10章 始まり、今、これから
1 光の向こう側
「王手」
「ぬ」
「弱くて話にならないのは、
「
ガラガラガラガラっ。
「あっ! またぐちゃぐちゃにして! いい加減『参った』しなよ」
「我は負けておらぬ」
ただの一回も、認めない。
最初はひどいものだったが、形勢は逆転した。今は五回に四回以上、私が勝つ。
どうせまた、最後はぐちゃぐちゃになるだろうと思いながら、青行燈がもう一回やると言うので駒を並べた。
春休みの、午後のひと時。
六年生のお別れ会で、合唱のピアノは、やはり五年生が担当した。
でも、私の噂が全くのデマだったかと言うと、そうでもない。職員会議で、通常通り五年生に任せるか私にやらせるかで意見は二分して、結局は五年生になったということらしかった。
どこかからその話が漏れて、間違った形で流れていったのだ。
そもそもこの噂のお陰で、嫉妬した
終業式まで、クラスの受け持ちは他の先生になった。それだけでも雰囲気は変わったし、休んでいた
嘘をついた白石さんへのみんなの反応を心配したけど、事情が事情だけに、きつく当たる子はいなかった。
とりあえず何とかなった形で四年生を終わることができて、本当によかったと思う。
肩もようやく完治して、春休みも平和だった。
ひとつを除いて――――――
――――――私は歩いていた。暗いトンネルのような、
どこまで歩いても同じ、出口は見えない。
周りには、小さな光がまばらに飛んでいる。
蛍のようでいて、少し違う。もっと小さな光だ。
その光を、どうしようもなく捕まえたいけれど、できない。
悠々と、ゆったりと飛んでいるだけなのに、私の手をすり抜けてしまう。
「待って」
時折、洞穴の横の隙間から光が漏れている。
でも、辿りついたと思っても本当は隙間などなく、光も消えている。
「どうして、さっきまでは……」
また進んでいくと、飛んでいた光が、洞穴の形に合わせてゆっくりと回り始める。
光だけでなく洞穴も一緒に回りだし、さらに速さを増して、ついには高速の、らせん状の渦になっていく。
体が、引きちぎられる!
「うわああああああああ…………!」
私はどこまでも、渦に巻き込まれていく――――――
――――――ガバっと起きた。そしてドサっと、またベッドに倒れこむ。
吐きそうだ。
頭がぐるぐる回って、気持ち悪い。
「……またか」
十分ほど目眩に耐え、やっと何とか起き上がれるようになったが、気分の悪さは尾を引く。
春休みに入ってから、この夢を何回か見ていた。
いつも同じ。そして、決まって吐き気に耐えることになるのだ。
今日も、昼過ぎまで物を食べられないだろう。
夢の内容は特に、
たかが夢だ。そんな必要はないと思った。
ヤバかったら放っておかれてはいないはずだし、十岐から何も言わないということは、大丈夫ということだ。
……多分。
とにかく、今まで、二日続けて見たことはない。今夜はゆっくり寝られるだろう。
またのんびりと将棋をやった。
はらだしも交えての総当たり戦。誰が勝ったかというと、一番頭の悪そうな、はらだしだった。
「あたしは遠い昔々、お強い人に教えていただいたんですよ。ええと、
「え、それってさ、囲碁じゃなかったっけ」
確か、家元の名前かなんかじゃなかったか。囲碁を知らない私でも聞いたことのあるくらい、超メジャーな。
「いえいえ、あの頃は両方なさるのが普通でしたよ。あれ? そうでしたっけ? でしたよね、青行燈さん?」
ない首をひねる、はらだし。
が、青行燈は離れたところに盤を持っていき、ひとりで詰め将棋をしていて答えない。負けたせいで、至極機嫌が悪くなっている。
「えー、間違いありませんよぉ、多分。おほほほほ」
「…………」
怪しすぎて信じられない。
そして、もし本当だったら、何か余計に……悔しい。
悔しい気持ちのまま、夜、眠りについた――――――
――――――洞穴の中を歩いている。
今日は見ないはずじゃ……
どこかで自分が思っている。でも、思ったところで抜け出せない。
また小さな光。
つかみたくて仕方ない。
何回も手が空を切っていると、向こうの方が急に明るくなった。引き寄せられるように進んでいく。
大きな光が、ゆっくりと飛んでいた。
「これ……つかめる」
確信だった。
光に両手を伸ばし、指先が触れると同時に、その中に取り込まれた――――――
――――――暗い夜道を、猛スピードで走っていく自転車。
車があとを追う。
自転車は、広い道を追いつかれそうになっては曲がり、また追いつかれそうになっては曲がる。しかし、一向に振り切ることはできない。
なぜだか分からないが、自転車に逃げ切って欲しい。
でも、一体なぜ逃げている。自転車に乗っているのは、誰だ。顔を――
視点が、近づく。
「
間違いようもなく、自転車に乗る姿も美々しい阿尊くんだった。
「何で……あっ!」
追いかける高級そうな左ハンドルの車から、見たこともない男が阿尊くんに向かって手を伸ばした。
それを間一髪ですり抜けると、阿尊くんはまた進路を変える。
車も慌てて急ハンドルを切った。
逃げていった先は大きな倉庫が立ち並ぶ、
「行き止まり! そんな……」
逃げ道を塞ぐように止めた車の中から、男が降りてくる。
阿尊くんは、動かない。
男はやがて目の前に立つと、阿尊くんを押し倒した。
馬乗りになった男の手が、細い首を絞めていく。
「だ、誰か…………!」
パっと一瞬、何かが光った。
蹴り上げられた男が後ろに吹っ飛ぶ。
「何……?」
助け起こされた阿尊くんが、首筋を撫でた。
「あと三秒、早くして欲しかったなー」
「無理を言うな。こいつが必要だったんだから、しょうがないだろうが」
カメラを掲げたのは――
「さてと、証拠もあるし、お出ましいただくか」
のた打ち回る男を縄で縛り、電話をかける。
数分後やってきたのはパトカーだった。
「また、あんたたちか……。何回目だと思ってるんだ」
「そんなことは犯人に言ってくれ。ほら、これが証拠だ」
「はいはい、確かに。じゃあ、一応、署で事情を聞かせてもらいましょうかね、一応」
デジカメの画面を見せられ、呆れ顔の警官は、ため息混じりに「一応」を強調した。
「ごめんなさい、お手数かけてー」
「ああ、いや……あんたも大変だな」
「……俺だって、嫌なんだよ」
阿尊くんは笑顔。
頭を掻く警官。
銀ちゃんが、小さくぼやいた――――――
――――――目が覚めた。
「……何だ、これ」
今、私はベッドの上にいて、今が現実……だよな。うん。
で、さっきのは――
現実だ。
ついさっき阿尊くんは襲われ、銀ちゃんが撃退した。
信じられない。信じられないものを見てしまった。
腕をさする。
でも、二人とも落ち着いていた。
あの場所に行くことは決まっていて、銀ちゃんはあそこで待っていたのだ。カメラも縄も用意して。
阿尊くんは、わざと引きつけて誘導して、
眠れなくなった私は、居間で騒ぐ妖怪たちに合流して、十岐が起きてくるのを今か今かと待っていた。
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