4 演技と本気 -黒子

 十二月二十五日、早朝。

 私は、自分の部屋で目覚めた。


「何、あれ」


 だだっ広く何もなかった部屋の中央に、大きな何かが鎮座している。

 横幅は一メートル以上、高さは腰の位置くらい。黒い布が掛けられていて、何だか分からない。

 いつの間に。


「……誰が引っかかるか」


 妖怪たちなら、常識外のいたずらを仕掛けても不思議じゃない。

 用心しながら長い紐を結んだクリップを黒い布につけ、紐の端を持ったままベッドの陰へと非難した。防御は完璧。


「よし。せー……のっ」


 紐に引かれて、布が滑り落ちる。


「あっ」


 それ以上、声にならなかった。

 弾かれたように部屋を飛び出し、階段を駆け下り――――


「いいじゃないのさ、減るもんじゃなし」

「バカ、やめろ!」


 私は、階段の途中で止まった。

 なぜなら、囲炉裏端に座った十兵衛じゅうべえちゃんが、銀ちゃんのシャツを脱がそうとしていたから。


「うわっ! 寧!」


 逃げようとしてこっちを向いた銀ちゃんが、私に気づいた。


「……何、乳繰り合ってんの」

「ちっ、乳繰っ……誰がだっ! つーか、子どもがそんな言葉を使うな!」

「私、子どもじゃないし。それに、どう見たって……ほら」


 指差した銀ちゃんの胸元は大きくはだけ、さらに十兵衛ちゃんがボタンを外そうとしている。いや……ちぎっている。


「コラ! 離せ、十兵衛! 酔っ払いすぎだ」

「何だよう。たまには目の保養をしたっていいだろ。何も、取って食いやしないんだからさあ」

「お前が言うと、冗談に聞こえないんだよ……いてっ、爪を出すな! 刺さる」


 十兵衛ちゃんの瞳孔が、縦に細くなっている。猫の本性が現れ――と思ったら、ベロンと床に伸びた。

 見渡すと、他にも三体伸びている。赤鬼とサトリと、はらだしだった。


「やっと寝たか。ったく、何升あけりゃ気が済むんだ」

「朝まで飲んでたの?」


 銀ちゃんは、いくつか難を逃れたボタンを急いで留める。


「ああ、俺も付き合わされた」

「ふーん……。あっそう」

「な、何だよ」

「何でもー?」


 さっきまでの気分が、台無しだ。さっきまでは、あんなに……


「それで、おばばと青行燈あおあんどんは?」

「ばあ様は、朧と里に行ってる。青行燈は、いつの間にかいなくなったな」

「……そう」


 十岐は里。

 上にあるもののことを早く聞きたいけど、待つしかないのか。


「じゃあ、シジミの味噌汁作るよ。銀ちゃんも、相当飲んだんでしょ」

「悪いな」

「ううん……」


 台所へ向かおうとして、そこでハタと気づいた。

 この状況、ものすごく違和感がある。


「何で銀ちゃんがいるの? こんな時間に」

「え? 俺か? いや、夜のうちに帰るつもりだったんだが……」

「夜? 私、十二時くらいまで起きてたけど、そのあとってこと? 夜中に来たの?」

「まあ……そうなるか。あー……そうだ、用事があった。悪い、味噌汁はいいわ」

「何言ってんの、車でしょ? 飲酒運転する気?」


 立ち上がって帰ろうとするのを、座らせた。

 頭の中で、答えが導き出されていく。

 夜中に来て、さっさと帰るつもりで、変に照れて落ち着きがなくて――


「まさか、あれは、銀ちゃんが……?」


 私の指は、上を差す。

 銀ちゃんは答えない。


「サンタやるつもりで……?」


 今日は、十二月二十五日。


「嘘…………ありがとうっ!」


 銀ちゃんに抱きついた。

 黒い布に隠された贈り物。それは、ピアノだった。


「お、お、おお。まあ、電子ピアノだけどな。普通のは調律が必要だろうし、面倒かと思って。嫌ならまた――」

「いいよ! あれでいい! ピアノはピアノだよ! 自分で持てるなんて、思ってもみなかった。ホントありがとう!」


 銀ちゃんは、一層照れた。


「あれだ、その、阿尊のやつが、お前には必要だって言ってたんだよ」

「阿尊くんが? そうなんだ」


 そっか……。お礼、言わなきゃな。


「ああ。それに、だ……。お前がいつも学校で弾く時間、俺は忙しくて行けないからな。ここだったら、来たときに聴かせてもらえるだろうと……。俺も聴きたいから、な」

「もちろん! 弾くよ! いつでも弾く!」


 明後日の方向を向いている銀ちゃんに、私は即答した。

 喜びは、はち切れんばかりだった。


「かーっ! 全く、憎い男だねえ!」

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