる


君のてのひらから放ったもの

最初は草原で摘んだ ただのちっぽけな小さな青い花だったもの


離してしまったら、粉雪さんは空っぽになってしまわないの

君は生きていく糧を 失いはしないの


見つめるぼくに向かって、君はまるで

やり残したことはないというように ほほえんで


それから、ぼくの瞳を まっすぐ見つめて 

いとおしそうに 最後のキスをしてくれた


あたたかい 体温を感じる そのくちづけを

ぼくは 永遠に忘れることなく 生きていく







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