6 生と死に向かって

 この展開……

 今回も、私は十岐の手の平で転がされていたのだ。

 悔しいやら恥ずかしいやらで、顔を赤くしながら残りの雑炊を食べた。

 さらに悔しいことに、少々冷めたところで、絶品の味は少しも落ちていなかった。


「さて、落ち着いたところで、寧。大地の力がどんなものか、ちゃんと見えたな」


 私は十岐に頷く。

 あの光を、鮮明に覚えていた。


「草原、みたいだった。胞子みたいなものがいっぱい飛んで、すごくきれいで」

「なら、もう一度見てみな。できるはずだ」


 言われるままに集中してみる。

 部屋の中、いつも目で見ているものの焦点がぼやけ、そこにうっすらと草原が広がっていった。かろうじて見える程度の、透明に近い草や胞子。


「見えます。はっきりとしてる訳じゃないけど」


 でも、何か違う。

 ひとつの違和感に、すぐ気づいた。


「あのときは青かったけど、無色透明だ」

「そう、色などない。今見えているものが本来の姿だ。わしらは、その草や大気に舞う胞子から力を得ている。樹齢の多い大木なんかも胞子を飛ばしておるな。お前の中に入ったものはお前の力になるが、全てじゃない。余ったものはまた大地に還っていく。常に循環しているのさ」


 自分の足元を見る。

 私の体を一巡して吸収されずに残った力は、最後にまた草むらの中へと流れて溶けていくように見えた。


「よし。そのまま、家の外へ」


 集中を保って視線を転じた。

 縁側の外。


「わ!」


 部屋の中とは比べようもないほどの数の胞子が、ふわふわ飛んで上がっていく。


「何でこんなに差が!?」

「この山は、大地の力をたくさん蓄えている。だから、胞子の数も多いんだよ。だがこの家は、この山とは違う次元に跨っているからね。違って当然さ」


 次元。

 SFか。ついて行けない。


「あれ? でも……」


 もうひとつの違和感に、そこでようやく気づいた。


「私がヒナを助けたときは、もっといっぱい部屋の中に胞子が飛んでたのに。草だって、よく考えたら私は二階にいたのに、埋もれるほど伸びてきたし」

「何、言ってるんだ。お前が引き寄せたんじゃないか」

「え……そうなの?」

「そうさ」

「……へぇー」


 全く身に覚えがない。

 どうやったんだ、私…………


「まあ、それほど特別なことでもないさ。わしらみたいに直接取り込むことがなくとも、みなが何らかの影響を受けて生きているんだよ。パワースポットなんて呼ばれる場所には、隙間もないほどの膨大な量の胞子が飛んでいる。それぞれの感度や体質にもよるが、大量の胞子に包み込まれれば、大抵の者には心を平らかにする助けになるようだからな」


 どこが特別じゃないんだ。人が見ることもできず存在すら知らないものを、引き寄せて取り込んで、自分の力にするなんて。特別で特殊で変で、一緒くたにするには大いに無理がある。

 そう思うものの、他の人にも関わりがあると聞いて、少しだけ安心した。

 私の中にある、普通の人間でいたいという気持ちは、消えることはないのかもしれない。


「これは何も、大地の力だけの話ではないよ。この世に存在する全てのものは、繋がりあっている。全ての存在で、バランスは保たれているのさ。塵ひとつにいたるまで、無意味なものなど何もない」


 塵に、意味? そんなこと、考えたこともなかった。

 首をひねっていると、十岐が続ける。


「今は分からなくてもいい。さあ、続きだ。目を瞑ってみな」


 言われるがままに目を閉じた。


「自分の体に、力がしみていっているのを感じ取れるかい?」

「分かる。ゆっくり、入ってきてる」

「そうだ。ゆっくりなんだよ」

「うん」

「しかしお前は、あのとき一気に力を放出した。入るより出る方が速けりゃ、尽きるのは道理だ。自分が何をしたのか、分かっているんだろうね」


 返事が、できない。


「余すことなく自分の中にある力を出し切れば、死ぬのさ。お前は死にかけたんだよ」


 深く考えてなどいなかった。ただ、助けたかった。それだけだった。

 でも、そうか。

 私は、死にかけた。


「私……」

「今回は、わしが途中で止めた。これからは、コントロールすることを覚えるんだね。金輪際、簡単に死ぬような真似はするんじゃない」

「…………はい」


 十岐が淡々と話していることが、かえって胸に堪えて重かった。

 そんなつもりじゃなかったと言いたいのに、言えなかった。

 私に流れる大地の力を、全て動かせた訳ではない。そうできたのは、ゆっくりと私にしみて、一体化したものだけ。それは私の生命力そのもので、全部あげてしまえば、無事でいられるはずがなかった。

 頭のどこかで気づいていながら、それでもやめなかったのは、他でもない、私自身。


 唇を噛んで俯いた。

 しかしなぜだか急に、自分がここにいる妖怪たちに対してもひどく悪いことをしたような感覚になり、思わず顔を上げる。

 十兵衛ちゃんが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 はらだしは、少し困ったような顔だった。

 赤鬼と青行燈は、酒を飲み続けていた。

 私の考えを読めるサトリを見ることは、できなかった。

 死んでもいいと、どこかで思っていた私の身勝手を、サトリは知っている。


 ピクっ。

 そのとき、うなだれる私の横で、朧が小さく動いた。のそのそと縁側の端まで進むと、そこでまた寝そべる。


「朧……?」


 もしかして、生きることを投げ出すような私から、離れたくなったのか。

 見放されたように感じて悲しくなってきたとき、朧の上に乗ったままのビーのお尻から、庭に向けてピュっと何かが飛んでいった。


「……フン?」


 呆気に取られている私をよそに、妖怪たちは賑やかになる。


「便利だよなあ! 動く巣!」

「全くだね、あたいも欲しいよ。どうせなら、朧なんかじゃなくて、ふわふわの雲がいいねえ」

「何で分かるんですかねぇ、いつ糞をするかなんて」

「おれ、分かる」

「我の見えぬところでやらぬか。酒が不味くなるわ」


 移動トイレの役目を果たし、何食わぬ顔で私の隣に戻ってきた朧が、身を寄せてくる。

 その体は、やっぱり温かかった。


「朧はこの二日間、ビーのお守り役だよ。親というよりは、巣代わりだな。親代わりはお前だ、寧。ギリギリだったが、何とか命を救ったんだ。よく頑張った」


 十岐が、優しく笑っていた。

 途端に私は泣きそうになり、慌ててぐっと歯を食いしばった。

 泣くもんか。これ以上、情けない姿を晒したくはない。


「そ、そうだ。ビーは、どうして落ちてきたんだろ。おばばなら知ってるんでしょ?」

「ああ、親が落としたんだ」

「えっ!?」


 びっくりして、涙が引っ込んだ。


「勘違いするんじゃないよ。助かる可能性に賭けたのさ」

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