4 雪の森 -雌雄
裏手の方に、雪玉をよけながら進むのにちょうどいいような、木がまばらになっているところがあった。すでに雪が盛られた陣地が二箇所、離れたところに作られ旗を立ててある。
はなからやる気満々だったのだ。
宗じいと銀ちゃん、私と妖怪たちに分かれて、グッパーじゃんけんをした。結果。
グーチーム――宗じい、赤鬼(最強)、はらだし、十兵衛ちゃん
パーチーム――銀ちゃん、私、サトリ(恐怖により戦力外)、青行燈(参加する気なし)
となった。
さっきからサトリは、頭を抱えたまま「ひぃぃぃぃぃ」と聞き取れないくらいの声で言っている。
「もう一回やり直さない? せめて、サトリと青行燈は別のチームに……」
「何じゃ、寧。降参か? わしの勝ちでいいんじゃな。運も実力の内じゃからな」
「そ――」
「誰が降参だ。負ける訳がないだろう」
銀ちゃんが、遮るように私の前に立つ。
「そう来ないとのう。いっちょ揉んでやるか」
「こっちの台詞だ」
両者はそれぞれ、雪を積んで旗を立てた陣地に移動していく。
私は、慌てて銀ちゃんを追った。
もはや、遊びの雰囲気ではなかった。
「勝てる訳ないよ。赤鬼がいるんだよ? 投げるとこ見たことあるけど、音だけで吹っ飛びそうだったんだから」
「大丈夫だ。妖怪たちは誰も、お前に本気で投げたりしない。俺が引きつけるから、寧はじじいだけを警戒しろ。いいか、勝つぞ」
「う……うん」
勢いに押されて頷いてしまった。
ああ、もう。やけくそだ。
「青行燈、お前は陣地を守れ。動かなくていいんだから、文句はないだろ。旗を取られるなよ」
「銀治ごときが、我に命令をするな」
青行燈は、いつにも増して不機嫌。
「サトリ! おい! くそ……ばあ様も、余計なことをしてくれたもんだ。コラ、聞いてんのか! お前、動き回れ! 撹乱して隙を作るんだよ、それくらいはできんだろ!」
「ひいっ! 銀治が何を考えてるか、分からないぃぃぃ」
……大丈夫なのか?
「行くぞー」
宗じいの投げた雪玉が、両陣営の間に落ちる。
開戦の合図だった。
「行け!」
「ぎゃああああああ! 怖いいいいいいい!」
銀ちゃんに蹴りだされ、パニック状態のサトリは、結果、意図通りにそこら中を駆け回る。
「行くぞ、寧」
「うん」
私たちも、木を盾にしながら進んだ。
ルールは単純。雪玉が当たれば失格。最終的に、相手の陣地の旗を取ったチームの勝ちだ。
ドォンっっっ! ドササササっ!
赤鬼の投げた雪玉が銀ちゃんの隠れる木に当たり、上から雪が一斉に落ちてきた。
「だっ、大丈夫!?」
「……やべえな。当たったら、ただじゃ済まねえ」
雪を振り払いながら、銀ちゃんの顔が引き締まった。
敵陣に聳え立つ赤鬼の手には、サッカーボール大の、見るからにカチカチの雪玉。
死ぬ。私なら確実に、死ぬ。
でも、分かっている。赤鬼は、これでも十分手加減しているのだ。
「寧ちゃーん、よけておくれよお」
「あたしのも、当たらないでくださいよぉ」
弓なりの線を描いて、遠くの方にポトっ、ポトっと、小さな雪玉が落ちる。
あの二人は遊んでいる――のかと思ったら、特に十兵衛ちゃんは、サトリと銀ちゃんには本気で投げていた。
「何で、あたいと寧ちゃんが離れて、あんたらが一緒なのさ! 腹が立つ! この! この!」
……鋭い玉だ。
でも確かに、宗じい以外は、誰も私には当てようとしなかった。
何とかなるのかもしれないという思いが湧いてくる。
じわじわと近づきながら、攻防は続く。
陣地の後ろに立つ赤鬼は、いくら的が大きくても、こっちが投げた玉を自分の特大の玉で落としてしまう。
十兵衛ちゃんは今や猫になって、小さくてすばしこくて当たらない。
宗じいは身を隠して、銀ちゃんと私の動きに目を凝らし、横にいる赤鬼に的確な指示を与える。
なかなか埒が明かない。
そう思っていたとき、サトリの走る方向が敵陣に向かった。丁度、私の前だった。
とっさに、サトリを盾にする形で飛び出した。
「バカ! まだ早い! 戻れ!」
後ろから銀ちゃんの声が聞こえたけど、止まらなかった。
雪玉は二つ。
狙うは、宗じいのみ。
しかし、走りながらでも外さないくらいの距離に辿りつく直前、サトリが、こけた。いつの間にか人間の姿に戻った十兵衛ちゃんの投げた玉を、顔面に受けたのだ。
「はん! ざまあないね! サトリ!」
「あ……」
突然、視界に現れた宗じいは、すでに腕を振りかぶっていた。
間に合わない。やられる……!
「っ」
衝撃は、来なかった。
宗じいの雪玉は、横から飛んできた別の玉に弾き落とされていた。
銀ちゃんがフォローに走り出てきたと分かったときには、続けざまに当てられた十兵衛ちゃんの叫び声がした。
助かった――――チャーンス!
持っていた雪玉を、宗じいに向かって投げた。
直撃し、宗じいはのけぞって倒れる。
よし! あとは……!
滑り込んだ敵陣で、振りかぶる赤鬼を見た。
投げた玉は、銀ちゃんの鳩尾に、一直線に吸い込まれていく。
鈍い音と変な声がして、銀ちゃんは、くの字の形で崩れ落ちた。
「銀ちゃん……?」
体を丸め、雪の上に倒れている。
動かない。
駆けた。
「銀ちゃん! 起きて、起きてよ!」
「ゴ、ゴホっ! 揺らすな…………。効いた……。赤鬼、あのバカ妖怪……もっと加減しろってんだ……」
「だっ、大丈夫なんだね!?」
「ああ、っゴホっ…………やったな」
銀ちゃんは私の足元に落ちている旗を見て、にやりと笑う。
私はへたり込んだ。
「よかった…………。へへ、勝ったね……。ハハハ……」
「甘いのう、銀治。見てみろ」
不敵な声が届いた。
宗じいが、私の背後を見ている。
振り返るとすぐ後ろに、はらだしがいた。
「大丈夫ですかぁ、銀治さん。赤鬼さんの力は、私たちの中でも桁外れですからねぇ」
はらだしの手には――――私たちの、旗。
「何で……」
遠く離れた自陣を見ると、青行燈の姿が、ない。
そう言えば、はらだしの姿をいつから目にしていなかった……?
憎たらしい笑顔で、宗じいは勝利のブイサインをした。
「分かったか。がら空きの陣地から、悠々と取ることができたぞ。わしらが先じゃった。わしの勝ちじゃ」
「あ、んの野郎おぉ…………青行燈んぁあああ! ぐっ……ゴホっ、ゴホっ!」
呆然としたあと銀ちゃんは怒りに吼え、苦しそうに咳き込んだ。受けたダメージを一瞬、忘れていたのだろう。
「そういうことで、写真はまだわしのものじゃ。そうじゃなあ。いつか、寧にも見せるかもしれんのう」
「じっ、じじい! ふざけたこと抜かしてんじゃねえっ!」
「ガハハハハ! 次に呼んだときは、もっと早よう来い! わしの機嫌を損ねんように、気をつけろ!」
「くっ」
……見たい。
こんなに焦るなんて、何の写真だ。
…………見たい。
勝たなくて、よかったのかもしれない。
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