3 ミステリー

 夏休みが近づくにつれて、みんながそわそわし始めていた。

 学校全体が浮き足立っているような感じだった。


 終業式が終わると、それが一気に弾けた。

 いつもより一層、楽しそうに学校から散開していく子どもたち。

 一番長い休みに入る前の高揚感は、いつの時代も同じなのだろう。


 下駄箱の前で、クラスの男子と話しながら帰ろうとしていたら、双子のひとりが現れた。

 まさか終業式の日にリュカと入れ替わらないだろうとは思うものの、一応確認だけはする。私には、二人の区別なんかつかない。


「アシュリー、だよね?」

「そう」


 私の横の男子を一瞥する。


「寧、ちょっと顔貸して」


 妙な緊張が走った。

 焦った男子が、汚れた上履きをランドセルの隙間に急いで突っ込む。


「またな、三雲みくも

「あ、うん。じゃあね」


 実は、アシュリーには、密かにつけられた二つ名がある。本人の耳に入ると怒られるということで、みんなが、それはそれは密かに呼んでいるその名は、「阿修羅」。

 元々の名前の響きが似ていることと、何より戦いの神であることが理由だ。陰口ではなく、むしろその強さを讃えてのことだった。


 まあ……アシュリーのことを、ちょっと怖いとか、かなり恐ろしいとか思っている子も、少なくはなさそうだけど。


「どうしたの?」


 私が聞くと、アシュリーは周りを見渡した。

 まだ、下校前の生徒たちが何人もいる。


「来て」


 言うが早いか、私の手を取って歩き出した。正反対の性格かと思いきや、やっぱり双子なのだ。

 階段を上がり、辿りついたのは、屋上に通じる鉄の扉の前だった。


「今、閉まってるんじゃないの?」

「開いてるよ。今日の当番はまきなんだ。あの人、よく開けっ放しにしてるんだ」


 ノブを回すと、ガチャンと音がして難なく扉が開く。

 当番は、槙田先生。

 妙に納得した。


 水遣りを終えたあとの芝生と苔が、キラキラと太陽の光を反射している。


「八月の初めに、近くで花火大会があるの知ってるか」


 辺りに誰もいないことを確認したアシュリーが、切り出した。


「え? ああ、そうらしいね」

「誰かと行く約束は?」

「いや、してないけど」


 ホっとした様子を見せた。


「じゃあ、一緒に観よう。ずっと、せっつかれてたんだよ。今日もし誘えなかったら、リュカはあんたの家に勝手に行きかねなかった。場所なんか知らなくても、そんなこと問題じゃないんだ。今まで、リュカが行きたい場所に辿り着けないことなんてなかったからな。助かったよ、予定が空いてて」


 そ、それは……私も助かった。

 変な生き物だらけの上、ひょっとしたら次元すら違うかもしれないあの家には極力、誰も来て欲しくない。勘で目的地に辿り着けるような、何を見抜くか分からないような人間なら、なおさらだ。


 私はまだ返事をしていない。しかしアシュリーの中では、予定がないなら一緒に行くものと決まったらしい。

 押しの強いところも、そっくりな双子。

 まあ、いいか。


「もっと早く言ってくれたらよかったのに。隠すようなことでもないんだし」


 アシュリーは、ちょっと黙った。


「あんたのクラスには行きたくないし、それに、誰にも聞かれたくなかったんだ。花火を見るのは、私とリュカだけが知ってる秘密の場所だからさ」

「えっ、そんなとこに私が行っていいの?」

「いいよ、あんたなら」


 そして、一枚の紙切れを差し出す。


「これ、私とリュカの携帯の番号。あんた携帯……持ってなさそうだな。まあ、いいや。八月までに一回、連絡して。じゃあ、私は行くよ」

「あ、うん。またね」


 風のように去っていった。


「やー、男前だねー、アシュリーは」

「だ、誰!?」

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