5 怪しい妖怪

 家に帰って、十岐に聞いてみた。象の話を、十岐なら知っているはずだと。


「先代の住職が心に秘めていたことだ。宗矩にも言わないものを、わしがお前に言う訳はないだろう。お前は、人の心に土足で入るのかい? 何でもわしに聞けばいいというものではない」


 怒られた。


「……ごめんなさい」

「もっと自分の目の前のことに頭を使いな。やりようは、いくらでもあるさ」


 目の前のこと。ピアノのこと。

 やりようって……

 聞きたかったけど、聞けなかった。今さっき、何でも聞くなと言われたばかりだ。そんな勇気は、私にはない。


 どうにかしたら、ピアノを弾けるようになるんだろうか。それとも、校長であるぎんちゃんに、助けを求めろということか?

 いや、銀ちゃんがこのことを知ったら、きっとまた責任を感じてしまう。

 じゃあ、当日に仮病で休んだら……

 ダメだ、代わりに弾くあの子をまた嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。

 だけど、それ以外に方法なんて……


 ずっと考え続けていたことが、また堂々巡り。

 でも、何回考えても、最悪の場合は仮病を使うことしか思いつかない。ステージの上でみんなに見られながら交代するよりは、まだマシかもしれないから。

 十岐はそれを、許してくれるだろうか……


「ただいま帰ったぞ!」

「帰りましたよぉ」

「あら、いい匂いだよ」

「ほう、関東炊きか」


 玄関から妖怪たちの声がした。家で力仕事をしていた赤鬼以外の、サトリ、はらだし、十兵衛ちゃん、青行燈だ。


「お帰り……って、誰!?」


 居間に現れたその姿は、異様だった。いや、元からすでに異様なんだけど、何というかもう、怪しすぎる。

 全員、黒いコートに黒い帽子、サングラス、マスク。

 しかも、サトリと十兵衛ちゃんは何となく分かるけど、残りの二人は、背の高さも横幅もいつもと全然違う。まるで別人だった。


「おっ! やっぱり分からねえぞ!」

「バッチリだねえ。変装した甲斐があったよ」

「いや! じゃなくて、こっちとそっち! どうなってんの!?」


 私は、はらだしと青行燈らしき二人を指差した。


「あたしですよぉ、いやですねぇ。あたしは何にでも化けられますし、青行燈さんは見せ方の達人ですよ?」

「書物を読んで難癖をつけたのは、小娘であろう。忘れるとは、相変わらずのうつけ振りよ」


 そうだった。


 マスクとサングラスを外しながら、二人は見る間に元の姿に戻っていく。

 はらだしの痩せていたお腹がふくれ、コートのボタンが弾け飛んだ。


「うわ、気持ち悪っ」

「ええっ! 寧さん、ひどいですよぅ! あたしのどこが、気持ち悪いんですかぁ」

「あ、違っ、急に変わったから、それがね」


 傷ついた顔のはらだしに弁明する。

 でも、お腹に顔じゃ元から……


「元から気持ち悪いんだってよ。やっぱり、オレの方がいい男なんだ」

「いーえ! あたしがサトリさんに負けるはずがありません!」

「見苦しいね。どっちもどっちだよ」


 自信たっぷりのサトリに、腹を突き出すはらだし。十兵衛ちゃんも加わり、三バカトリオはギャーギャーワーワー騒ぎ出した。

 そこに青行燈の講釈が重なる。


「所詮、人間ごときに我らは理解できぬということだ。そもそも何故に人間が我らを嫌うのか、分かっておらぬのであろう、小娘。我らは違う形に生まれ、違うように生きる。違うことは存在意義なのだ。それに比べ、人間は同じ姿で生まれ、せせこましい社会など作り、同じように生きることが安全だと思い込んでおる。違うものは危険な異物で、安全のために異物は排除するのだ。愚かなことよ。まあ、我は構わぬ。愚かであればあるほど、恐れは消えぬ。より多くの恐れを抱く。なれば、我らの存在する意義が増すというものだからな」


 三バカがうるさすぎて、声を張り上げている。

 そんな青行燈のうんちくが、私の胸をチクリと刺した。


「あたしは好きですよぉ、人間。あたしは、喜ばせることが生きがいですよぉ」

「静かにしな!」


 はらだしがどちらにも参戦し、収拾が付かなくなってきたところに、十岐の一喝。

 鶴の一声で、辺りはシンと静まり返る。


「電話が来る。うるさくするんじゃないよ」


 リーン……リーン……

 すぐに押入れの黒電話が鳴って、十岐は居間を出て行った。

 何だろう。電話なんて一体、誰から?

 この上、何か悪いことでも――


「なあ、オレたちやったぞ」

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